クイーン・エウロペア1世
プロフィール【https://privatter.net/p/5894257】
プロローグ【https://privatter.net/p/5894261】
@DSSKYOTO
彼女の描いた永久の理想郷は儚くも散る。皮肉にも彼女自身のもたらした業火によって。
『……女王は、人の心が分からないのでしょう』
最後の臣下を失った時に初めて、彼女は気付いてしまった。
自分が守っていたのは民草でも、王国でもなく。
ただ、形ばかりの王としての在り方だったのだと。
押し殺し続けた感情は堰を切って溢れ出す。
彼女は自身を王たらしめていた物、聖剣だった鉄屑を抱きしめて泣いた。
その涙の全てが枯れ尽くすまで。
『嗚呼……もう一度だけやり直せたのなら』
凡そ七日間、業火は世界を焼いた。
ーーー『エスカルゴ王列史・終章「黙示録の炎」』より
◆◆◆
祭とは縁遠い私が、故あってとある書物を職場まで運ばねばならなくなり、夜遅くに外出したのが運の尽きであった。
下鴨神社降って三角州、通称鴨川デルタを駆け下りる。響く絶叫をドルルと掻き消すは原動機付き二輪車の群衆、背後に迫り来るはドンドンパラリラと時代錯誤も良いところ、MADでMAXな彼らは通称『京都魔人暴走族』。
その多くは沸き出る悪鬼羅刹に取り憑かれた哀れな傀儡。そして京都における闇の神事、暗黒祇園祭に乗じて略奪や暴行を行う反社会的集団である。
「通行人はどいてた方がええで! 今夜この京都は戦場と化すんやからな!!」
「死ねどす!! オルァ!!!」
正に屍山血河、等間隔に並ぶ頭蓋を鏖殺する彼らを止める者は未だこの地に降り立たたず。私は命からがら、人目につかない藪の中へと飛び込んだ。
今宵の不運はあの暴徒に追われたことに留まらず、私が抱えた幾冊かの貴重な書物を危険に晒している現状。
無論、これらの喪失は日本民族学の進退に大きく関わる。
これは、命に変えても奪われるわけにはいかない。
「あぁ、そうさ……命の一つで護れるのなら、安い物さ」
さて諸君、自己紹介が遅れたが私も魔人だ。
能力は『果てしない物語』、自身の肉体を対価に、本の中の登場人物や事象を現実世界に召喚する能力である。
そう、対価は自身の肉体。
体毛など数本を対価に呼び出せる物はほんの一瞬、小規模な召喚にしかならない。自己把握の一環として一通り行い、それらは理解している。
この力の真価を引き出す為に己が身を捧げる必要がある事も理解している。
そして、この力を行使して然るべき何かを成し遂げなければならない時が来ることも、理解していた。
「は……ははは、こんなカビ臭い古本を守る為に命を投げ打つなんて、こんなものが私の人生とは」
その嗚咽、その覚悟は誰に観測されるでもなく。
「あぁ、上等じゃあないか」
そう、私がその身を捧げた本の名は。
◆◆◆
新約・エスカルゴ王列史
序章『本になった青年』
◆◆◆
それは祈りにも似た覚悟の成就。
胸に抱いた本は全てを焼き尽くさんとする熱を迸らせる。薪として焚べられた身は瞬く間に煤塵と化し、溢れ出る字列が渦巻き、人の形を成してゆく。
天女の如き容貌、猛る炎の聖剣を携え、悪辣な侵略者を討ち滅ぼしたと言われる救世の英雄。
「エウロペア女王!」
不思議なことに、私は燃え尽きる自分を認識しながらも意識がまだこの世にあった。
そして女王の拾い上げた『表題の無い古本』。そこに私の自意識が置換されていることに気づく。
『よもや、本に召喚される日が来ようとはな』
辺りの藪は瞬く間に燃え上がる。爛々と舞い散る火の粉が一陣の風となり、この場全ての群衆の視線を奪った。
『しかし私の統治下で小市民達の諍いが起きているとは嘆かわしい、疾く散るが良い』
女王の躍り出る先は賀茂大橋、この夜を我が物とした暴徒達は直感的に理解する。
『この女は自分達の敵だ』と。
原動機の威嚇音、橋の両端を取り囲む輪はジリジリと狭められてゆく。
『真名封鎖、聖体偽装展開』
渦中に君臨する女王、その腰に携えられし聖剣は聖句と共に、今。
『聖剣、抜錨』
疾走する二輪車、がなり立てる金属バットと鉄パイプのスクランブル交差点だ。
「「死ねどすゥァ!!」」
猿叫に呼応して解き放たれる膨大な熱エネルギーの奔流がアスファルトを溶解させる。横転した群衆が、そして熱に耐えきれなくなった群衆は、為す術無く川へ逃げ込む。
しかしどうだ、これだけ集まった有象無象。一人くらいはいたのであろう。
「チェストォア!!!」
女王と同じく、炎を手繰る魔人が。
刀を手に飛び掛かる炎使いの男、彼女が深窓の令嬢として奇跡と祝福に依存して名を残した人物であれば、この窮地を脱する事は難しかったかもしれない。
しかし否、彼女は軍略に長けた軍人である。
『なるほど』
しかし否、彼女は政略に長けた統治者である。
『小市民、面白いぞ』
しかし否、彼女は殺戮に長けた武芸者である。
『この私と、我慢比べと言うわけか』
抜刀を完了した聖剣は陽光を纏い、打ち合う。鍔迫り合いで衝突する炎と炎。凡そ有機生物の存在できる限界の環境。如何に炎に耐性を持つ魔人と言えど炙り続けられる先に待つのは、死。
彼女の炎が燃え尽きるのが先か、男が焼け落ちるのが先か。
「ウオオオオ!!!」
『その覇気、賊にしておくには惜しいな小市民』
嗚呼、しかし悲しきかな。元より悪霊に憑かれ狂った彼には……
そして肉が、骨が、形無き灰に還る中、唇が動く。
「陛下……ありがたきお言葉」
死の間際、悪霊から解放された男から搾り出された最後の言葉。
『しかと聞き届けたぞ、愛する臣民よ』
焼け落ちた灰を抱く女王は、人知れず泣く。
しかし、剣を納める頃には何事も無かったかの様に立ち上がった。
女王にとって、感情など無意味で不要なのだから。
◆◆◆
『争いは収め終わった。私は祖国へ帰らねばならぬが、帰路はどちらだ』
「あぁ、女王よ……非常に申し難いのですが……」
『なんだと?』
深夜零時の鐘が鳴り響き、天狗共が空から嘲笑う。
時は来たれり、京の町は結界に閉ざされ、帰路を失った女王と本になった青年の奇妙な二人組。否、一人と一冊の国家は戦へと駆り出される。
●登場人物
【私 / 表題の無い古本】
歴史資料館の学芸員だった物、あるいは喋る古本。
とある青年の凡庸な半生が綴られているが、そのほとんどは白紙のようだ。
これはエウロペア女王の物語である。彼女が知らない私の名など、記す必要も無いだろう。