@toasdm
雨彦の大きな手が彼女は好きだ。細い腰も、すらりと伸びた足も、雨彦の好きなところならいくらでも、枚挙に暇はない。だからこそ、今この状況で、彼女は目のやり場に困っている。どこから調達してきたの、と話を逸してみたが、お前さんの為に揃えたのさ、とウィンクが帰ってきて彼女はテーブルに沈む。
「うぅ……」
「っははは、まあ、ショーみたいなもんさ。楽しんでくれよ」
それは暗に、見てくれ、と言っているのと同じだ。お前さんのために揃えたんだぜ、とストライプのシャツの袖口の、ボタンをはずして雨彦は腕を捲り、アームバンドで固定した。その仕草もちらりと見えた腕の筋も、彼女のときめきを次から次へと生んでいた。端的に言うと、様になりすぎて格好良くて、目のやり場に困っていた。
シックなブラックの無地のベストは、背中の部分が大きく開いた、いわゆる「カマーベスト」と呼ばれるものだ。首元はこれまたシックに、小さめの黒い蝶ネクタイで引き締めている。とにかく長い雨彦の足を包んでいるのは、細めのシルエットが足の長さを強調した、カマーベストと揃いの布地のスラックスだ。腰に巻いたギャルソンエプロンもブラックで、統一感のある出で立ちは、いわゆる「バーテンダー」の格好そのものだった。
「さて、ご注文は?」
「ごっ、ご注文?!」
「といっても、何でも作れるってわけじゃないがね」
苦笑する雨彦は対面カウンターのキッチンに、いくつかのリキュールボトルを並べる。メニュー表でも作ればよかったな、と後ろ頭をがしがしとかいて、雨彦はそのボトルの隣に銀色のシェイカーをトンと並べておいた。
「ここにある材料で、基本的なものならだいたい作れると思うぜ」
「いや、あの……基本的、っていうか、居酒屋にあるようなやつしか知らなくて……」
詳しくないんですよ、と言いながら、彼女の目線はバーテンダー姿の雨彦と、置かれたシェイカーの間とを反復横とびする。
え、雨彦さんが、あれ、を、振るの……?!
そんな彼女の様子を見て、ははぁ、と雨彦はにやけてシェイカーを手にとった。
「お前さん、これを振ってる俺が見たいのかい?」
「え、えっ、あの、えっ」
彼女のその動揺と態度、それと頬の色とが問いかけの答えにそのままなった。そうかい、とにやつきながら、雨彦はくるりと振り返り、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出した。カマーベストの大きく開いた背中にまた視線が持っていかれて、振り向いた雨彦がニヤニヤと、お前さん見過ぎだぜ、とからかう。だってこんなの絶対見ちゃうじゃないですか、とすっかり開き直った彼女は雨彦の所作をじっくりと眺める。
「居酒屋だったらお前さん、よくカシスオレンジを飲んでるな」
「う……っそ、う、ですね……」
だったら、とシェイカーボトルを開いて、雨彦はそこに氷をがしゃがしゃと突っ込んでいく。なんだろう、と見ている彼女の目の前、オレンジジュースが注がれて、カウンターに並んだボトルの一つを、雨彦はスマートな動作でジガーカップに注いで計量する。
「さて、お楽しみだ」
「!」
キュ、とキャップをしっかり閉めて、雨彦の両手がシェイカーの上下をしっかり押さえる。ごくり、と喉を鳴らした彼女の目の前、雨彦は見せつけるようにしなやかな動作でシェイカーを振り始めた。
「ぅぁー……」
長い腕がシャカシャカと、小気味の良い音を立ててシェイカーを振る。格好いい以外の語彙が死んでしまった彼女はずっと、うわ言のように繰り返す。
「かっこいい……かっこいい……」
「そうかい」
にやりと口角を上げた雨彦の腕、シェイカーの動きがゆっくりと止まる。冷凍室からショートグラスを取り出してカウンターに置き、滑らかでどこか妖艶に見えるしなやかな指先でキャップを開けると、雨彦はそれを丁寧にグラスに注いだ。
「お待たせいたしました、カシスオレンジです」
出されたカクテルは、彼女の想像する「カクテル」という存在をそのまま投影したような、カクテルらしいカクテルだ。いただきます、と手にとって、口をつけてみたが正直「おいしいな」以外の感想を出せるだけの語彙は戻ってこない。っていうか提供の仕方も格好いいし、なんなのさっきのセリフ、声までバーテンダーさんだった、と酒よりぐるぐる回る思考で、彼女は味もなにもかもがわからなくなる。
「楽しんでもらえたかい?」
「はひ……」
そうかい、と目を細めて、雨彦はシンクにシェイカーを片付けながらぽつりと呟いた。
「練習しておいてよかったよ……」
その一言が、決定打になってしまった。格好いいとこ見せたくてな、練習したのさ、と付け加えられて、彼女は再びカウンターテーブルに突っ伏してしまった。
「っはは、なんだい、酒強かったかい?」
「ちーがーいーまーすー……」
自分のためにここまで色々仕込んで用意してくれた優しさも、格好つけたくて練習した健気さも、彼女をノックアウトするには十分過ぎた。そうかい、と片付ける雨彦の頬が少しだけ赤いことに、彼女は気付かないまましばらくテーブルに沈んでいた。
大きな手も細い腰も、すらりと伸びた足も優しさも、彼女は雨彦のことが本当に本当に、大好きだ。