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『万華鏡色のカメレオン』

@erindyll
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2020-06-02 22:34:20

お題(キーワード)は3つ。
九六丸、にゃる、ラウニー、ロミアス(あいうえお順)が起承転結をそれぞれ担当。



『やり直したいと思うことは罪なのだろうか』
『もう一度と願うことは傲慢なのだろうか』
会いたいと伝えることすら出来なかった私には、今はまだ分からない。


「ただいまー……」
時計の針がてっぺんを回る頃、私は疲れきった声で玄関の扉を開ける。
勿論静けさ以外に返ってくるものはなく、パチンと照明をつければ見慣れた部屋の姿がそこにはある。
コンビニで買った晩御飯を適当にレンジに叩き込み、スーツと化粧を脱ぎ捨てて楽になる。
温め終わったお弁当を前にいただきます、と手を合わせて割り箸を割る。当然綺麗に割れた。
「要はやり方なのよ」
自嘲気味に笑いながら、割り箸の割れ方一つで一喜一憂していたかつての級友達を思い出す。
『すごーい毎回綺麗に割れてるー。やり方教えて教えて!』
やり方さえ知っていればそんなもの何の意味もないのに。
『それで楽しい?』
「求められているものを提供しているだけでしょ。第一……」
ピンク色のカーテン、真っ白な洋服タンスに明るい壁紙、ふかふかのベッド。
真ん中でコンビニ弁当を食べている私とあれを除けば、とても可愛らしい女の子のお部屋。
保護色みたいなテンプレートで塗り固められた、私の化粧。
「私のことを『カメレオン』って裏で呼んでた貴方たちには言われたくないわ」
頭の中の影を吹き消す。やり方さえ知っていれば、周りに合わせることなんて簡単だ。
周りに合わせていれば、大体の物事は良いように進んでいく。誰だって自分に合わせてくれる人は印象が良いに決まっている。
昔からずっとそうして生きてきた。それが自分の生き方だと私は思っているし、そこに後悔なんてない。

『本当に?』

声が聞こえた方向に目を向ける。そこには勿論誰もいない。ただ、バイクがあるだけだ。
可愛らしい女の子のお部屋に似つかわしくない、ゴテゴテした大きなバイク。運び込むのには随分苦労したのを覚えている。

『本当に──それで楽しい?』
『本当に──君は二番目で良かったの?』

「……うるさい」
幻聴なのは分かっている。そこにあるのはただのバイク。元の持ち主が誰であろうと、今ではただのバイクに過ぎない。
そんなことは分かっているのに……心はズキリと軋んで痛む。
「だって、分からないんだよ」
疑問の答えも、彼が何故このバイクを置いていったのかも。私は一体、どうすればいいのかも。
「……今日はもう寝よう」
きっと、疲れているのだろう……そう結論づけて私はベッドに潜り込む。もうずっと、この痛みを抱えたままだというのに。
「おやすみなさい」
勿論静けさ以外に返ってくるものは何もなかった。





 冗談交じりに「酷い呼び方だよね」と彼女は笑った。
 応えるように返す笑顔は愛想笑い。
 君には悪いけど、少し納得してしまった。
 姿ではなく、
 君の心はあまりにも周りに溶け込んでいて、よく見えない。



 ガコンと音を立てて缶が落ちる。
 きっかり釣り銭無しで買ったそのコーヒーはしっかり冷えていた。
「冷た……」
 半袖では無いけど薄着だったので、ほんの少しだけ身を震わす。
 だいぶ暖かくなってきたけど、夜はまだ寒い。本当は温かい飲み物が欲しかった。
 背中の方から小波の音が聞こえてきて振り返る。
 辺りは潮の香り。
 見れば月明かりに照らされた砂浜と真っ黒にうねる生き物のような海が、道路越しに目一杯広がる。
「(本当、ツーリングで来たら気持ち良さそうな所だな)」
 プルタブを引き上げる音がカシュと響いて、遠くの波の音に溶け込んでいった。
 バイクはもう乗ってない。
 こっちに来てから自動車を買ったけど、やっぱり勝手が違うからドライブは趣味にまではならなかった。
 缶コーヒーを口に付けると、全然控えめではない甘さと誤魔化しきった生優しい苦味が口に広がる。
「やっぱりまだ『あったか~い』は置いて欲しいよな」
 聞く相手はいない。独り言を溢しながらスマートホンを取り出し、画面を見る。
 もともと独り言は言わない質だったけれど、昔一緒にいた子がそうで気付いたら癖が移ってしまっていた。
 暗闇に光る白い画面に時間が映し出される。
 担当の家を出た時間を思い出し、あのどのくらい時間を潰すかを考えた。
 頼まれてた買い物の内容も考慮に加え、あと十分ほど休んだら行こうと端末の明かりを落と――そうとして、SNSのチャットアプリを起動する。
「…………」
 「既読」の付いた自分のメッセージで終わっている画面。
 小さく書かれた日付けからもう少しで季節が一回りする。
 だというのに癖のように偶に見てしまう。我ながら……。
「女々しいなあ……」
 一定時間操作しなかった端末からふっと灯りが消える。
 まるで自分の情けない呟きを鼻で笑われたみたいだった。
 視界がまた暗闇に慣れると、その視線の先で波は絶えず蠢いている。なんでだろうか、どこか象徴的だ。
「(象徴的なんじゃなくて、勝手に当て嵌めてる。つまり問題があるのは……)」
 煽るようにコーヒーを飲み干す。
 そのまま隣のダストボックスに缶を入れた。
 中身の無い缶が落ちる音は、最初に自販機から出てきた時とは違い、軽く哀れな高い音。
「行くか」
 目的のコンビニ向かって歩き出す。小波の音しか聞こえない深夜の静寂に、ざりと砂を踏みしめる音がした。
 自分のことを自虐的に「カメレオン」と笑った彼女。
 心の見えないあの子。
 一緒に来て欲しいとは言えなかった。
 説明する勇気も、最後まで無かった。
 見上げると、星空が広がる。首都圏よりよっぽどよく見える。
 飲み会の席で編集長に「夢が叶ったんだな」と言われた時、曖昧にしか肯定できなかったこと。
 彼女の顔が浮かんで、未だ払拭できない今。
 結局一番ってなんだったんだろうと、ここまで来て悩み続けてる。
 スマートフォンが鳴った。
「わっ、と」
 担当からだ。
 突然だから少し驚いて、慌て気味に通話ボタンを押す。
「もしもし――」
 あの日も歩いて帰った。
 大好きだったバイクに乗る気にもなれず、そのまま。
 きっとあのバイクに言葉を当てるとするのなら――

 未練というのだろう。





風を切るという感覚はあまり好きではなかった。
だって冷たいし。夏ならまだいいんだけど冬だと痛いと思うくらい辛いから大変だ。
ヘルメットつけるから視界だって悪くなる。悪いことばっかしだ。
それでもツーリングが好きだったのは。
新たな場所に向かうと胸が高鳴ったことと、あなたが──



休みの日くらい部屋で寝ていたかったけども。
お腹が空いたら買い出しには出かけないといけない。
もっと買い溜めしておけば良かったと思った時には既に時遅し。
お菓子だけで週末を乗り切れるほど今の私は不健康な生き方は出来ないのだ。
『大きくなったらお腹いっぱい駄菓子とか食べたいよね?』
「太るだけよ。いいことなんてこれっぽっちも……」
ため息一つ。
昔の話を反射的に思い出してしまった。
とっとと買い物も済ませてしまおう。
空腹と寒さは思考を弱らせる……とかなんとか。
SNSでそんな言葉がバズってたことは覚えてる。
「寒……っ」
外に出れば季節外れの冷たい風がびゅうと体に吹きついてきた。
……ほんの少し歩くだけだからそんな厚着じゃなくてもいいな、と思ったけど。
ちょっと寒すぎた。これ大失敗だ。
思わず体を震わせてひーこら言いながら一旦撤退。
もう一枚コートを羽織る。羽毛の感触にほぅと思わず息が漏れる。
「バカなことやってるなあ…私」
いい歳なのに笑えてしまう仕草にそう呟くと部屋に置かれたバイクが視界に映る。
幻聴が聞こえることは無かったのに、ただ視界に映っただけで心が深く沈み込んでしまう。
視界に映るバイクは、スマホに残している写真のそれと比べると随分と様変わりしてしまっている。
赤くぬられた塗装は一部剥げ落ちていて。
整備もされてないから光沢があったボディは大半がくすんでしまっている。
ずいぶんと油も刺してないから運転するには向いてない状態なのだろう。
ただのバイクと言うにしても少し以上にボロボロになってしまいつつある。
思い出や未練の象徴が一時期よりも古く、さながら朽ちているかのように変化する有様は
まるで現実世界に心の底に溜まったコールタールがバイクを伝って侵食してきているみたいで
「綺麗にするくらいなら、怒らないよね」
誰に言い訳するわけでもなく言葉が漏れる。
だって、仕方ないじゃないか。
もともとは彼のバイクだったのだ。
戻ってくるはずがないとしても、私が触って良いわけじゃないのだ。
ただ、それでも。
このままどんどんと朽ちてしまうと思うと見ていられなくて。
私はバイクを外まで押して運んでいくことにした。
……無計画に外に運び出したからか、女の子らしい部屋にタイヤの跡がくっきりと残ってしまっていて。
「尾を引くって、こういう状態の事を言うのかな」
思わずそんな言葉が漏れた。
……ただ、それはそれとして私の部屋に置いたんだから私が外に出す事も考えてほしかった、と思う。





時計の針は、天辺から二番目。
それでとっぷり沈んだ太陽に、煌々とした月とくれば、時刻なんてご察しな通りなわけで。
そんな時間に出歩いてるっていうのは、つまりは相当な物好きだけれど。

「ああもうこんだけの距離頑張ってから潰れるフツー!?」
……ちょっと離れたそこで、目の前の寂れたバイクにあれやこれやと悪態をつく彼女も、また。
つまり、びっくりするくらいの物好きなわけだ。



既読にできず、通知で中身を確認した簡素な「たすけてー」という。
なんとも微妙な顔になってしまったメッセージを再度確認して。
海と砂浜の見える、記憶に新しい道路で困った様子のそれに近づいていく。

「……あっ」
姿を表した此方に向く、彼女の言葉はそんな短い驚きで。
多分『来ると思ってなかった』んだろう。そんな感情を、以前とは違ってありありと見て取れる。
ころころと変わる顔色は、以前聞いた例えられた生き物の名前を思い出させた。

「ちょっと」
そんな物思いを引き戻す彼女の顔色は、今度はあからさまな怒色。
「何をへらへら笑って、ていうかなんでいるのよ!!」
君がメッセージを送ったからだろ、という言葉を一度だけ飲み込んで。
しまった笑ってたか、と無自覚なその表情を冷まそうとしながら。
とりあえず、最初の証拠である届いたメッセージを突きつけてみることにした。

「うそでしょ……」
びっくりするくらい崩れ落ちる様に、つい笑ってしまったらまた睨みつけられた。
……こんなゆるい文面見たことなかったから、多分ダメ元の家族宛のレスキューかなとは思っても。
どれにせよ、自分のところに届いてしまった以上、何処か放っておけないのは自明であり。
わざわざ気にしていた相手が偶然に転がり込んでしまったら。
こんな夜更けでも脚は動いてしまった。

「なんでこういう……こんな格好つかない……よりにもよって……近場なのは覚えてたけど……」
ぶつぶつと呟きながら、今は動かないんだろうバイクにぐにゃあと寄りかかる彼女を見ながら、すんと気づく。
……「なるほど、これは確かにカメレオンだ」、と。

ころころと怒気に悲哀に顔色を変えて、元々感情の動きは多様なんだろうそれがありありと見えるその様に。
きっと元々は違う意味で言われたろうその比喩に、どこか自分なりに納得しながら。


バイクを押すにはちょっとコツがある、不慣れな彼女には骨だったろうそれをするりと代わって。
片手で軽くこちらへ、と気障ったらしく促した。
停めれるところまでの覚えはあるから、と軽く言って。
その歩き様に少し話をしようなんて言って。
ちょっとの期待、内心の緊張を抑えながら。


ねえ。
「なによ」
君、ものすごいわがままだったんだな。
「……そうかもね、どうしてそう考えたの?」
なんとなく。やっと今思った。
「……そう」

バイクを置いていったのは、彼女が一番それを楽しんでいた気がしたから。
彼女が分からないなりに考えた、自分の精一杯の不器用さ。
あんなに一緒だったときはわからなかったのに、今ではちょっとだけ分かる気がする彼女の顔色を伺って。

「……もうこりごり、今度は絶対一人で乗らない」
なんだかんだ前には楽しそうだったのになぁ。
「それは……」
それは。
「……二番目くらいには好きだったから」
……そっかぁ。
「そうなのよね」



「……一番目なんだったかって聞いたら怒られるかな?」
「……もう怒るのも怒るのを隠す気力もないわよ、ここまできたら」
そう軽く笑う姿は、今までで一番自然に見えた気がして。
笑ったら、言う通りそのままの真っ赤な顔で軽くはたかれた。




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