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群れなす猫は食われる

全体公開 9759文字
2020-05-01 00:51:13

※あてんしょん※
猫が殺される描写とかあります。グロ表現あります。自己責任で!

「なァー」
すり、と黒い猫がすり寄ってきて、カガチは思わず足を止めた。
カガチは基本的に小動物に好かれない。鳥もそうだし犬猫もそうだ。
カガチの服の中にはいたるところに『蟲』が潜んでいて、それらは毒でできている。霊として実体を消すこともできる『蟲』たちが体に入ってしまえば、ひとたまりもないことを、動物たちはよく理解しているのだ。
(ねこ・・・)
ずいぶんと人に慣れているのか、黒い生き物は足元をすり抜けては戻って、くるくると遊んでいる。
カガチの血に蛇に連なるものが入っていることもあって、基本的にこういう経験はほとんどない。せいぜいが犬猫の死体に触れたことがあるくらいだ。
蛇という生き物は、時に自身より大きい生き物さえ殺す。毒がある種類もいるし、動物たちもそういうのをわかっていてあまり近寄ってはこない。
ふさ、と足元を通り抜ける感覚に、カガチはしゃがみこんだ。
「・・・なんだお前、ずいぶんとひとなつっこいな」
興味深く眺めてみると、猫も好奇心をのぞかせてこちらを見ていた。見つめただけで、逃げられたことがほとんどだ。だからカガチが黒い毛並みに三角の耳を持つ生き物を、間近で観察するのは初めてだった。
しかも生きている。四つの足は細くて、握りしめたら折れてしまいそうだ。筋肉のついたしなやかな体は、きれいな曲線を描いている。
触っても大丈夫だろうか、と好奇心がころりと揺れる。一度も生きている猫を触って事はない。今なら触れるかもしれない、とカガチは少し目を輝かせた。
「おや、その猫がなんかしたかい」
村の住人らしき男にカガチが声をかけられると、猫はびっくりしたように跳ね上がる。身軽な生き物だな、と感心していると、ちらりと男を見やった後、この場からすぐに走って行ってしまった。
猫はたーと軽やかに走り抜け、あの細い脚でよくあんなんに速度が出るもんだ、とカガチは逃げていく姿すら関心できた。
もっと早く触ってみればよかったかな、と後悔がよぎるものの、カガチは布をかぶったまま、立ち上がった。
「いや、猫にはあまり縁がなくてね。嫌われているのさ」
旅人仕様の愛想のよい声で、カガチは苦笑して見せた。
旅の途中、大きな国から出て、しばらくしてたどり着いた村の中にカガチはいた。あたたかな大国を出てしばらくして、生ものを手に入れてしまった。処分をするために早めに塔のような城が重なる場所へ赴かねばならなくなり、カガチは村を通り過ぎる最中だった。
あまり大きくはない村だ。宿屋も2、3軒しかなく、店もそう多くない。それぞれが自給自足で稼いでいるような村の中で、やはりカガチは目立つ。
菅笠は外して、布だけの外套のはずだが、それでも外套の下に着こむ服が法衣なせいだろう。着物という服は、多くの国では見慣れないものだ。
「なんだい、猫に好かれないのか」
あはは、と大口を開けて笑う男に、そうなんだ、と肩をすくめる。
「この村じゃあ、猫なんて見慣れすぎてなあ、嫌ってる人間のほうが多いくらいだ」
へえ、とカガチは片眉を上げた。
「猫が嫌われるのかね?ネズミ捕りにはもってこいだと聞いたし、種類によっては価値がえらい出るとか・・・」
あ~と、男が言葉を濁すと、そばを通りかかった女が、ため息交じりにそんないいもんじゃないよ、と悪態をついた。
「ここの村は猫が多くってねえ・・・あのばあさんが放っておいたもんだからさ、フンもそこらにあるし、尿も臭いし、ネズミがいなけりゃ、残飯漁っちまうしねえ・・・」
困ったもんだよ、とため息をついた女に、男も顔をしかめながらうなずいた。
「たしかになあ。アーレイのとこは倉庫の小麦をやられたらしい」
「まったく!人間様の生活さえ怪しくなっちまうもんさ!」
「ずいぶん、苦労しているんだなあ」
カガチが眉根を下げて同意すると、本当だよ、と村人たちはうなずいた。
(猫、猫か・・・)
少しくらい多いのであれば、捕まえても構わないだろうかと打算が働く。
猫は生きていれば意外と高く売れる。
愛玩動物としてもそうだし、肉も一部の国では人気だ。
カガチの国では猫を食べる文化はなかった。外に出て初めて食べたが、鶏肉みたいで食いごたえがある。シチューに入れてもおいしいし、香草の類と一緒に焼いてもうまい。
戦場ではよく目にする種類の肉だし、時には犬さえ食べることもある。生き物は死んだ瞬間から、肉として価値が出るものだ。
「おばあさまがご迷惑をおかけしてすいません」
その一言とともに会話に加わってきたのは、まだうら若い娘だった。
栗毛色の髪をした彼女は、かごのようなものを担ぎ、困ったように笑う。
「そんな、リリィちゃんのせいじゃないよ!」
女は慌てたように言い募り、そうさ、と男も賛同した。
「レリアばあさんの遺した猫たちを、きちんと処理してるじゃないか!」
処理、という言葉に、もしかしてこの村はそもそも猫を食べる文化のある村なのだろうかと思案した。
だが、それだと増えすぎて困っているという話と結びつかない。増えて困っているなら、食べてしまえばいいのだ。
「猫たちに、それぞれ次の飼い主を見つけてくるなんて・・・大変だろう。また行くのかい?」
ええ、と彼女は明るい顔でうなずいた。
「飼い主候補さんは、いろいろなところから来てくださりますから。ここにいないほうが、幸せなんです」
彼女は、それではと一礼をして村の出口へと向かっていた。
「・・・彼女は、いったいどうしたっていうんだ」
カガチが彼女の背中を見ながら問うと、女は同情を含んだ眼を彼女に向けた。
「彼女のばあさんはねえ、猫がすごい好きな人でねえ・・・でもねえ、管理なんかろくにしやしないばあさんだったのさ」
「そうさ。おかげで猫は勝手に増えてくし、俺たちの食い物もなくなってく始末でね、レリアばあさんも最後にゃろくに食えやしなかったんじゃないかね」
「リリィちゃんだってがりがりでねえ・・・村のみんな、ばあさんには迷惑してたんだよ、でも聞きゃしなくてねえ。しましいには、人間よりいいなんて言うもんだから、喧嘩もしょっちゅうでね」
「リリィちゃんはいい子だよ。ああやって、猫を他の村やらにやって、飼い主を探してきてね。猫を減らそうとしてくれて」
「そうだよ、あんなばあさんのしりぬぐいをしてさ・・・」
ふうん、とカガチは眼を細めた。
「大変だねえ・・・」
「まったくだ」
ありがとう、とカガチは彼らに礼を述べ、リリィのあとを静かについて行った。
彼女はにこやかに会話をしたりしながら、やがて村を抜け、森の中へと入っていく。深い森を、彼女は歩きなれたようにすたすたと進んでいく。
カガチは気配を殺しながら、そっと彼女の後を追った。
彼女はどこまで進むんだと言いたいほどに森の奥までゆく。足取りに戸惑うことがなく、相当このあたりを歩きなれているのだと感じた。
彼女が奥へ行けば行くほど、森の中の肉食動物のとがった気配が増えていく。それでも動物たちはカガチがいるからか、あるいは彼女に慣れているのか、遠巻きにするだけで近寄ってくる気配はない。
それらにも気を配っていると、カガチはだんだんと空腹を覚えてきた。思わず村を出てしまったが、村では食料を買い込む予定だったのだ。
ある程度落ち着いたら森の中にいるそこらの動物でも狩るかとカガチは算段を立てながら、慎重に音を消してついて行く。
やがて水たまりのような泉の近くにでた。彼女がそこで止まり、明るい顔のまま、背負っていたかごを地面に置いた。
カガチは木の裏にそっと身を潜ませて、彼女を伺う。周囲に広がるその光景に、にたりと口元を割いて笑った。
死体。
それも猫のものだ。
小さな動物の死体が、木にぶら下がったり、首を切られて散らばっている。それはどれもこれも猫のものしかない。
干からびているものはほとんどなく、骨が転がっているだけの状態のもあった。木にぶら下がったものは、鳥につつかれたせいか、内臓がこぼれている。他にも、動物たちが食い散らかしたと思われる骨があちこちに散乱していた。
(もったいないな、食えばいいのに)
動物に食わせるだけでなく、人間も食べればいい。
ただ殺すだけでは意味がないのではないか、とカガチは思う。カガチは殺すことに楽しさをあまり見出したりすることはない。そのため、殺された猫の屍骸も肉に見えて仕方がない。
「ああ、まったく、いやんなっちゃうわ」
リリィは、その顔からごそりと明るさを消して、冷え冷えとした目で、かごに入れていた生き物を首を掴んで取り出した。
にゃーと鳴く、つぶらな瞳をした生き物だ。愛玩動物にもなるそれを、リリィは憎しみのこもった目で見下ろした。
「どうして減らないのかしら。どうして。どうして。どうしてどうしてどうしてどうして!」
甲高い声で叫び、そのまま猫の頭を石で打ちつける。
「うるさいわ!」
ぎにゃ、と悲鳴じみた声が上がり、彼女は容赦なく何度も何度も猫の頭を打ち付けた。
「どうしてよ!」
ぎにゃ。
「どうして私のご飯はないの!?」
に、にゃ。
「どうしてあなたちのご飯はあるの!?」
・・・。
「どうしてよおばあさま!」
やがて猫の鳴き声がしなくなると、彼女ははあ、と息を吐いて頭のつぶれた猫を見下ろした。
「ああ、どうして減らないのかしら、どうしてどうして・・・」
彼女はぶつくさとつぶやきながら、猫の屍骸を投げ捨てる。頬に赤い血が飛び、割れた頭蓋から脳髄が飛び散っても、彼女には見えていないかのようだ。
「エンディ、あなたが悪いのよ、あなたが子供をたくさん産むから」「ぜんぶあなたたちが悪いわ」「おばあさまの視線を独り占めして」「クゼルドー、私のこと、馬鹿にしたような眼で見ないで」「おばあさまに私を比較させるの、あなたちが」「オーバ、私に爪を立てないで」「私より、あなたちのほうがかわいいって、ごはんくれないのよ!」「おなかがすくのはとってもつらいの!」「寒いのよ、私には毛布もくれない!」「アルもいけないわ。おなかがすいたからと言って、おばあさまにすり寄って」「あなたちはいいわね、毛皮の上にさらに毛布を掛けてもらって!」
憎しみのこもった目で、彼女はさらに捕まえてきたであろう猫の首を絞めた。息ができずにぴくぴくと足先を震わせて猫が一匹事切れる。
彼女は次々にかごから猫を取り出しては首を切り、頭を打ちつけ、首を絞めて、殺害を続けた。
やがて、かごに入れてきた猫がいなくなったことに手を入れて気づいたのだろう。
彼女はふと我に返ったように、顔を青ざめた。
「ああ、ああ・・・・」
どうやら、村で話題に上っていたレリア婆というのはかなり猫好きであり、気の狂った人間であったらしい。
孫娘のリリィは猫より優先度が低かった。食事もろくに与えられず、衣服も与えられていなかったようだ。
飢餓というのは人を狂わせる。犬に餌を与えずに、目の前に餌を置き続け、そしてその死に屈辱を与え続ければ、犬は一族を呪う霊となる。犬神と言われるその呪いは、一族を根絶やしにするまで復讐を終えない。犬の呪いは強烈だ。一族の女が子を孕めば、子を産めぬよう、女を狂わせ、自死に追いやる。男も不幸な死を遂げるようにおいたてる。
そうしなければ、犬自身が解放されないとばかりに。
それと同じだ。彼女も目の前に餌を置かれ続けられ、けれどそれは与えられなかった。己は飢餓に喘ぎ、畜生以下の扱いだ。
手法は同じ。
彼女は生きながらに屈辱と飢餓を与えられている。
だから彼女は猫を殺さずにはいられない。
彼女が復讐を果たすべき祖母をその手で殺しきらなかったのだ。であれば、もう一つの、己に屈辱と飢餓を与え続けた生き物を殺す。そうしなければ、彼女は解放されない。
いいな、とカガチは口元を割いて笑う。
彼女は毒そのものの。憎しみと狂気にまみれた人の形。人の形をした呪い。作るまでもなく、すでに毒をその身にため込み、呪いを生み出そうとしている。
だが少し足りない。
そのまま、狂うて身を落としてはくれないかとすら思う。そんなことになったら、カガチは彼女をとんでもない毒として愛してしまうかもしれない。
彼女はいい『蟲』になる素質がある。彼女の魂が、さらに落ちてくれればいいのにな、と蟲氏としての性に笑いが止まらない。
(だがな)
とにかく腹が減ったな、とカガチは木から姿を出した。
彼女はうつむいたまま動かないので、カガチはわざとらしく、がさりと音を立てながら、彼女の前に立った。
リリィが、ゆっくりと顔を上げる。
そして目を大きく見開き、驚愕に顔を青くした。
「・・・よう、お嬢さん」
カガチがにたりと思わず笑いながら挨拶をすると、あ、あ、と声をこぼして、後ずさりをした。
「あなたは・・・旅人、さん」
声と体は震え、彼女は透けてしまいそうなほど白い肌をしてカガチを見上げる。
「おうとも。お嬢さん、なかなか素敵な趣味をお持ちだ」
見ていたことを告げると、彼女は観念したかのように顔を伏せた。
「私を・・・どうするつもりですか・・・?」
あきらめの混じった声に、カガチは首をかしげた。
「どうとは?」
放り投げた猫の死体を一つ、手に取る。まだ暖かさが残っていた。しかし心臓は止まり、ピクリとも動かない。
殺し慣れているのだろう。肉としては傷もなくきれいな状態だ。鮮度がいいうちに、捌いてしまうべきだと思った。
カガチは背負った薬箱を置き、細長い包丁を取り出した。
「・・・殺すんですか?」
刃を見た彼女は、ぼんやりと焦点の合わない目で、そう問うた。
「なぜ?」
カガチは首をかしげて、問い返した。言葉に詰まるリリィを置いて、あたりを見回し、切株を見つける。そしてそこに猫の屍骸を置いた。
虫が寄ってくる前に、と首元に包丁を突き立てる。背中に切り込みを入れ、先に毛皮を剥ぎにかかった。
猫の毛皮は、楽器にもなる。弦のある楽器だ。三本の糸でべん、と鳴る楽器に使われていた。故国でもよくその楽器が奏でられていた。三本の線の楽器はたまにどこかで見かける。
べん、べべん、と鳴らすというよりは叩くような、独特の音色がふいによみがえった。
古来、文化の発祥は動物の屍骸をもとに作られた楽器だ。馬も楽器になると聞く。
「・・・なにをしているんですか」
不思議そうな声音をはさんだ問いかけに、カガチは手を止めずに応じた。
「捌くんだよ」
「砂漠?」
違うイントネーションで聞こえたな、とカガチは気づいたが、そのまま猫の皮を剥いだ。
猫の死体はたまに扱うことがあり、さばき方は知っていた。百重城ではよく売れるし、猫料理の店もある。だからたまに路銀稼ぎで、カガチは肉を百重城で売ることもあった。
皮を剥いでしまえば、兎とそう変わらない。
頭はつぶれているため論外だが、鮮度いい肉はさばきやすかった。肉は柔らかく、うまそうだ。内臓は細菌が多いから、よく知りもしない猫では食えない。カガチはごっそりと内臓を取り出した。ぼたぼたとこぼれる血はまだ生暖かい。赤い色が美しく、まるでどこかの国の女王のようだ。体を流れ、それがなくては生きていけないもの。なるほど、王と血はよく似ている。内臓は珍味でうまいと評判だ。だが、カガチはそういった物好きな食い方はしたことがない。腹をさばいて取り出すした内臓は、遠くへ投げた。キツネやタヌキが食っていくことだろう。もしかしたらこの森には狼もいるかもしれない。
「・・・あの・・・」
困惑した声に、カガチはすらりと切り込みを入れてさばいていった。あまり大きくもないので、もう猫の原型はない。どちらかというとただの肉だ。
腹が減ったな、とカガチはよだれが垂れそうになる口をこらえた。
「猫はうまいぞ、お嬢さん。知らないのか」
目をぱちくりする少女を置いて、カガチは薬箱から鉄の丸い鍋を取り出した。その中にぶつ切りにした肉を入れ、飲み水を入れ、持っている香味を突っ込む。小さな三脚を取り出して石を下に置くと、ぼう、と火を発した。
「た、食べるんですか!?」
「これがほかのなんの儀式に見えるんだ」
ぐつぐつとに立ってきたあたりでさらに塩を入れ、カガチは残りの肉を始末しにかかった。肉を切り分け、腐りにくい魔法のかかった油紙につつみ、冷蔵の効く薬箱の場所に入れる。薬箱は実は魔法具で、見た目に反して容量が大きい。
冷蔵の効くエリアもあり、そこには村に入る途中で襲ってきた盗賊たちの肉が入っている。人間もさばいてしまえば肉だ。百重城では肉を持ち込めばいい値段になる。
「腹は減っていないのか、お嬢さん。殺すのは疲れるだろう」
肉を処理しきると、カガチは泉で手を洗った、細長い包丁も洗い、水を拭う。手拭いで包丁を重ねてから、木の器をとりだした。
「え、ええ・・・」
じゃあ彼女の分も、と器の一つにスープをよそって差し出す。
困惑を顔に残したまま受け取る彼女に、カガチも自分の分をよそって、石に腰かけた。スプーンを取り出して渡し、カガチは手を合わせてスープを食べ始めた。
「・・・あの、」
「冷めるぞ」
彼女は器をじっと見つめて、スプーンで汁を掬った。じっと液体を見つめて口に運ぶ。
こくりとのどを嚥下した彼女は、目を丸くした。続いて、肉の塊を掬い、口に入れる。かみ砕いて飲み込み、肉ね、と感想をこぼした。
「ああ、場所によってはいい値段の肉になる」
「・・・私が殺していたのを、見ていたんでしょう」
「いい趣味だな」
カガチは器の中身を食べきると、残りをよそった。背後で、動物たちがうごめく気配がするが、近寄ってくる様子はない。
「・・・わたし、のろわれているの」
彼女はぽつりと小さくこぼした。カガチは肉を飲み込み、首をゆるく振る。
「少し足りないと思うが」
そうかしら、と乾いた笑いを浮かべた彼女は、ふと艶然と微笑んだ。まるで陶酔するような表情に、カガチはぞわりとする。
「三つ首の、おおきなねこにあったの」
彼女はスープを食べながら、膝を抱えた。
「ねこをころしていたら、おおきな、みっつの首が、わたしをせめたの。こわいの。ねこが」
幼い言葉遣いで、うつろに話す彼女は、ほんとうに惜しいなあとカガチは口元を緩めた。
あと少し足りない。彼女が死んだらいい蟲の素材になるだろう。だが結果的に『蟲』を作るのは人間の人工物でよくとも、『毒』は自然物でなければならない。カガチ自身が人間の毒を作り出してしまうと、カガチ自身に呪いが返ってくる羽目になるし、何より力が弱い。
彼女はあと少し、落ちるための何かが足りない。
「でも、殺したいの」
時間をかけていれば、猫を殺しつくせるだろうか。
しかしカガチにみられた程度で怯えるようではだめかもしれない。殺し返すくらいの気概がなくては、いい材料にはならないだろう。
「だって、ねこたちがわるいの。わたしがおなかがすくのも、さむいのも、あいしてくれないのも、ねこがわるいの。あんなのがいるからわるいんだわ」
カガチは彼女がスープを食べきっていたことに気づいた。追加はいるかと聞くものの、彼女は首を振る。
「・・・ころすと、肉になるのね」
「・・・ああ」
「おいしかったわ」
よかった、と薄く笑って、カガチは泉で器を洗った。スープは食べきってしまったため、合わせて鍋も水で洗ってしまう。
「・・・旅人さんは・・・」
なんだと振り向き、鍋をまた三脚の上に置いて熱した。水を飛ばしている間に自分の器を拭いて箱にしまう。
彼女の分も受け取ると、カガチは水でささっと洗った。
「おかしなことだっていわないの?」
彼女は光のない眼で、カガチを見上げた。
何かを悩むような眼に、答えたくないな、とカガチのなかの蟲氏の性が思う。知るかとはねのけて、そのまま狂い落ちていい材料になってほしい。と、心の底から思うものの、今回は空腹に敗けたカガチが悪い。
カガチは鍋の下の石の火を言葉を唱えて消し、器を先にしまった。
「・・・殺すことは食うことに繋がる。人は略奪をせねば生きていけず、だからこそ、その恵みと命に感謝をして食らう」
「私がころしたのはにくいからだったわ」
いいや、とカガチは首を振った。
「この森で、他の動物が肉を食べていた。だから、あそこの屍骸ははらわたがでている」
木につるされた屍骸には、鴉が来ていた。本来、森で暮らす黒い鴉は、非常に頭がいい。人間の支配領域が広まった地域ではたまに市街地にもいるが、本来はこちらの姿が正しい。
「時折、動物が可哀そうだといって、野菜しか食わない人間もいる。けれど、植物の命は可哀そうではないのか?そんなことを言い出したら、動物も人間も生きてはいけない」
ころすことは、とカガチは彼女の言葉を拾った。
「根本的に、意味などない。食おうが憎かろうが、そこでその命は終わりだ。価値をつけることのほうが哀れだ。命に貴賤はない」
ただし、冒涜はできる。
だから呪われるし呪うのだ。
命が足掻くさま、そのものこそが呪いだ。
「人間が食わずとも、他の生き物が食う。肉が腐ることはつまり、土に還ろうとしているのだから」
だが、呪う生き物たちは、それができない。
このまま死ぬなど耐えられない。復讐したい。憎い相手に一矢報いたい。それを終えるまで死ぬなんてできない。
それこそが、呪いの根幹だ。
「殺すことに対して、考えるだけ無駄だ。人の非難なぞ意味がない。猫を食べることはぞっとするか?狼が猫を食ってもぞっとするか?・・・人間の非難は、その者の正義だ。背負っている文化の正義は強く狭く、不寛容だ。旅をしていれば、そんな正義なぞ、持ち歩くだけ無駄だ」
カガチは鍋を片付け、三脚と石もしまう。
リリィは目を丸くして、カガチを見ていた。そしてふいにくすりと苦笑する。
「・・・旅人さんは、聖職者みたいね」
カガチは苦々しい顔を隠さなかった。カガチの格好は宗教者のそれで、カガチも多少の覚えはある。だが、すでに進行も教義も、非難するための信念と正義も、とうになくなっている。
「わたしはねこをころすわ」
そうか、とカガチはうなずいた。
「食べることも、考えるわ。だって憎いけれど、殺しているんだもの」
「ここで出会ったのも多生の縁だ。袖振り合うも他生の縁、という言葉にあやかろう。俺の知り合いに、肉屋がいる。猫の肉を卸すのはどうだろう」
殺すのをやめないということは、少しは毒になる希望が見込める。だが、猫を食べる文化圏ではないようなので、一人で肉を消費するのは大変だろう。
「たすかるわ、肉を売れば、生活も楽になるもの」
「これは俺からの忠告だが」
カガチは箱を背負い、布をかぶった。森の奥まで来たが、このまま抜けるのは道がわからないため危険だ。一度街道に出るか、魔物を使ってショートカットを考えたほうがいいだろう。
「すべて食べるな。森の動物の分の肉も、遺しておいてやれ」
彼女はこくりとうなずいた。
「俺はもう往くが」
ええ、とリリィは立ち上がって微笑んだ。
「ありがとう、旅人さん。お気をつけてね、とくに、猫の群れには」
「ああ、ありがとう。君も気を付けて」
とカガチは言葉を返し、彼女に背を向けた。
あの泉は、猫の霊で溢れかえっている。だが、どの猫の恨みも、彼女の憎悪に勝てず、飲み込まれていた。今日、カガチの言葉で、霧散するかと考えていたそれらは、さらに加速していた。
この先が本当に楽しみだとカガチは口元を歪ませ、ふと彼女の言葉に首をかしげる。
(三つ首の巨大な猫。そんなものがいるのか・・・?)
魔物だろうが、そんなものに出会ったら勝てそうにないなとカガチは苦笑した。
そんなものがいたとしたら、ずいぶんと彼女の呪いを加速させたものだ。責められ、恐怖を植え付けられた彼女は、さらに歯止めをなくして殺すことになった。すなわち、こんな恐ろしいものは消し去りたいという思考だ。
カガチは足取りも軽く、森に背を向けた。


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