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外伝

全体公開 6045文字
2020-04-28 03:58:24

これは、物語の世界の舞台袖で起きたお話。

 一番古い記憶は、殺風景な白い部屋で、延々と花瓶の花を貪っていた時の記憶。
 
 ぱりぱり。はぐっ!!ぐしゃぐしゃ。……ごくんっ。
 
 花びらを歯で引き千切り、茎を奥歯で噛み締める。味とかよくわからなかったけど、あの息苦しい空間でとる食事と比べたら、こっちのほうがなにかとほっとする。
 ざらついた舌触りと、しゃきしゃきとした歯触り。ふわりと香る花の匂いと淡い色合いが、私の胎内に花を詰め込ませようとする。
 「財閥出身のご令嬢」という理由でふわふわの白いワンピースを着せられて、ヒステリックに叫び出しそうな衝動を食い殺すように、花を食んだ。一枚一枚、貪るように食い千切り、食い千切った後には、ごくりとそれを飲み込んだ。
 そして、空になった花瓶を呆然と眺めていた。
 
 花を食べ続けると、やがて自分自身が花になってしまうという話を、あなたは知っているだろうか。
 


 一番新しい記憶は、緑の目をした男に首を絞められ、腕に注射器を打ち込まれた時のもの。中身は確か、開発段階のウイルス。
 『アルジャーノン』というファミリーネームにふさわしく、実験用のマウスよろしく、抵抗する間もなくそのウイルスを打ち込まれた。
 実験に使われたマウスは、その実験が終わると薬漬けにして安楽死させるという話なら、聞いたことがある。だから僕も、このまま薬漬けで死んじゃうのかな
 
 「やめて!!リズットまで巻き込まないで!!」
 
 悲痛な叫びが聞こえる。
 
 「黙れ小娘が!!意思を持って反抗したお前が全部悪い。お前の自業自得だ!ざまぁみろ!!」
 
 耳元で男の声がする。
 鬱陶しいけど、そんなことよりも。
 
 「僕のことはいい怤藍、早く逃げろ!!」
 
 首を絞められながら、声を振り絞った。その時、注射器の針から注ぎ込まれたウイルスが、血に混ざり体内を循環する。
 ドクドクと脈打つ度に、喉が塞がれるような感覚を覚える。それに続いて目眩や耳鳴りがして、冷や汗と痙攣が止まらない。体温も一気に上昇し、脳をひきちぎれるような痛みが襲いかかる。
 
 「(助けて欲しい。どうか、どうか!!)」
 
 そう叫ぶよりも先に、崩れ落ちるこの体。
 耳鳴りだと思っていたものは、友人が泣き叫ぶ声だったことに気づかないまま、意識が途絶える。
 
 「(悔しい)」
 
 なんて呟くことすら出来ず『花』は枯れる。
 


 🚇
 ガタンゴトンと揺れながら、線路の上を走る寝台特急。
 気づけば僕は、その寝台特急内にある談話室のソファーで横たわっていた。
 「…………?」
 周りには誰もいなかった。その代わり、近くのテーブルには、錆びた色のランタンがポツンと置かれていた。
 おもむろにそのランタンに手を伸ばすと、ランタンは自発的に明かりを灯した。それをみて僕は、思わず手をひっこめる。
 『おや?ビックリさせたようだね』
 何処からか声が聞こえる。
 『あぁ、そんなに怯えないで。ここだよ、ここ。ランタンに耳をすませてごらん?』
 柔らかい声音で声が告げる。言われた通り、ランタンに耳を傾けると、中性的な声が聞こえた。
 『ようこそ、ブーケエクスプレスの入社試験へ』
 「は…………?」
 現実ではランタンは喋らないし、入社試験だなんて心当たりが無さすぎる。己の耳を疑いながら、ランタンと物理的距離を置く。
 『あぁ、そう怯えないでくれよリズット』
 しかもランタンは『僕』の名前を呼んだ。
 「どうしてその名前を
 『おや?履歴書にそう書いてあったから、てっきりこの名前だと思っていたんだけど』
 「履歴書?」
 するとここで、談話室のテーブルに一枚の紙が置いてあることに気づいた。それはさっきランタンが言っていた履歴書らしく、見慣れた字で僕の学歴や取得資格がずらりとかかれていた。
 「紛れもなく僕の字だ
 僕が呟くと、ランタンはふふっと笑った。
 『自己紹介をしておこうか。私は日嘆メイズ、よろしく』
 日嘆メイズとなのったそのランタンに、僕は目を見開いた。
 「日嘆メイズ…………?!」
 思い出したのは、たった一人の親友の顔。
 
 「あたしのペンネーム『日嘆メイズ』にしようと思うんだけど、どうかなぁ?」
 
 なんてことをかつて問うた親友は、泣き叫びながらガラスペンを握り、文字の羅列を原稿用紙にぶつけていた。
 
 「ここは怤藍の物語の世界なのか?」
 
 自分でも訳がわからないことを問うと、ランタンは『そうだ』とだけ返した。
 「まさかこんな形で夢が叶うとは
 僕の夢は、怤藍の物語の世界で旅をすることだった。
 ここは寝台特急で、目の前には日嘆メイズしんゆうがいて。
 『そこまで察したのなら話は早い。君は【登場人物】として、このブーケエクスプレスにこれから訪れるであろう【搭乗人物達】を、案内する給仕係になってもらう』
 「搭乗人物………?」
 同音異義語を並べられ、少し困惑した。
 『そう。搭乗人物たちは、この物語の世界ブーケエクスプレスに乗り込んできた人々のことだ。ここでは君に、彼らをハッピーエンドに導いて欲しいんだ』
 「ハッピーエンド
 呆然とその言葉を繰り返すと、日嘆メイズは重々しく告げた。
 『単刀直入に言うと搭乗人物たちの命と、怤藍の人生はこの物語にかかってるんだ』
 その言葉に、僕は耳を疑った。
 『この物語の世界の様子は、現実世界で終始傍観されていてね。この物語が評価されないと、搭乗人物たちと怤藍に未来はないんだ』
 「どういうこと?」
 『それはだな
 僕が問うと、日嘆メイズは歯切れが悪くなった。しばらく沈黙が続いた後、彼女はため息をついた。
 『搭乗人物たちは皆、余命宣告を受けているんだ。リズット、君が最後に打ち込まれたウイルスのことを覚えているか?実はあのウイルスが、あの後世界中にばら蒔かれて、それにより多くの死人が出た』
 「え………え?なんだよ、それ……まるでバイオテロじゃないか……………まさか」
 ここで僕は、最後に僕の腕にウイルスを打ち込んだ男の顔を思い出した。
 「あいつのせいか」
 苦虫を噛み潰したような表情をすると、日嘆メイズは黙りこんだ。
 「よくわからないけど、何をしたらいい?手ならいくらでも貸す。だから、一人で無茶するなよ怤藍」
 『ありがとう』
 日嘆メイズはぽつりとそう呟いた。ランタンを手に取ると、僕は自分の部屋として用意された場所に向かった。そこには案内人としての制服らしきものがおいてあって、今着ていた白いワンピースと、履いていた黒いヒールを脱ぎ捨てた。
 パリッと糊が聞いた制服に身を包むと、僕は部屋を出ていった。
 『もうすぐ“彼ら”が目を覚ます。扉を叩いて、迎えに行ってあげて』
 「わかりました」
 この世界では、僕が案内人であり給仕。そして、日嘆メイズが車掌。
 何が起きるかわからないけど、全てを一人で背負う彼女の助けになるのなら。
 
 僕はこの命をくれてやっても構わない。
 


 ブーケエクスプレスでの仕事に慣れて、あと少しでカルカタッタに辿り着くという時に、どうやら僕の意識が何処かで途切れたらしい。目を覚ますと、あの忌々しい声で『リサ』と呼ばれて虫酸が走った。
 ヴァルコフ様が轢かれかけて、姫羽様はアバターで、エマニュエル様は怤藍が雇ったプログラマーだった。意識が飛んでた間、どうやら色々あったらしい。
 それでもこの物語は終わらない。カルカタッタに着けば、僕の仕事は終わり。そう思っていたのに、僕は親友のことがよくわからない。
 そもそも、途中で彼女本人が乗り込んでくるとか、聞いていなかった。
 けど、彼女の世界で旅をしているのに、彼女がいないと意味がないと思ったのもまた事実だった。実際彼女のお陰で、人を信頼することと、誰かを愛することを学べたのも事実で。
 それなのに、彼女は一体今から何をしようと言うんだ。自分の相棒ガラスペンを、鵠間様に託してまで、また一人で無理をするつもりなのか。
 
 「しかも、代わりにカルカタッタで観光しろと言われてもなぁ
 カルカタッタに着くなり、僕は列車を追い出されて途方に暮れていた。ぼんやりと色のないこの街を散歩していると、色が無さすぎて不穏な気持ちになる。
 「白い色は嫌い
 ぶつぶつと呟きながら、街の中央にある花壇にやって来た。花にも色がついていないようで、一つ一つ観察していると、ふととある花に目がついた。
 それは花弁が五つに裂けた、ライラックの花だった。
 
 「ねぇ、知ってる?ライラックって花弁が四つに裂けてるのが普通なんだけど、五つに裂けてるのを誰にも言わずに飲み込むと、愛する人と永遠に過ごせるって言い伝えがあるらしいよ!」
 
 かつて何気なく怤藍がそう言ったことを、ふと思い出した。
 そして気がつけばその花に手を触れ、それを躊躇いなく飲み込んでいた。ごくりと飲み込むと、程無くして笑い声のような耳鳴りに襲われた。
 割れるような頭の痛み。しばらく花壇の前でうずくまっていると、通りすがりの神父様に声をかけられた。「大丈夫ですか?」と問われて顔を上げた途端、風になびいた自分の髪が白くなっていたことに気づいた。
 色を奪われた、と皆は言った。けれども、実際は色を奪われたのではなく、僕が『エゴ』のために、自分の色を代償にしてしまったのかもしれない。
 そうやって、この街は生きているのかもしれないと、何処かで思ってしまった。
 花を飲み込んだことを誰にも告げず、一人カルカタッタを散策していた。どうせ僕が消えても、他の皆が生きていればそれでいい。それが僕と、怤藍にとっての幸せで___
 
 『本当にそう思うか、リズット』
 
 ふと、脳裏にそんな己の声が響いた。
 
 『愛する人と永遠に過ごすための代償が、己の喪失だ?矛盾がすぎる、烏滸がましい』
 
 どんどんと色を失う自分の体。
 この体が消えて、皆の記憶からも消えて。
 
 そうなったら、何が遺る?
 
 「何も遺る訳ないだろ
 そう呟いた時だった。
 
 「リズ」
 
 誰かが僕の名を呼んだ。
 


 ……
 ………………
 幸せの音が鳴り響く。そして、この身が溶けていく。
 この身が溶けて、左目に違和感を覚え、目を覚ます。
 
 目を覚ますと、そこにはヴァルコフ様がいた。
 どうやらここは現実世界で、仮死状態だった僕は、花宮先生のおかげで蘇生されたらしい。
 そのあとエマニュエル様と合流したかと思えば、爆発が起きて、走って走って爆発から逃げた。
 
 走ってる時に感じたのは、今自分はここでちゃんと息をしているんだってこと。
 それから、僕の『旅』はまだ終わってないってことだった。
 
 カルカタッタでネリネの花が宿っていた左目は、目覚めた時には抉れてしまって、どろどろに壊死していた。見るからにおぞましかったけど、こんなのどうってことない。
 不思議なことに、体つきが前より筋肉質になった気がする。声も申し訳程度に低くなっていて、これならきっと、誰かの手を掴んだとき、そう簡単に離せないはずだと思った。
 
 やっと自分らしく、生きていける気がした。
 これから僕は、かつて窮屈だったものを全部振り払って生きていきたい。そのためには、目の前の壁を、ぶち壊すこと。
 
 8月10日、蘇生したうまれかわった僕は産声をあげる。
 


 📖
 「……かわいい」
 一人の女の子の写真をみて、あたしは呟いた。
 「その子?あぁ、プロフィールには軽音部のボーカル?って、書いてあったな
 花宮先生が、あたしと並んで彼女の写真を眺める。
 「こんなあたしと同じ年くらいの子まで
 「あぁ。本当にすまないことをしてしまった。しかも、何やら阿久津さんは、物語を動かすために、皆のことを拐ってきたとか
 先生は頭を抱えた。
 「先生は悪くないよ。全部あたしのせいだし」
 「そんなことはない!というか、そんなこと言ったらお互い様だし、キリがないだろ!大丈夫、俺もこっちでやれることはやるから」
 白衣を翻し、先生は一人ラボに向かう。あたしはそれを見送ると、ノートパソコンを立ち上げた。パスワードにしていた『Risatリズット』という単語を打ち込むと、プログラミングソフトを起動させた。
 「アイザックさんのやつ見よう見まねで真似たんだけどこれでうまくいくかなぁ
 ランタンのアイコンをダブルクリックすると、文字を打ち込むコマンドが現れた。
 「流石に親友の名前を、勝手にパスワードにしちゃうあたしって、なんかちょっとよくないかな
 なんてことを呟きながら、キーボードで文字を打ち込む。
 
 『ようこそ、ブーケエクスプレスの入社試験へ』
 
 試しにそう打ち込むと、別のウインドウが開いた。そのウインドウ越しに、目を見開く親友の姿を確認し、思わず涙をこぼした。
 
 「よかった……よかった……ごめん、ごめんねリズット……
 
 拳を握りしめながら、あたしはさっきまで見ていた女の子の写真に視線を移した。
 
 「あたしも、この子みたいに笑いたい
 
 写真の中の女の子は、太陽のようにまぶしい笑みを浮かべていた。
 
 「親友になりたいなぁ
 
 気づけばキーボードの上に、ぽとりと涙が落ちた。
 
 あたしは守崎怤藍。太陽に憧れた、太陽になりきれない女。
 太陽になれないのなら、皆の手元から闇を照らすランタンになろう。この光が、皆の希望を守れるように。
 迷宮メイズのような物語の世界を照らすもう一つの太陽ランタンに、あたしはなりたかった。
 
 だって、あたしの苗字には『守る』って字があるから。


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