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[雨P♀]パウンドケーキとおすそ分け

全体公開 1 1562文字
2020-05-06 16:25:31

「ハートか……
Pさんが焼いてくれたハートの形のパウンドケーキを割って食べるのを少し躊躇っちゃう雨彦さんのお話です。

Posted by @toasdm

 鼻歌が躍る休日のキッチンに、彼女の笑顔。楽しそうだな、と頬杖をついて、雨彦はそれを見守った。シャカシャカとかき混ぜる音は、卵を溶いている音だろうか。平和なもんだ、と目を細めていたが、んぎぎ、と苦戦する声がして、雨彦は思わず立ち上がり彼女に近づく。
「どうしたんだい?」
「え、っと……
 彼女の手元を見て、苦戦の原因に雨彦は苦笑する。はさみでも使えよ、と彼女の手からチョコレートチップの袋をひょいっと取り上げると、雨彦はそれを難なく引っ張り開けてやる。
「あ、ありがとうございます……
「お安い御用さ」
 はさみいらなかったですね、と雨彦を見上げると、オフの日特有の、すっかりリラックスした表情が見下ろしている。
「パウンドケーキかい?」
「はい。たまに作りたくなるんです」
 お前さん女子だな、と彼女の頭をぽんぽんと撫でて、雨彦はダイニングテーブルの定位置につく。また鼻歌が躍り始めて、雨彦がそれを見守る。
「よし、っと……
 しっかり予熱の回ったオーブンに、生地を流し込んだ型の並んだ天板を入れ、彼女はオーブンのスイッチを押した。暖色のランプが灯る庫内、彼女の期待と同じくらいのスピードで、パウンドケーキは膨らんでいく。
「もう少しですねー……
 お茶にしましょうか、と洗い物を片付けて、彼女は紅茶を用意する。こうしてゆっくりと時間が進む休日の午後は、彼女にとっても雨彦にとっても、心地の良いものだった。
「いい匂いだな」
「ふふふ……はい」
 香ばしい匂いが満ちた空間で、紅茶を飲んで他愛もない話をしながらケーキが焼けるのをのんびりと待つ。温もりが連れてくる幸せの微笑み、香ばしさと甘さが混ざり合い、二人の間で溶けていく。
「お」
「ん」
 焼き上がりを告げたオーブンに、ミトンをはめた彼女が駆け寄り扉を開ける。瞬間広がる焼きたての香り、よしよしよし、と満足そうに揺れる頭とうきうきの背中を、雨彦はすっかり油断しきった目で見つめていた。

「これ、あの」
 粗熱をとって冷ました後、型から外したケーキを切り分け彼女が戻ってくる。雨彦さんの、です、と差し出されたのは、長方形の一切れではなく、ひとつだけ形の違うお一人様用パウンドケーキだ。生地が余ってたので、ともごもご言う彼女が置いた皿の上には、ハートの形がちょこん、とひとつ、恥ずかしそうに乗っている。
「ハートか……
「あの、やっぱり」
「いや、嬉しいんだぜ? お前さんが焼いてくれたんだからな」
 少女趣味過ぎたかとしょげる彼女よりも、ハートの形のパウンドケーキをつまんで眺める雨彦の方が少ししょげている。
「ハート割って食うのが惜しいな……
「あの、見てるだけじゃ、食べられないですけど……
 複雑な顔をした二人の間、所在なさげなハートのふかふかが、甘い香りを漂わせている。
「いっそ一口で、えいっ、て……
「味わって食べたいだろう?」
「じゃあこの、こっちの、尻尾の方から」
「罪悪感はないだろうが、ここはハートの尻尾なのかい?」
……っふふ」
「っははは」
 しょんぼりが退場して、笑顔が二つ入場した。今度また、気が向いたら作りますから、と笑う彼女の目の前で、雨彦は手にしたハートのパウンドケーキを二つに割った。
「え」
「ほら、半分はお前さんに」
 差し出した雨彦はウィンクをして、ニッと歯を見せ笑って言った。

「割ったんじゃない、分けたのさ。愛情のおすそ分け、なんてな」

 そういう考えになりましたか、と受け取った半分は、雨彦の一言で愛情のおすそ分けになる。うまいな、と幸せそうに頬張る雨彦の向かい、分け与えられた愛情を、彼女は一口ずつゆっくりと味わって食べていた。

 口の中、焼いてとろけたチョコレートが、幸せ味を広げていた。


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