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[雨P♀]いたわりの手と三つ目の選択肢

全体公開 1595文字
2020-05-26 12:44:18

「三つ目の選択肢はあるのかい?」
疲れて帰宅した雨彦さんをマッサージしてあげるPさんのお話です。

Posted by @toasdm

 おかえりなさい、と出迎えてくれた彼女にいつものようにただいまと答え、雨彦はちゅっと頬にキスを落とした。くすぐったいですよ、とすくめた彼女の肩を抱き寄せて、雨彦はもうひとつ、おまけとばかりに反対の頬にもキスをする。外国人みたいだな、とニッと笑った雨彦の腕の中、とろけて幸せそうな彼女の顔が、雨彦にとっては何よりも疲れをとってくれる。
「お疲れ様です、雨彦さん。お風呂にしますか? それとも先にご飯にしますか?」
「三つ目の選択肢はあるのかい?」
「ふふっ、ないですよ」
「っははは、そうかい」
 そいつは残念だ、とじゃれる雨彦が、先に風呂にするかと脱衣所へ向かう。バスルームの中から聞こえてきたいつもの鼻歌に、彼女は少し疑問を抱く。
 雨彦さん、疲れてるのかな。
 鼻歌を歌うのはいつものことだったが、なんとなく元気がないような気がして、彼女は雨彦の身を案じた。ここ最近仕事詰まってたからなぁ、と食事の用意をしながら、彼女は自分にできることを模索した。

 鼻歌が止まって、ガラ、とバスルームのドアの開く音がする。お味噌汁あっためちゃおうかな、とキッチンに向かった彼女の後ろから、湯上がりの香りをつれた雨彦がふわりと彼女を抱きしめた。
「つかれた」
 やはり思ったとおり、長い撮影で疲れきっていたのだろう。雨彦の声には若干覇気がない。味噌汁の具を油揚げにしておいてよかった、とせめてもの慰みを小さく積み重ねて、彼女は前に回ってきた雨彦の腕をぽんぽんと軽く叩いた。
「ご飯食べたら、ゆっくりしましょう?」
「ん」
 返事も雑で、べったりとへばりついたまま離れない。用意できないですよ、とくすくす笑えば、口は随分と正直に、離れたくない、とまで甘える始末だ。
「ご飯食べたらで」
……仕方ないな」
 仕方ないのはどっちですか、と笑う彼女から渋々離れ、雨彦は食卓に行儀よく座った。用意された食事のあたたかさと舌に馴染む風味が、雨彦からまた、疲れをゆっくり剥がしていく。ごちそうさん、の声に若干覇気が戻ったのを聞き、彼女はほっと胸を撫で下ろした。
「お疲れですね」
「まあ、な」
 その分充実してたよ、というのは気遣いでもなんでもなく、雨彦の本心だ。得るものも多かったことは顔を見ればわかる。食器を片付け、ソファでくつろぐ雨彦の、いつもなら隣に腰掛ける彼女は今日は背後に回った。
「お前さん?」
「お疲れ様なので」
 きれいにネイルを施した華奢な手が、雨彦の肩にそっと触れる。まあまあと振り向いた雨彦の頭を前の方へと向かせると、彼女は雨彦の肩をそっと優しく揉み始める。
「んっ……
「素人だから、あんまり気持ちよくないかもしれないですけど」
 労りの心が宿った手が、拙いながらも雨彦の肩をぐいぐいと押して捏ねて揉んでほぐす。筋肉質な雨彦の体にこうして触れるのは、もしかしたら初めてかもしれない。いい体してるんだよなぁ、と苦笑しながら、彼女はできるだけ丁寧に、雨彦の肩と首とを揉んでいく。
「よい、しょ……よいしょ……
……ッフ」
「んっ、くすぐったかったです?」
「いや」
 くすぐったいのは肩じゃなくて気持ちの方さ、と言いかけて、雨彦はやめた。

「気持ちいいよ、ありがとうな」

 肩越しに、どんな顔をしているのかが見えるような優しい声。よかったです、とニコニコしながら、彼女はぐりぐりと、発達した筋肉を指で押す。
「三つ目の選択肢よりいいかもな」
「じゃあずっとこっちにしますか?」
「っはは、それはそれで寂しいな」
 終わったら三つ目の方も頼めるかい?とすっかり元気になった雨彦の後頭部を、肩揉むついでに彼女がぺちんと軽く叩く。

 そんな元気があるなら私の肩も揉んでください、と雨彦の膝の上に座った彼女の肩に触れる手は、今のところ三つ目の気配のない、ただの優しいいたわりの手だった。


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