「カレーは飲み物、って言うだろう?」
営業先のホテルの朝食バイキングでやたら食う雨彦さんを「よく食べるなぁ」って見てるPさんのお話です。
@toasdm
朝食会場に顔を出した雨彦の姿から、彼女は瞬時に全てを理解した。おはようさん、と手をひらひらやりながら歩いてくる雨彦にトレイを手渡し、おはようございます、と彼女も微笑み返す。
「休めましたか?」
「ああ。おかげさんでな、腹ペコだぜ」
葛之葉さんよく食べそうですもんね、とカトラリー類をトレイに乗せて、二人は朝食バイキングの列に並んだ。
「古論さんは海ですか?」
「五時には起きてたらしい」
「っふふ、通常営業ですね。北村さんは?」
「相変わらず寝てたよ」
トリプルの部屋、並んだベッドに誰がどう寝ていたのかはわからなかったが、恐らくはドアに近い位置からクリス、雨彦、想楽の順で間違いないだろう。起きる時間もバラバラの三人と一緒に泊まりのある営業に出るのはこれが初めてだったが、彼らは実にシステマチックに、それぞれ好きにできているのはなんとなくわかっていた。集合時間には間に合うだろうさ、と列の進みに合わせてゆっくり歩く雨彦は、そういえば朝は何を食べるのだろうか――彼女は自分の皿に好きなものをぽんぽんと盛り付けてから、ふ、と少し離れた位置の雨彦を見た。
「おばちゃん、カレーひとつもらえるかい?」
あんたでかいねぇ、よく食べそうじゃないか、と従業員の女性が山盛りに盛り付けたカレーを受け取る雨彦の姿に、彼女は思わずくすりと笑った。もしかしたら葛之葉さん、大学の学食とかであんな雰囲気だったのかな、と自分の知らない雨彦の姿を垣間見たような気がして、頬はにまにまと緩みっぱなしになる。
「お前さん、結構朝からしっかり食うんだな」
「っふふふ、葛之葉さんにだけは言われたくないです」
そうかい?と山盛りカレーが乗ったトレイには、他に目玉焼きとサラダ、牛乳に大学芋まで乗っていた。
「一巡目は軽く、ってな」
「軽く、とは……?」
「カレーは飲み物、って言うだろう?」
「えぇぇ……」
軽くの範疇を軽く超えまくった盛りだくさんの充実朝食に、彼女は思わず疑念をぶつける。雨彦の方はいつものように飄々と、涼しい顔をして窓際の席を指差している。
「ああ、あそこにしようぜ」
さっきの雨彦の言葉を額面通りに受け取るなら、カレーは飲み物だから軽くて、一巡目ということはおかわりに立つ予定があるということだろうか。いただきます、と手を合わせ、上品に食べだした雨彦を横目でちらりと見てみるが、ひとくちは大きいのに下品さはなく、うまいな、とよく味わって食べている。そして早い。
「地方営業の楽しみだと思うぜ」
「ん……何がですか?」
あっという間に空っぽになったカレー皿 VS ウィンナーと切り干し大根が共存する和洋朝食の皿。惨敗の彼女がのんびりと食べている間に、雨彦は牛乳で口の中を軽くリセットしていた。
「ホテルの朝食バイキング、ご当地感が出て楽しいだろう?」
「ああ……そう、かもしれないですね」
「だから俺は二巡目に行く」
「よ、く食べます、ね……?」
さっと席を立ち、ついでに彼女の頭をぽんぽんと軽く優しく撫でた雨彦は、ウィンクしながら上機嫌で言う。
「お前さんと一緒だからかもしれないな」
一周回って、飲み物口にしてる時じゃなくてよかったな、と混乱しすぎて逆に冷静になれた彼女の反応などお構いなしに、雨彦は鼻歌でも歌ってスキップでもしそうな勢いで再び朝食バイキングの列に向かい、行儀よく並ぶ。先程食べたばかりのカレーをよそってくれた従業員の女性と何事か言葉を交わしているのが見えて、またカレー飲むの?!と困惑する彼女の元に、雨彦は喜色満面の笑みを浮かべて戻ってくる。
「お前さん、お前さん」
「な、なんですか」
重大発表でもするように、雨彦はまた山盛りになったカレー皿を見せながら囁く。
「ここのカレー、洋食コーナーのチキンナゲット乗っけて食うとうまい、っておばちゃんが教えてくれた」
にしし、と聞こえそうなその笑顔は、もしかしたら本当に、学食の雨彦の顔だったのかもしれない。おっきい子供だなぁ、とそれを眺めながら、彼女はフルーツヨーグルトをもぐもぐと食べる。
地方営業の楽しみ、確かに。うまい、うまいな、とあっという間にそれを平らげた雨彦が次何を持ってくるのか――彼女はだんだん、それが楽しみになってきていた。想楽を起こしましたよ、と海から戻ってきたクリスと寝ぼけ眼をこしこしとこする想楽とが合流して、その楽しみにバリエーションが追加される。
賑やかな朝食で、それぞれの今日一日が始まった。