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無題

全体公開 その他色々二次創作 4735文字
2020-06-16 22:41:34

煮えた脳が出力したシティーハンターの二次創作です

Posted by @syuu_29

なにも電話の内容を盗み聞きするつもりはなかった。しかし漏れ聞こえるのが渋るような濁すような言い回しだと気づいたのがよくなかった。話が弾んでいるなら結構だが、しかしなにやらトラブルの気配を感じたならば気にもなるだろう?
獠は誰にともなく自己弁護をする――べつに、けっして、わざとじゃないんだと。だが近しければ近しい人間ほど、この弁護は通じないだろう。呆れた顔をされるに違いないと自覚ぐらいはできている。

聞こえてきた香の言葉から組み立てれば、同窓会の話だろうとあたりはつく。
高校時代の同級生に会ったと言っていたのを、獠は口いっぱいに頬張ったスパゲティを咀嚼しながら思い出す。実のところ獠にとっては、さほど愉快な話題ではない。だが混ぜ和えられたミートボールを噛みしめればトマトソースがじわりと油の旨味と混じり合って滲み、頬が緩む自覚があった。
それこそ向かい合っていた香が離席したからではあるが、ポーカーフェイスも近頃はそれなりに崩れやすくなっている。ガラス越しとはいえお互いの気持ちを確かめ合い、態度を改めかけた名残だ。
当の香が人並み外れて鈍いのが助かるやら残念やら――いっそ気づきでもするなら料理の一つでも褒めることもできたかもしれず、惜しいような複雑な気持ちを獠とて懐かずにはいられない。
なにしろ香ときたら、自分に向けられる男女の機微にまるで気づかない、特別鈍い女なのだ。それどころか男にしか見えないと揶揄し続けたろくでなしの言葉をいまだ真に受けているせいなのか、惚れている男にすら無頓着なところがある。結局は長年のツケを払っているようなものなのだが――またも思い当たってしまうその事実に、獠は八つ当たりにミートボールをまた一つ串刺しにする。そんな調子だから大皿に盛られたスパゲティはどんどん減っていく。香が戻るまで持つ可能性は限りなくゼロに近かった。

同窓会の話が出たのは一週間ほど前のことだ。香が食器を洗いながら何気なく話しだすのをコーヒーの湯気の向こうに聞いた。
町中でばったり会ったという相手の性別は香の話だけではなんとも判断できなかった。だが情報屋たちの顔をみればどいつもこいつもそろいもそろって金はいらねえよと何故だかニヤついてくるものだから、具体的な話が出る前に相手が男だと知れた――掲示板の前で盛り上がり、照れながら何か書き込んだ名刺を渡され、もう一枚に香のほうも書き返して。別れたあとはスキップでCat's-eyeに。ふぅん。へぇ。そーなの。つまらない話題だと隠さずに相づちを打てば、マジシャンのシルクハットから引き出される万国旗のように、職業も名前もすんなり出てきた。表社会の一般人。高校三年の頃のクラスメイトというやつだった。

残りわずかになったスパゲティを口に運びながら、人づてに聞いて思い描いた『再会の光景』を獠は思い出す。
何が楽しいのやら男の情報は次々とお出しされた。よくもまあそろいもそろって調べるよなと感心はしたし、それにまるで興味がないとはいわないが――しかしお出しされたところでおもしろい情報など一つも無かった。なにしろ思い描けば、顔も知らない男は頭の中で勝手に香の好きそうな線の細い男になる。後ろ暗いところのない陽のあたる道を歩く男だ。ひだまりの中で笑い合う妙齢の男女――趣味の悪い想像に渋い顔になりかけたところで、電話口へ濁すような態度の香がちらりと獠のほうを見た。
手つかずのスパゲティを置き去りに、香はキッチンの脇で携帯電話片手に百面相をしているところだった。
「あっ……
獠の意識が引き戻される一方で、香はなぜか慌てて顔を背けた。
「えっ  いや、違うったら! あたしは――だからそういうんじゃなくて、んもう、絵梨子!!」
通話相手がわかった途端、獠は自分が聞き耳を立てていた事を自覚する。
何が違うんだか知らないが、ずいぶん楽しみにしているらしいことは知っていた。なにしろ獠がふーんと興味なさげに返してもご機嫌で「ちょうど今度同窓会やろうって話があったんだって。偶然よね。ふふ、懐かしいわ」などと獠の知らない高校時代の思い出に浸り、カレンダーに丸だってつけている。それをなんとなく面白くないと同居人が小出しにしても気づきやしないぐらいには浮かれている。
だが仕方がない、と獠も思わないではない。
高校時代はともかく、今の香の連絡先を知る人間は少ない。あの二十歳の誕生日に一度全てと縁を切らせたようなものだから、それこそ偶然再会した絵梨子以外には香の今を知る親しい友達はいない。依頼人との繋がりだって残さないようにしているから、手紙程度のやりとりはあっても、交流関係はほとんど新宿の内側に収まってしまう。しかも結果的には獠の知り合いばかりになる。
槇村の預かり物として扱っていた最初の数年はともかく、そのあとは意図してやったわけでもなかったが、げにおそろしきは慣習とでも言うべきか。香の交流関係どころか動向のほとんどを獠は一方的に知っている。もはや頼まなくても顔を合わせればあちこちから情報が寄せられるせいではあるが、やめろと言うつもりにもなれない。
やれ今日は新入りのバイトに声をかけられていただの、ばあさんの荷物を運んでやってはお礼に引き止められて困っていただの。その他もろもろエトセトラ。活動的で親切な女の目撃情報は絶えない。
香だってそれを知らぬ訳ではないだろうに、文句の一つも出たことはない。むしろ時折それを便利に使っているふしさえある。
だからこそ、気に掛かる。
――獠の知らない交友関係。本来なら続いていた表社会の香の縁。
もちろん、聞けば香はなんでもないこととして友人の話をするだろう。とりとめのない思い出話をする姿は目に浮かぶようだった。それこそスーパーでレジ係のおばちゃんと仲良くなって値引き情報を教えてもらえるようになった話と同じトーンかもしれない――いや、多分同じだ。そういう女なのだ香は。
しかし、だからといってその同級生がどんな男なのかと本人に根掘り葉掘り聞き出すようなことが出来るぐらいなら、二人の関係はとうの昔に進んでいただろう。
……ごちそーさん」
とうとう空になった皿に呟いたはいいが、湯気のたつスパゲティの目の前へ空の大皿を置いておくのが妙に気が咎めて、獠は香を一瞥した。しかしまだ電話は終わりそうに見えなかった。
結局、しばしテーブルの上を見つめてから、「らしくねーよな」とひとりごちつつも自分の食器をシンクに運んだ。

珈琲豆をミルに投下する耳馴染んだ音が響いたのは、しばらく経ってからだった。耳聡くそれを拾ってリビングのソファから「なー、おれにも!」と甘えて声をあげれば、香は聞き返しもせずに「はいはい」と軽く返事を返した。
獠が新聞を置いて再びキッチンへ向かえば、ダイニングテーブルに香の皿はもうなかった。冷めないうちには食べられたようだが、そうしてテーブルの上に向いた視線を催促だとでも思ったらしい。目ざとく視線を拾った香は首をかしげる。
「何よ? お昼足りなかった?」
「いんや、そーゆーんでないんだけども」
「ならどうしたのよ。コーヒーそんなに待てないわけ? それなら先に飲んでいいわよ」
あたしのだけどまだ口つけてないし、と淹れたてのマグカップを差し出されるまま、獠は否定もせずに受け取った。香がいつも使っているそのマグカップはただプリントされたイニシャルが違うだけだというのに、妙に落ち着かない気分にさせる。
自分のほうがよほどウブだなと内心のため息を喉奥へ流し込むと「あ」と香が豆を蒸らす傍で顔をあげた。
「そうそう、食器ありがとね。最初何が起きたかわかんなくてびっくりしちゃったわよ。なんか後ろ暗いことでもあるわけ?」
「おいおい、なんでそうなるんだよ。ねーよそんなん。気が向いただけだろ」
「だって珍しいじゃない、獠が洗い物なんて。頼むと嫌がるじゃないの」
たしかに否定できないところではあるのでフンと鼻息で返事の代わりをしてもう一口コーヒーを啜る。照れ隠しだとでも思っているのか、香は「ほら」と嬉しそうに伏し目がちのまま小さく溢すだけだった。

自分の分を淹れ終わった香が向かい側に座るのを待って尋ねる。
「で? さっきは何を渋ってたんだ。同窓会の話だろう?」
「ん、絵梨子がドレスを用意するって言うのよ――もっと気軽なつもりだったんだけど」
自分で聞いておきながらふうんと生返事しながら、獠は電話越しの絵梨子がこちらに物言いたげな目を向けてくるのを想像して、その視線から逃げるように瞼を下ろした。
目があった時の香のリアクションからすると、おそらくは俺を見返してやれだとか、そんなこともついでに言われたに違いない。たぶん磨けば光るんだからとかなんとか。磨かなくても眩しいばかりだというのに、なんともまあ過保護なことだ。しかし香の保護者たちにはそんな顔をさせてばかりの自覚がないわけもなかった。さゆりの事まで思い出して、コーヒーがますます苦くなるような気がした。
獠の頭によぎるのはロングのカツラをかぶり、はにかむように笑う香の姿だ。絵梨子にぴかぴかに磨き上げられて、下手な嘘を通したシンデレラ。あの時は道行く男たちの視線が刺さるようだった。それとなく肩を抱き、視線すら向けてくるなと周囲にささやかな牽制をしたところで人目から隠せるはずもなかったあの夜の香は、誰にだってわかるぐらい眩しかった。
あと少しで重なった唇まで思い出し、後悔だかいいわけだかわからないわだかまりが喉奥にこみあげる。
結局イヤリングのことだって、香がどう受け止めたのかはよくわからない。まさかとよぎりはしたかもしれないが、まだ獠が気づいていないと思っていてもおかしくはない。
だいたい、まるでなにもなかったように振る舞うのは獠だけでない。なにしろ香は船での記憶を無くしたという建前をまだ撤回していない。
卑怯な臆病者には都合がいいぐらいに鈍くて素直で、よくも悪くも適応力が高すぎる。
思いをめぐらせるほどにどんな顔をしたらいいのかわからなくなり、瞼を伏せたまま、本音をこぼす。
……いいんじゃねえの。似合わんものは着せないだろ」
「え――
自分の言葉に香が目を見開いたのがわかった。
気配に取り繕うように目を開いたが、目と目が合うと言葉は一音だって出やしない。
求め合っているのはわかっていて、時折たまらず抱きしめるのはいつも自分のほうだというのに、ふいに腕をはねのけ、頑なにコートを着込むような言葉ばかりが唇を滑り落ちていく。それは人に言われるまでもない悪い癖だ。
それでも時折こうして、自分の口を噤むことができるようになった。香の鈍さのせいで、のれんに腕押しといったところはあるが――
「久しぶりの集まりなんだろ。絵梨子さんがいいのなら、好きにしてもらえばいいんでない? 息抜き兼ねて会ってくれってことでもあるだろう」
香は大きな瞳を瞬いた。憎まれ口を引っ込めると、時折こんな瞬間がある。
獠はまたも口の端がむずむずとして、余計なことを口走りそうになるのをこらえて、顔を逸らした。そしてそれを合図にしたように香も取り繕うように「そっか」などと言うので、わずかな間、お互いに探るような沈黙が落ちる。
「まあなんにせよ明日の午後、絵梨子のとこ行くから」
だから掲示板よろしく、と香が言うのに今度は獠のほうがへいへいと軽く返した。その言葉で掲示板のチェックに関して信用が回復してきたらしいとわかったのが、内心では少しばかりこそばゆかったが上手く隠し通せたはずだ。


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