@corona_moca1111
「こんにちはー」
目の前のカウンセラーは、そこにいる「田町めぐみ」に話しかけた。しかし彼は明らかにいつもの彼とはちがった。怪訝そうな目でカウンセラーを見ては、言葉にしない返事をする。
「……ん。」
返事をしないものが促されてするように、口元だけを動かす彼は一瞬横にいる鈴城に目配せしていた。
「田町くんだよね?」
「……まぁ、そう。」
「こういうところは初めてかな。」
カウンセラーには、彼が初めて緊張する場所にいる子供のように見えていたらしい。その推測具合に警戒したようで、相手は投げやりな言葉を吐いた。
「分かるならとっとと進めれば。」
たしかに図星ではあるらしい。しかし、まだここを掘り下げる段階ではないと見て、医者は確認に入った。
「鈴城くんに聞こう。体調悪い田町くんと一緒に帰ったのが、4月7日」
「はい。そうです。」
「そこから、職場の事務連絡が来たのが4月8日。」
「ええ。携帯をかけたところ、そこから数時間後にメールで来ました。」
「うんうん。」
話をメモしながら、カウンセラーは目配せをしている。目の前の誰かはカウンセリングルームの椅子に足を乗り上げつつ、片膝を抱えて考えている。抱えたりしてない左手の包帯が、ほつれてだらんと垂れた。
「……包帯垂れてますよ。」
彼は鈴城が声をかけつつ伸ばした手を跳ね返して、その衝撃で眉間にシワを寄せた。……一応きちんと座り直して包帯を直すが、随分大雑把であるように見える。また膝を上げて、そこに手を支えて無理矢理治そうとしていた。不慣れにしては、行動には無駄がない。何回もやったことがあるみたいだ。
「後で横の部屋においで。ちゃんとまけるしっかりとしたやつがあるから、それでなんとかしよう。」
カウンセラーが声をかけると、声に即時に反応し、なんの返事もせずにまた膝を抱えて座った。わざと触れないで話を続ける。
「続けよう。お見舞い行ったんだっけ?」
「はい、2回ほど。」
「あれ、じゃあ、1回目はどうだった?」
「えっと……」
言い淀む鈴城を、じっと待つカウンセラー。その様子を興味は無さそうだが観察しているクライアント。二人の沈黙がプレッシャーとなっているらしく、謝罪から再開した。
「すみません……田町さんが出てきたんですが、あまりに違ったので、兄弟かと勘違いしました。」
「なるほど。まぁここまで違うとねぇ。」
「……。」
「田町さんが無事だと聞いたので、そのままその日は帰りましたね。」
「おっけー、わかった。つまり、
そのときはもう君だったんだね。」
急に視点が移ってきたことにまた警戒して、これから始まることに身構えた「田町めぐみ」をカウンセラーは曖昧な笑みで返す。
「はじめまして。私は西湖彩子。精神科医と臨床心理士のあいのこって感じの仕事をしてるよ。君は?」
「……「メグ」」
「メグ君ね。よろしく。」
目の前に握手として出された手を彼は握ろうともしなかった。ただ、視線だけは向けられている。信用しない姿勢、誤解されやすい素行、接触に対する警戒心。
いつだかは知らないが、「彼」には何かがあったらしい。
手を引っ込めて続けるカウンセラー。
「とりあえず話を聞こうか。メグ君は何歳?」
「……めぐみは22だろ。」
「うーん、そういうことじゃないんだ。」
「俺ってこと?……」
指を折って数える彼。十本分使ってから思い直し、暗算したらしく答える。
「16とか7とか?」
「おっけー、それでいいよ。あんまり覚えてないのかな?」
「……意味ないし聞いて何になるの?」
「めぐみ君とは長い間一緒なの?」
質問に質問で返された上、それが答えにもなっているようで、メグと呼ばれた彼は切り返す。
「……どーしてそうなんのさ」
「めぐみ君のから計算したでしょ。」
「……そうだけど。はぁ……まぁそうだよ。はい。」
どうやら探るのも諦めたようだった。
「鈴城くんに兄弟って言ったの?」
「ん。」
「何でかな」
「怪しいから。」
即答した言葉に鈴城が変な顔をした。それに対し西湖は茶化す。
「まぁ、急にグイグイくる他人はやばいよね。」
「……なんでこっちを見るんですか。」
メグも彼を見ていた。笑った、ようにも見えた。随分悪戯っぽい笑みだ。
「まぁ、この人も病人だからねー。
んで戻すよ。彼が来る前、メールをしたのは君?」
「そ。」
「ああゆうメール大変じゃない?」
「コピペした。」
「なるほど。めぐみ君のメール?」
「そ。」
「じゃあ携帯はおんなじかー。」
「ん。」
簡素ながらも、さっきより警戒が解けたのか返答が早い。
「めぐみ君は君のこと」
「知らない。」
「君は知ってるよね。」
「ん。」
「前から君が動くことはあったの?」
「……。」
言い淀む。
「もちろん、言える範囲でいいよ。」
念のために、会話内容について触れるカウンセラー。
「……何回かは。」
隠しているらしいが、そこそこまで答えてくれるようにはなった。西湖は何かを長めにメモし、質問を続ける。
「うんうん。今回みたいに、数日とかになったりする?」
「いや、基本数時間。……なぁ」
「うん、なにかな。」
「医者でしょ。」
「もちろん。」
椅子の上でしっかりと座り直す彼は、今までよりもしっかりとした「良い子」に見えた。
「……の前にこいつ出していい?」
振り返って鈴城のことを見る。こいつ、という言い方に引っかかるところはあれど、珍しく真剣で裏表のないメグの顔つきに従うしかない鈴城は、静かにその部屋を出て行く。
「また何かあったら呼んでください」
「はーい。あ、絶対廊下までは出てね。」
「分かりました。」
ガラガラ、と扉の閉まる音がして、その先の別の扉も閉まって。西湖は、ふぅ、と息を吐いた。
「あの人、ああ言わないと残るから。」
呆れているらしかった。メグも、つられてため息を吐いた。
そしてまたお互いに向き直る。
「んで、何かな、メグ君。」
「……っと」
あまり話すのも得意ではないらしかった。頭を掻いている。目をそらして、ぼそぼそと話し出す。
「分かるんだよな」
「まぁ、専門のお医者さんだよ。」
沈黙。足が落ち着かないようで、ブラブラとしている。指を組んで動かないようにしているが、本当は言い出すこと自体が負荷なんだろうと認識できる。
「……めぐみが…起きない……って、これで
分かる?」
「なるほどー。出てこないのね。」
伝わったことがわかったのか、クライアントが落ち着いて来る。
「そ。……普段は、寝たらなんとかなんの。」
「それでも起きないのかー。」
「ん。……だって、俺、バカだから。研究とかわかんねーし。」
「まぁ、勉強した人じゃないと分かんないね。困った、と。」
「そう。」
「……何で起きないんだと思う?」
「……。」
言葉に詰まる彼は、自分の左手を見つめていた。明らかに大きな包帯。解けている根本からでさえ、みえる縫った後がなによりもの証明だった。
「そっかー、それかー。」
「……。」
諦めが見える目には涙は見えず、向けつつカウンセラーにも明らかに目線を向けては様子を伺っていた。
「お医者さんには行けたんだね。」
「……ん。」
やはり手を近づけたり、顔を近づけたりするだけで警戒心が上がっているのが分かる。すぐに距離を置き、紙に書きながら話すことにするカウンセラー。
「んー、もし、めぐみ君が死んだと思い込んでるんだとしたら、多分、こっちから起こすしかないね。」
「う……」
あからさまに頭を抱えるメグ。
「嫌?」
「そりゃ……勝手にだすんだろそれ。また死にだしたら俺変われないし。」
「うーん。……一応ここにはめぐみ君の知り合いしかいないし、全力で止めるけど。」
「……。」
「ここは病院だからね、滅多なことがない限り死なないよ。約束できる。それに、めぐみ君はうちの大事な研究員だからね。」
「……。」
メグは指を組んだ後、足を閉じて、その親指を交互に回しはじめた。頭を下に向けたまま、目は右を向いたり、左を向いたりし始める。足の動きはそんなに無くなって、指だけが回転を続けていた。くるくる、くるくる。
と、向き直った。
西湖に向けた目に宿る意思は、たしかに「田町めぐみ」とは違う、エネルギーと信念の塊だった。
「乗った。叩き起こす。
殺したら許さないから。」