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[雨P♀]手を出した

全体公開 1 1817文字
2020-05-10 10:53:50

「甘えん坊の俺は嫌いかい?」
雨彦さんのおうちに初めて泊まりに行ったPさんのお話です。

Posted by @toasdm

 遮光カーテンの隙間から差し込んできた光の一筋が、瞼の上から彼女の意識を、ちょんちょん、と優しく揺さぶり起こす。目を開けずとも感じる質量と熱の存在感、目覚めたばかりの意識は、与えられた安心感で温められる。
 あったかいな。気持ちいい。
 大好きな人の隣で目覚める心地よさに、目が開くよりも先に彼女は、口元に穏やかな笑みを浮かべていた。
「ん…………っ」
 広いベッドは彼女と雨彦を受け止めても、まだ上下左右それぞれに余裕がある。ごろん、と寝返りをうち、彼女は雨彦の方へと向き直った。
「あ……
 向き直る動作の途中で、彼女の右手に寂しい気持ちがやってくる。寝る前のやりとりと思い出して、彼女は空っぽの手をぎゅっと軽く握りしめた。
「手…………離しちゃってた……

 初めて訪れた雨彦の部屋は、雨彦らしいなと思った。部屋に満ちている清潔感のある雨彦の香り、家具類は必要最低限ながらも実用性が高く、カラーや高さが揃えられた統一感が、雨彦の大人っぽさを感じさせるようだった。リビングの壁の一面は天井まである本棚が占めていて、普段の雨彦の言動から滲み出る知性の源泉はここか、と彼女は蔵書の数と種類に圧倒された。
「気になる本があるなら好きに読んでくれてかまわないぜ」
「ありがとうございます……すごい」
 本棚を見上げる彼女を背中から抱きしめて、雨彦はすりすりと頬を擦り寄せた。お前さん、と呼ぶ声は穏やかで緩んでいて、自宅だと雨彦さんこんな感じなんだ、と妙に胸が高鳴ったのは覚えている。
 恋人同士なんだから風呂くらい一緒に入るだろう?や、ベッドは俺が眠れる位広いからな、一緒に寝ようぜ?と子供みたいな甘えを大人の理屈でコーティングした雨彦に、家だとこんなに甘えん坊さんになっちゃうんだ、とイメージギャップを植え付けられて、どうにかなってしまいそうだと思った。雨彦さん普段は甘えん坊なんですか?と素直に聞いた彼女を、部屋ではずっと抱きしめたままの雨彦は、ばつの悪そうな顔をしてぼそっと言った。

「甘えん坊の俺は嫌いかい?」

 そんな、ずるい。そんなのずるい。
 格好いいのに可愛くて、頼れるのに甘えん坊で、そんなのずるい。
 静かに悶絶する彼女に、雨彦は続けた。
「お前さんと素肌で触れ合いたい。駄目かい?」
 断りきれずに一緒に風呂に入ったが、狭いバスタブで密着しながらも、雨彦は特に手出しはしてこなかった。
「この年にもなるど独り寝が寂しくてな……何もしない、とは約束できないが、一緒に寝てもらえると助かるよ」
 これは流石に、手を出されても仕方がないな、と思ったが、二人で転がっても余裕のあるベッドの上、雨彦が出してきたのは本当に、手だけだった。指を絡めて繋いだ手、伝わってきたのは純粋な愛情と真摯な思いやりだった。

……ふふ」
 きっと、ものすごく大切してくれてるんだろうな。
 手を繋いで寝るだけの子供みたいに甘えた夜を、太陽が追い越して朝になる。物足りなさは僅かにあっても、たっぷりの愛情と思いやりとが、それを隅っこに押しのけてくれた。寝る前に繋いでいた手が離れていた寂しさで、少し縮んでしまった心を膨らませようと、彼女は自ら手をのばす。
「ほぁ……
 滑り込んだ雨彦の手に、彼女の手はすっぽりと包まれる。あったかいな、と人肌に温められた指先を絡めて、彼女はすっかり緩んだ気持ちでぽつりと独り言を呟く。
「おっきいなぁ……
「そうかい? そいつはできれば、夜に聞きたかったなぁ……
「!?」
 ギュン!と一気に全身に血液が回り、強制的に目覚めさせられた目が隣で眠っていたはずの雨彦を捉える。ニィ、っと口角を上げて片目だけを開けた雨彦は、寝起きの掠れた声で彼女の耳元に囁いた。
「おはようさん。よく眠れたかい?」
 俺はよく眠れたよ、と指を絡ませる雨彦は、ちょうどいい匙加減で言外に伝える。

 お前さんに手を出すのも吝かじゃないんでね、と。

 そういう目で見られてないのかもしれないな、とほんの少し寂しい気持ちになっていた彼女のことを、雨彦は誰よりも愛している。出してもいい手を引っ込めるような真似はしないさ、と彼女を抱き寄せて、雨彦はすりすりと、また子供のように甘えた。
 触れ合う肌、一部の熱。おっきいですね、と彼女が言って、それが合図と合意になる。静かな朝のベッドルームに、キスと衣擦れの音が響き始めた。


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