@corona_moca1111
ピンポーンと音が響いたその際、「メグ」は布団の上にいた。すごい量の既読無視をしていたのだから、多分それなのだろうと推測しインターホンの映像を見る。
この前来ていた、片側の前髪が長いクソ真面目そうな男だった。口うるさくした割にあっさり帰ったので、メグにはよくわからなかった。
……めぐみの心配をしている、研究所の誰かさん。出ないと煩いタイプとも言う。
「……ん」
「鈴城です」
「……知ってる。」
「田町さんは無事ですか。」
「……寝てる」
疑いの目をギラギラにしてインターホン越しに話してくる鈴城を見て、分かりやすいなぁという感想を持ちつつ、メグは対応を考える。
この状況がまずいことを知っていても、都合のいい言い訳も何もない。
研究所も何も知らない、得体の知れない人物に、個人情報をペラペラ話せるわけがなかった。
ただ、相手はそうもいかないようで。
「確認の為に伺うのですが」
「……ん」
「貴方の関係は兄弟なんでしたよね」
「……そ。」
眉間にシワを寄せる外部の男。
「田町さんに兄弟はいないはずなんですが。」
口調が強くなった相手は、どうやらメグから話す前に個人情報を手にしていたらしい。研究所という場所はそんなことも出来るのか、とメグは冷や汗をかく。
「……。」
大声出しやがって。どうやら門前払いは出来なさそうだと理解して、その「兄弟」は扉を開ける。
「……外で勘違いされても困るし。あがって。」
特に掃除もしていなければ、めぐみのこともわからないだけなんだけど、そんな事情なんかこの「普通」そうな人が知るわけがなく。
知らないくせにここまでするとか「何」を望んでんだこいつ?と、メグは睨みつけつつ、とりあえずとそこにあるガラスカップを二つを取っては、適当にお茶を注いで机に置いた。量も違えば置く位置すら「ノリ」だった。
対面した椅子に機械のように座った研究員と、椅子の上にあぐらをかき、片膝を立てる共有者。
そこに身体がある、故に「田町めぐみ」はその部屋に存在しなかった。
「……いないじゃないですか。」
目の前にいるその人が「その人」だとわからずに、鈴城はメグを睨みつけた。威圧感に顔を背けるしかないメグは、
「……。」
大きくため息をついては頬杖をつきつつ、どれだけ情報を出さずに話すか、かんがえていた。
問い詰められる。
「貴方は何者なんですか。」
「……。」
「どうしてここにいるんですか。」
「……っと…」
「田町さんをどこにやったんですか!」
「あーもう!話すから!住むとこ無くなったらどーすんだよめぐみが困るだろうが!」
切迫感のある相手にメグも混乱し怒鳴り返す。鈴城もその言葉には黙った。明らかに困ったまま、隠す余裕も無くなってしまったメグは頭を掻きながら苦い顔をする。
「……ったってどう話せってんだよ…………」
含まれた焦りと困惑を感じ取ったのか、警戒を解く鈴城。ため息をついて、お茶を一口含むと、質問を始めた。
「……田町さんは、無事なんですか。」
言葉を選ぶ間、そして、遠慮がちな本音。
「……俺が止めた。から、生きてる。」
嘘もない絞り出した言葉だった。……空気感で、胸を撫で下ろす研究者。
「そうですか。……ありがとうございます。」
その言葉を信じるあたり、と思ってしまうあたりと、クソ真面目そうな外見と、確信を持ったように言う姿がなんだか「潔癖」で、メグはため息をついた。つい自分の左腕が無事でないことを確認して、気がつかない相手の鈍感さに心のうちに皮肉を覚えたりもした。
しかしながら、「潔癖」は無害であった。
「……他どーぞ。そっちで質問して。」
「……めぐみさんとはどういう関係なんですか。」
はい困るやつきたーと、メグはつい額に手を置いた。
「……あー、………えと。……兄弟は嘘。それが手っ取り早かったから……ごめん。」
「そうですか」
メグは、口から謝る言葉がすんなり出たことに内心少し驚きつつ、考える。
「…………どっから話せばいいんだ…?…っと……」
「……。」
前で黙って見つめたまま待っている研究員。真顔なのだろうが、そこはかとないプレッシャーを感じてメグは混乱する。そもそもメグは理責め担当ではない。
とりあえず相手のラインを漁る。めぐみとしていたであろう内容に、映画やお菓子や職場の内容が羅列されているらしかった。クソ長い文章が多かったり、興味はないが、少なくとも知り合い以上らしかった。
「……おにーさんの、めぐみとの関係は?」
「職場の先輩と後輩です。」
「……なるほどね?」
それでこのクソ客みたいなLINEと、気を使っているにしてはニコニコしてそうなめぐみの文字列か、とメグは呆れ気味だった。
どうやら、信頼に足るらしかった。
ならば。
メグは立ち上がって、近くの棚にあった「めぐみ」用の丸メガネを取った。今している黒のメガネはめぐみには似合わなかった。髪の毛をわざとぐちゃぐちゃにして、メガネを取り替える。長すぎる前髪が垂れて鬱陶しい。
「はい。「これで分か……り…ますか?……」」
息を呑んだ研究者は、目を大きく見開いてわざとらしくリアクションしたように見えた。まぁ無理もない。
「……何となく、察しました。」
相手の返事にメグはすぐにメガネを戻し、髪の毛もなんとなくそれっぽくあげ直した。それでも前よりは崩れてしまっている。……嫌になりつつお茶を飲んで誤魔化す。……もうぬるい。
ぬるいのだ、いろんなことが。なのに頼れることも何もない。どんな罠があるかわかんねーのにこのクソ真面目で童貞そうなやつしかめぐみのパスがない。
メグは頭を抱えたまんま、やけになって言葉を発する。
「ったく。全部アイツがバカなのが悪い。起きないし。…勝手に死のうとしやがってさ。……これじゃこっちも家にいるしかねーっての。」
腕の大袈裟な包帯とガーゼが、鈴城の視点からでも捉えられた。その状況に自分の行動を省みてつい謝罪の言葉が出る。
「……すみません」
「……は?」
急に声音が変わるメグ。今までの焦って辿々しくしていた様子とは打って変わって、まるで割れたガラスのような鋭い視線を送る。
「……めぐみになんかした?」
「……いや……その…」
「……。」
品定めするような視線と、苛立ちを隠さない指の音。体格や見た目はそのままに別人である彼。メグは、冷たい温度を知らない瞳の揺らぎを、華奢で崩れそうな体躯を観察していた。
「……何した。」
口から暴れているそれの名を知らないまま飼うメグと、それの冷たさに慄いている相手。
「……酷いことを……言ってしまったので。」
……しかし返答はメグからしたら砂糖のような甘さであった。そして、それですらダメなヘタレが主人格であることを思い出してまたメグは頭を抱えた。ため息が止まらない。茶番だ。
「……そんだけかよ。はぁ……じゃあどうでもいいよ。それよりめぐみを起こしたいんだろ?」
「ええ。」
「俺も困ってんの。あいつ起こせねーし、俺は研究わかんないし。……研究者ってことは頭いいんでしょ?なんかある?」
メグは疲れを隠さない顔でさらっと鈴城に問う。本人としては利用する気でいた。鈴城は、その言葉に耳をそばだてたように見えた。
「ありますよ。研究所に付属で病院がついてます。設備面も充分です。もちろん、その、心理学的な面での医療も充実してます。」
「……そこ信用できんの?」
メグが眉間にシワを寄せると、目の前の男はすんなりととんでもないことを言ってのけた。
「俺もよく行くので大丈夫です。」
「……そ…?」
きょとん、としてしまうメグと、何故か元気になっていく鈴城。
「回診や哲学人関係の研究も行なっているのでそこそこに多忙ですが、スケジュールはこちらで抑えられると思います。カウンセリングも投薬治療も対話をしっかり行った上で診断されるので非常に手厚いですね。田町さんが職員なので医療費も割引されますし、職務上の支援や休暇も補填されるようになってますから安心してください。」
「……はぁ。じゃあ、まぁ、ま、任せるけど。」
「ええ。日時等は今まで通り携帯に送りますね。……同じ携帯ですよね。」
「まぁ、そう。」
「わかりました。めぐみさんも早起きは苦手そうでしたし、体質なんだとしたらなるべく午後にできるように交渉してみますね。」
「……まぁいいけど。」
すごい勢いが強くなった相手と、そのスピード感に圧倒されてめぐみは流されていた。そして彼の頭の中で価値とか利用とかの言葉がすっとんだ。
なんだこいつ。
「……他何か、研究所関係で聞きたいことありますか。」
「……特にないけど。」
「では、俺も田町さんの安否がわかったので帰ります。一週間以内に連絡しますから、きちんと読んでくださいね。あ、LINEは…そのアイコンです。家にいるからといって規則正しい生活を心がけてくださいね。」
「……はぁ。」
「…とりあえず今日は帰ります。」
「ん。」
相手は立ち上がって身支度をすると、荷物を持ち、颯爽と玄関の方に歩いたかと思うと、ぱっ、とこっちを向いた。
「……何」
「野菜もしっかり食べてくださいね。」
「なんだよ」
「部屋の換気もしなきゃダメですし、しっかり寝るんですよ、身体をあたためて、傷口はしっかり消毒して包帯もかえてくださいね。」
「……はぁ」
メグはまた心の中で思った。
なんだこいつ。
「あ、あとそのゴミは」
その上まだ続けようとする男をドアの外に押し出し、
「いいから帰んなよ。」
メグは呆れ返っていた。
「そのゴミはしっかり袋に包んでから捨ててください。はい。帰ります。」
帰れといってようやく靴を履いた鈴城は、まだ何か言おうとしたが、メグの睨みがきいたのかもどかしそうにしたまま扉の外に出た。
「では、おやすみなさい。」
「ん。」
メグはドアを強く閉めた。
……。
「何、あいつ。」