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[玄P♀]本一冊分

全体公開 1 1 1678文字
2020-05-31 09:35:52

「ハードカバーよりも文庫の方が読みやすくてよ」
同じ本をハードカバーと文庫の二冊買った玄武くんとPさんの淡い恋心のようなお話です。

Posted by @toasdm

「なにか、あったんですか?」
 早々に気付かれたか、と彼女の慧眼に玄武は内心冷や汗をかく。さすがは番長さんだぜ、と一筋縄ではいかない彼女が、手渡されたハードカバーの本を受け取り、開口一番に自分を見上げていきなり核心をついてくるものだから、それも仕方ない。
「いや……文庫の方も買っちまってさ」
「うーん……
「天地神明に誓って嘘じゃねえ。同じ本が二冊あるくらいなら同甘共苦、番長さんにどうかと思ったのは本当だぜ」
「それは、わかるんですけど……玄武くん、そんな凡ミスするかな?」
「ハードカバーよりも文庫の方が読みやすくてよ」
 ハードカバーの小説を、文庫サイズが出た時にも買って、今手元に二冊あるから一冊は彼女へ、というのは正真正銘、玄武の真実だ。彼女に対して嘘をつくような自分はあってはならないし、ましてや隠し事なんてもってのほかだ。だからこそ、後ろめたさの根源を覗き見られるような彼女の瞳に、玄武は多少うろたえる。
「番長さんは、小説は読まねぇのかい?」
「読みますよ、割となんでも」
「だったら――
「うーん……?」
「な、なんだい……?」
 じぃ、と疑惑の眼差しが、玄武を見上げて唸っている。自分よりもうんと小さい、背の低い彼女からの目線は圧がないはずなのに、圧を感じて玄武は一歩後ろに下がる。
「あ、逃げた」
「逃げてねえ」
 逃げた、と言われるのは玄武の矜持が許さない。ずい、と元いた場所よりさらに半歩進んだところまで戻ると、うわ、と今度は彼女の方が後ろへ倒れそうになる。
「危ねえ!」
「わっ……!」
 大丈夫かい、と思わず支えた玄武の手のひらで、彼女の背中は三分の一ほど埋まってしまう。番長さん小せえな、とまた彼女に対する淡い感情を自覚して、玄武は思わず目線を逸らした。
「あ、また」
 目線を逸らした先に、ちょこまかと動いて彼女がずいっと割り込んでくる。
「玄武くん、目逸らすの珍しい、初めてかもしれない、なんかあったんだと思う」
「なにもねえよ。番長さんが心配するようなことは、別に」
 自信を持って言える、これも嘘ではない。しかし彼女の目を誤魔化せているかどうかは、正直自信がまるでなかった。霞のような罪悪感でまた目を逸らした玄武の目線の先にすぐさま割り込む彼女はじぃっと玄武を見上げている。
「番長さん、穴が開いちまう」
「あ、それは国家の損失なのでやめておきましょうか」
……お、おう」
 そいつはちと言い過ぎじゃねえのかい、と苦笑する玄武を見上げてニコニコと笑う彼女が、何の含みもなく言う。

「玄武くんは、大人になったら今よりもーっといい男になっちゃう子ですよ!」

 穴をあけるなんてとんでもない、とけらけら笑う彼女に、自分が気に入って買ったこの本を読んでもらいたい、と一ミリも思わずに文庫の方も買ったとは言えなかった。ただ比率としては、文庫化を待てずにハードカバーを買ったのはいいものの、気軽に読むなら文庫の方が都合がいい、の方が若干大きかったのは事実だ。別に、主人公の気持ちと彼女への思慕の念とが重なる部分に線を引いたり、そのページにしおりを挟んだりはしていない。
「ありがとうございます、玄武くん。じっくり読ませてもらいますね」
「ああ、よかったら読んでやってくれよ」
 ただ、まだ彼女に、いい男になっちゃう「子」と言われてしまうような今の自分には邪魔になる感情をうまく処理しているこの作品を、玄武は繰り返し読んでいた。
……そっかぁ」
「なんだい?」
 繰り返し読んでいたからこそ、そのページについていた折り癖で、彼女にはなんとなく、わかってしまっていた。
「文庫の方はもっとすごいんだろうなぁ……
「内容は一緒だぜ?」
「ううん、違うけど……いや、ある意味おんなじかぁ」
 今はまだ、そういう時期じゃない。彼女の方も玄武と同じく、そう思っていた。ただ聡明で思慮深い二人は惹かれ合っていることをなんとなく感じながら、適切な距離を保持している。

 恐らくそれは、今はまだちょうど本一冊分の距離なのだろう。


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