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哲学人資料『ポール・ワイスの思考実験』

全体公開 11017文字
2020-05-26 01:32:30


名称:ポール・ワイスの思考実験 Thought experiment by Paul Weiss

外見:14歳程度の少年。両目の下から鎖骨にかけて、血の涙のような赤い模様がある。
 身長162cm。体重55kg。

対応:一般的な収容者と同じ生活サイクルを適用。
 清掃時、同室に安置されている1m×1m×2mの透明な円柱形ケース(ミキサーと呼称)とその内容物(ヒヨコと呼称)には触れないこと。ミキサーが完全に密閉されていたとしてもヒヨコは死亡している。

 当哲学人からヒヨコの状態について問われた場合、必ず「ヒヨコは死んでいる」と答えること。追及があれば、「生物学的組織が失われた」と答えること。実験自体の道徳的問題を糾弾しないこと。

注意点:どう考えても死亡前と細胞的に変わりなく、密閉されているため損失がなく、生きているように思えるかもしれないが、どう見てもその液体は人間ではない。ヒヨコは死んでいる。

収容経緯:■■年■月■■日■■区■■■■のアパート■■■号室にて、■■■氏が当哲学人と揉み合いになり、外傷を負う。事態を察した近隣住民が哲学人犯罪取締課に連絡。
 駆け付けた職員が仲介に入り、当哲学人を確保。
 その際、■■■号室の住人である■■氏も安全確保のために保護した。■■氏は当哲学人により砕かれたヒヨコの役割を与えられている状況であり、職員が保護同行を申し出た時から現在まで、承諾・拒否どちらの反応もない。
 ヒヨコは死んでいる。

取調記録:■■■■/■/■■
当哲学人確保直後の事情聴取と同行意思確認。
担当:■■氏
対象:【ポール・ワイスの思考実験】
調査官「こんにちは、ポール・ワイスの思考実験。貴方の身柄をこちらで管理させていただきたいのですが、よろしいですね?」
当哲学人「ああ」
調査官「ある程度、哲学的観点から貴方のことを調べさせてもらいます。その結果として、哲学人研究所への移動と、研究への協力要請も考えられます。その点も了承いただけますか?」
当哲学人「ああ」
調査官「ありがとうございます。それと……貴方が粉砕した■■さんの死亡判定を行いたいのですが、あの容器を開けることはできますか?」
当哲学人「……必要かよ」
調査官「死亡判定をしなければ、■■さんの処理ができませんので」
当哲学人「堅っ苦しいな。見たらわかるだろ、どう見ても死んでる」
調査官「法的には、医師の診断が必須ですから」
当哲学人「それだけか?」
調査官「ええ」
当哲学人「本当に?」
調査官「どこに疑問があるんですか?」
当哲学人「医師の診断ってのは、あの透明なミキサーを開けて直接見なきゃ駄目なのか?」
調査官「あー。ああ……そう、です、ね」
当哲学人「お前は、あれが、どう見えるんだ」
調査官「私には……そうですね。あの液体と、生きている人間の区別がつきません」
当哲学人「なんでだよ……!」
調査官「外見上の差異はわかります。死んでいるはずだとも思います。しかし、なにも失われていないじゃないですか。あの容器は開いていませんし、中は完璧に密閉されているんでしょう? じゃあ、あの中にいるのは■■さんで違いないです」
当哲学人「……はぁ」
調査官「開けることは可能ですか? 開いてしまえば、きっと、確証が持てます。彼女が死んでいると」
当哲学人「いい加減にしてくれよ……どうしてそうなるんだよ。どうしてさぁ!」
(当哲学人が机を叩く)
調査官「落ち着いてください」
当哲学人「うるせぇミキサーにかけんぞ!」
(■■調査官の背後に透明な円柱が発生する。半分に割り開いたのを視認し、■■調査官が立ち上がり退避行動を取る。円柱形はそれ以上の行動を取らない。制止用の武装職員が室内に侵入し、■■調査官と円柱の間に割って入る)
当哲学人「それでもなんで変わらねぇなんて言えんだ! もっとよく見やがれ! あれは、あれっ、どう見ても死んでるだろ!」
調査官「すみません、失言でした」
当哲学人「失言で済まされねぇ! あれはっ、だって、だって、なん、なんで」
調査官「あー……(武装職員に向かって)大丈夫そうです、まだ」
(当哲学人の罵声。言葉はまとまっておらず、単語が成立していない)
調査官「ところで、他に、あの状態になった人って居たりしますか?」
当哲学人「っ…………いや……
調査官「ゆっくりで良いです」
当哲学人「あ……結果が……わかりきってる実験を、繰り返す必要はないだろ。あれは……標本なんだ。見たらわかるはずのことだから。あれ一個作って、作ったらわかると思って、それだけだ」
調査官「あれが初めてなんですね」
当哲学人「ああ」
調査官「初回で発見できて、良かったと思うことにします」
(円柱が消失する。■■調査官は椅子に座り直す。当哲学人は沈黙。居心地の悪さを示すように目を逸らす)
調査官「貴方があれを作った理由を、教えてくれますか」
当哲学人「俺の哲学を、ちゃんと、見せたかった」
調査官「ポール・ワイスの思考実験、ですね。具体的にはどのようなものでしょうか」
当哲学人「密閉できるミキサーにヒヨコを入れる。粉砕する。何が失われただろうか?」
調査官「命ですね」
当哲学人「そうだよ。その通りだよ。死んでんだよ」
調査官「単純な真理のように思います。それについて、どうして、そのように……迷っているんですか?」
当哲学人「アンタ、この思考実験は何のためにあると思う?」
調査官「何のため」
当哲学人「思考実験は、何かの答えを出すための実験だ。ヒヨコをミキサーに入れて、何を得る?」
調査官「……細胞、物質の総量として損失がないにもかからわず、命は失われる……あ、生の定義ですか? つまり物質がそのままなら、論理的には生きて」
当哲学人「違う!」
(当哲学人が椅子から立ち上がる。■■調査官に詰め寄ろうとして、机に阻まれ止まる)
当哲学人「い、命の尊さとか計り知れなさとかんな大層な哲学人じゃねえよ俺は。バラバラにしたら死ぬ。だから組み合わせに命は宿る。分解したら命じゃないよね。組織と機能は分けて考えられない! 以上! 終わり! 道徳とか倫理とかそういう話じゃねぇ! なのに、なのになんで、わかんないの……
(当哲学人が机に手をつき、頭を伏せる)
当哲学人「大喜利大会にすんな俺を……
調査官「■■さん、あのまま残しておいた方が良さそうですね。貴方を止めるためにも」
当哲学人「……俺は、それでいい。思考実験で理解できない奴らには本物を見せるしかねぇんだ。一個あれば充分だ」
調査官「貴方は、あれを、死んでいると認識できているんですね」
当哲学人「……ああ」
調査官「彼女と貴方は知り合いでしたか?」
当哲学人「いや……あの日、初対面だ。偶然会った」
調査官「そうですか。これは、貴方の意思の確認です。貴方は、彼女を殺す意図があって近付き、あのような状態にしたんですか」
当哲学人「だって、じゃないと、俺……俺が、おかしくなりそうだったから」
調査官「そうですか」
当哲学人「……うん。でも、誰も……俺のこと、わかってくれなくなったんだ。変わるの怖いよ……仕方がないだろ。変わりたくないよ。哲学なのに、ちゃんと意味があったのに、俺」
調査官「そうですね」
当哲学人「今日、この後、どうすればいいんだ」
調査官「取締課内の案内をします。収容や調査の協力許可をいただけましたから」
当哲学人「そっか……俺、そんな、凄いことする哲学じゃないんだよ。ほんと単純な、簡単な、思考実験なんだよ」
調査官「そうなんですね」
当哲学人「俺は道徳の話じゃないんだよ」
調査官「ええ、そうですね」
当哲学人「俺が、証明するための実験なのに。俺のせいで、元と逆のこと思われんの、やだよ」
調査官「ここで暮らしている間は、そうならないようにしますよ。お互いの安全のために」
(以降、部署内の案内。省略)


取調記録:■■■■/■/■
当哲学人確保直後の事情聴取。
担当:■■氏
対象:■■■氏
補遺:対象は当哲学人確保時に争っていた人物である。揉み合いの末に右目を負傷しており、事情聴取は治療の後に行われた。
 事件当時の当哲学人の行動把握、ヒヨコ役を担っている■■氏の人柄について、を目的としている。
調査官「■■■さん、今日はお時間ありがとうございます」
■■■氏「こちらこそ、気遣ってもらって……
調査官「右目、相当な傷のようでしたから。具合はどうでしょうか」
■■■氏「摘出になっちゃいました。痛み止めで、今はなんとか」
調査官「そうですか。お大事になさってください」
■■■氏「ええ、そうします。ありがとうございます」
調査官「それでは本題です。あの哲学人、ポール・ワイスの思考実験についてです」
■■■氏「はい」
調査官「彼とは以前から知り合いでしたか?」
■■■氏「いいえ」
調査官「そうですか。では、あの日、どのような状況だったのか教えてください。口論を聞いた近隣住人が通報する以前のことは、貴方しか知らないことです」
■■■氏「そう……ですね。ええ、話します。あの日は、■■さんの家で一緒に過ごす予定だったんです。■■さんは恋人で……夕方からお出かけする予定だったんですけどね。彼女がああなってしまって、結局行けなかったなぁ」
調査官「■■さんの自宅に着いたのは、何時頃でしょう?」
■■■氏「ええと、十時くらいです。休日だったので、いつも会うのはそのくらいで」
調査官「その時、■■さんは?」
■■■氏「その時は……もう、あの筒の中でした」
調査官「そうですか。その時、哲学人は」
■■■氏「彼女の前に。座って……へたりこんで? いました、ね。そうだ、腰が抜けて尻餅をついた、みたいな。こっちに気付かないで、ずっと彼女のことを見ていました」
調査官「怯えていた様子ですか?」
■■■氏「いいえ」
調査官「では、どのような」
■■■氏「笑っていました」
調査官「……ポール・ワイスの思考実験が、ですよね」
■■■氏「はい。笑っていました。笑ってたんです、あいつ。嬉しそうに。■■さんがあんな、あんなになって。きっと辛いと思うのに、あいつは」
調査官「■■■さん、大丈夫ですか」
■■■氏「大丈夫です。大丈夫……そこからは、知ってると思います。彼と口論になって、揉み合いになって、突き飛ばされてぶつけた拍子に右目がこうなって。いつの間にか、警察の人が来ていた、という感じです」
調査官「そうですか。話してくださりありがとうございます。■■さんは、以前からあの哲学人と知り合いだったり、その他哲学的な交流はされていた方でしょうか?」
■■■氏「いいえ。まったく」
調査官「そう、ですね。ありがとうございます」
■■■氏「あの、■■さんは、今、そちらに保護されてるん、ですよね?」
調査官「ええ、そうなります」
■■■氏「あ、の、身内じゃない、けど。差し入れと言うか、その。渡したいものがあって。届けてもらうことって、できますか」
調査官「難しいですね。今の彼女は意思疎通ができない状況ですから」
■■■氏「そうですよね……そう、ですよね。そう……
調査官「彼女のご家族に渡す、という方法はありますが。どうでしょうか」
■■■氏「指輪なんです」
調査官「あー……
■■■氏「プロポーズ、する予定だったんです。あの日。渡せなくて、なんだか、落ち着かないというか。ずっと、その、彼女に渡したくて。絶対に似合うと思うんです」
調査官「そうですか」
■■■氏「でもプロポーズの場所が夜景の見えるレストランって、なんだかベタすぎたかなぁ……
調査官「私が判断することはできないので、なんとも」
■■■氏「そうですよね。彼女がどう思うかですよね。そうなんですよ。でも、■■さんなら、恥ずかしそうにするかもしれないけど、きっと喜んで」
調査官「■■■さん」
(■■調査官の呼びかけに対し、■■■氏は数秒言葉を止め、ゆっくりと瞬きをする)
■■■氏「……はい。すみません、惚気ちゃいましたね」
調査官「いえ、大丈夫です。今日はご協力ありがとうございます」
■■■氏「このくらいのことでお役に立てたなら、よかったです」


取調記録:■■■■/■/■■
当哲学人の精神状態調査。
担当:■■氏
対象:【ポール・ワイスの思考実験】
調査官「お久しぶりです。調子はどうでしょうか」
当哲学人「だいぶいいよ。色々、ありがと」
調査官「こちらこそ、問題を起こさず生活いただいているようで助かってます。ヒヨコの様子は相変わらずですが、貴方視点でも同じでしょうか?」
当哲学人「あれは……俺視点だと、もう腐ってる、けど」
調査官「そうですね」
当哲学人「まだ、生きてるって、思うのか」
調査官「ええ、そう思ってしまいますね」
当哲学人「なん、で……
調査官「貴方がヒヨコを作ったのは、彼女が初と言いましたよね」
当哲学人「あ、ああ、うん。そう、あれが初」
調査官「では、貴方の、巨大な円柱、ミキサーを出して人間を砕く能力。あれは、生まれてから一度しか使わなかったんでしょうか」
当哲学人「……うん」
調査官「哲学についていくつか勉強しました。貴方の本来の役割は、細胞と組織の差異、そして機能は組織に宿るということを示すものです。であれば、人を砕き、かつそれの生死があいまいになるという能力が備わっている時点で、貴方は本来の姿から矛盾しています」
(当哲学人は俯いている)
調査官「本当に、彼女が初めてですか?」
(当哲学人は俯いている)
調査官「あの能力は、どのように使うものなのですか?」
(当哲学人は俯いている)
調査官「聞こえていますか」
当哲学人「聞いてる」
調査官「答えられませんか」
当哲学人「答えたく、ない」
調査官「それはどうしてでしょう」
当哲学人「認めたくない」
調査官「何をでしょう」
当哲学人「俺が」
調査官「はい」
(当哲学人は顔を上げる。泣き出している)
当哲学人「俺は、ちゃんと、俺のままでいたい」
調査官「私たちは、貴方が言う本来の貴方を知らない状況です。だから疑問に思い、知ろうとしています。答えてくれませんか。貴方は、何なのか」
当哲学人「か、わ……ちゃった、と、思う」
調査官「変わっちゃった?」
当哲学人「た、多分。いや、わ、わかんない。他の、他のやつでも、旧解釈のまま生きられるやつ、いるし。でも俺がどうなのかわかんなくて。でも、俺、俺の元の哲学がもし、もし認識が変わって。俺、俺が変わってたら」
(机越しに■■調査官の手を掴もうとする。■■調査官は抵抗せず手を掴ませる)
調査官「変わってたら?」
当哲学人「元々は! ミキサーなんか、でなかった。元々の能力は、ただ、ただ、考えさせるだけだった。物がバラバラになる幻覚。妄想? みたいなの、見させるだけ。実際にやったりしない。死ぬってわかりきってることをやりはしない!」
調査官「そうですね」
当哲学人「なのに。なんか、なんか、誤解するやつ、増えて。失われたものが何か、答えられないやつが増えて。粉砕前後で何も失われてないって考えるのが、増えたから」
調査官「ええ」
当哲学人「還元主義! それだ。多分それ、それが、なんか、俺をこんなにして」
調査官「そうなんですね」
当哲学人「あんなことできるって知ったの、あの日が初めてで」
調査官「そうですか」
当哲学人「失われてないならやっていいだろってなって」
調査官「それで、どう感じました?」
当哲学人「ああしたいって思ったんだよ! いつも能力使うときと同じで!」
(当哲学人が俯く。手は握ったままである)
当哲学人「これでやっと皆ちゃんとした答えを見てくれるって、死ぬって理解してくれると思って、うれしかったのに。なんで、なんで……見てもわからなくなるって、なんで」
調査官「貴方は、貴方自身の変化について、怖いと思うんですね」
当哲学人「……うん」
調査官「原因は、周りの認識が変わったのが原因でそうなったと、思うんですね」
当哲学人「うん」
調査官「実際、哲学人でそういう例はありますね……はい、わかりました。今日はここまでです。ありがとうございました」
(当哲学人は手を離さない)
調査官「大丈夫ですか?」
当哲学人「やだ」
調査官「何がですか」
当哲学人「もう、やだ。全部」
調査官「貴方の取り扱い資料に、答えを書いてあります。署内の人間は間違えた回答をしませんよ」
当哲学人「うん」
調査官「だから、ここにいてくださいね」
当哲学人「うん」
(その十分ほどの雑談 割愛)




■■■■/■/■■より、当哲学人宛ての郵送物が送られてくるようになった。
■■■■/■■/■時点で全■■品。郵送間隔は不定期。以下その一部抜粋。

事案001
発生日時■■■■/■/■■
200㎜×100㎜×100㎜段ボール箱で郵送。
肉塊。ミキサーにかけられた状態で、ビニール袋に入れられている。検査からニワトリのヒナと特定。

事案005
発生日時■■■■/■/■■
200㎜×100㎜×100㎜段ボール箱で郵送。
肉塊。ミキサーにかけられた状態で、ビニール袋に入れられている。検査から複数種類の動物が混ぜられていると判明。10種が確認された。

事案011
発生日時■■■■/■/■■
200㎜×100㎜×100㎜段ボール箱で郵送。
肉塊。ミキサーにかけられた状態で、ビニール袋に入れられている。検査から複数種類の動物が混ぜられていると判明。人間(もしくは哲学人)含む10種が確認された。

事案014
発生日時■■■■/■/■■
200㎜×100㎜×100㎜段ボール箱で郵送。
肉塊。ミキサーにかけられた状態で、ビニール袋に入れられている。破損した指輪が発見された。DNA検査から■■■■年に行方不明になった哲学人■■■■■の一部であると判明。

事案021
発生日時■■■■/■/■■
200㎜×100㎜×100㎜段ボール箱で郵送。
右手首。損傷が激しく、関節を器具を用いて人工的に潰した形跡がある。検査から■■■■年■月の事件により指名手配中の哲学人■■■■■■■■であると判明。

事案024
発生日時■■■■/■/■■
200㎜×100㎜×100㎜段ボール箱で郵送。
脳髄。損傷が激しく、器具を使って掻き出して梱包したと考えられる。未特定。


取調記録:■■■■/■/■
担当:■■氏
対象:■■■氏
補遺:郵送物の容疑者として任意調査。【ポール・ワイスの思考実験】収容時の事件に関する追加調査の名目で接触している。
調査官「お久しぶりです、■■■さん」
■■■氏「ええ、久しぶりで……何か、進展があった、というわけじゃないんですよね」
調査官「はい。■■さんのご家族からお話は聞いていると思いますが」
■■■氏「あの、あの哲学人は?」
調査官「ポール・ワイスの思考実験ですね。現在も収容中なので安心してください。哲学人犯罪の取り締まり規則に則り、再び社会に出る予定はありません」
■■■氏「いえ。捕まえて、閉じ込めて……それだけ、なんですか」
調査官「それ以外を、望むんですか」
■■■氏「はい」
調査官「それは……現在の制度では許されませんね」
■■■氏「どうして?」
調査官「哲学人の能力は資源になりうるものですし、何より、私達の職務は報復の代行ではありません」
■■■氏「ええ……ええ? 哲学人なんてなんの役にも立たないと思いますけど……
調査官「哲学人の未来予知機序を利用した天気予報研究、なんかもありますよ」
■■■氏「占いの方が信用できそうですね」
調査官「そうかもしれませんね」
■■■氏「それに。少なくともあの哲学人は、要らないでしょう?」
調査官「……私は研究員ではないので、答えかねますね」
■■■氏「そう……
(■■調査官が咳払いをする)
調査官「【ポール・ワイスの思考実験】宛てに郵便物が届くんです」
■■■氏「証拠はないですよね」
調査官「……そう、です、か。あー、その言い方は、貴方が犯人だという自供と取っていいでしょうか」
■■■氏「いいえ。証拠もないのに、犯人扱いされてびっくり……という意味、ですね」
調査官「かなりの迷惑行為のためお控えください」
■■■氏「犯人扱い続けるんだ……
調査官「ええ。現時点で捕まえようもなく、業務妨害と呼ぶほどの手間もかかっておらず、何より貴方は哲学人ではない上に暴行相手が哲学人のみ。現在の法では精々注意喚起程度ですから、こうして個人的に申し伝えに来た状況です」
■■■氏「そうですか。認めはしないけど……そうなんですね、と聞いておきます」
調査官「それと、【ポール・ワイスの思考実験】には届けていません、一つも。すべて検閲が入りますから」
■■■氏「そうですか」
調査官「貴方は、【ポール・ワイスの思考実験】以外の哲学人も、憎いと思いますか」
■■■氏「はい。とても」
調査官「それは……関係のない哲学人を、生きて意思のある人を、傷付ける理由になるんでしょうか」
■■■氏「ええ、そうですね」
調査官「そうですか」
■■■氏「だって。■■さんも、あの哲学人と関係はなかった。彼女だって、生きていて、意思があって。一緒に過ごしてたんです」
調査官「……そう、ですか」
■■■氏「彼女を傷付ける理由が、あの哲学人にはあったんでしょうか」
(記録装置が切られる)


補遺:
 ■■■氏の行動への同情、そして当哲学人への反感があることは承知しています。それと同時に、■■■氏の報復行為は明らかな条例違反であるという意見と、当哲学人は幼く責任能力がないという意見も聞いています。

 これは人間の殺人犯とその遺族の問題とも同様に当てはまり、そちらに照らし合わせて考えるなら、適切な法が引用され、適切な処罰が適用され、適切な情状酌量や双方の更生補助が行われるものでしょう。
 ここでそのようなことはありません。

 【ポール・ワイスの思考実験】は人間を害する可能性が高い哲学人であり、我々は哲学人犯罪取締課である。故に隔離・収容する。それだけです。我々は裁判官ではありません。哲学人も人間も裁くことはできません。我々の職務は善悪でも、懲罰でもなく、社会の治安維持です。民間人の平穏な日常を維持するため、危険生物を隔離することです。その上で隔離対象を哲学人のみに特定した部署が我々哲学人犯罪取締課です。哲学人がどのような思想を持っていたとしても、そこに正当性があろうとなかろうと、危険行為を行う可能性があるのであれば社会から隔離する必要がある、それだけです。

 これは道徳のお話では無いんですよ。







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