@soma_ITzDB
1999年の『恐怖の大王』事件からレプタイル世界との一部の人間による交流は密度を増し
レプタイル世界においても各地を治める諸王が文化や技術を流入させていた。
それから年月が経ち、2008年から一般にも平行世界の存在は伝えられていく事となる。
そして、2009年1月。『レプタイル』『ガイア』『アストラル』『マキナ』『プレイライト』
異なる五つの世界から接続が可能な、世界の垣根を越えた交流の場。
現実では不可能な事が再現できる、何者にでもなれる場所。
『ジャム・プレイス』が一般に公募される事となる。
ジャムプレイスが一般へと広がってから一年と少し経った、2010年4月。
バハルダールを含めた幾つかの土地を治める諸王のお膝元の街に、一人の中年レプタイルの姿があった。
名を、バハルダールのアディグラト。平行世界との交流により急速に発展を続けているレプタイル世界において
田舎で昔と変わらぬ狩猟採集生活を続けている部族一人である。
この男、見た目も性根も、古いレプタイルと言われて想像されるままの姿をしているのだが
ただ一点、違う所として。『探偵』と言う者に多大な憧れがあった。
切っ掛けは、平行世界から来た者がたまたま置いて行ったであろう探偵小説。
大抵は活発に交流する街で消費され、田舎に流れて来たとしても字が読めぬので焚き付けに使われる物だが
偶然田舎村まで辿り着いたそれは、たまたま気が向いたアディグラトに寄って人の力を借りて読まれ。
そして、アディグラトはその在り方に憧れたのだ。
爪牙の一本も使わず、ただその知恵のみで謎を暴き、言葉にて犯人を追い詰める。
『言葉』に『真実』を籠める。それはレプタイルの在り方にも思えたのだ。
そして今。彼の目の前にはジャム・プレイスにログインする為の機械がある。
この『キカイ』に『デンキ』とやら、内部で使う『アバター』と場所と環境を、五日分借り受ける。
少し、自嘲が籠った笑みが漏れる。
その為に小さい村なら楽に一冬を越せる量の獣の肉に、魔獣の毛皮に骨、それに蓄えた鉄を一年がかりで支払った。
……我ながら、どうかしている。
その分を他の村や町と物々交換すれば、どれだけの贅沢が出来ただろうか。
たった五日間夢を見る為に、その全てを投げ捨てた。
それでも。それでも。
どうしても、憧れを止められなかった。
『何者にでもなれる場所』に夢を託してしまった。
そうして『レーベル』に、田舎レプタイル人、バハルダールのアディグラト改め。
”探偵”バハルダールのディヴァイステートは降り立った。
……己の身体を見下ろす。見慣れぬ青い鱗に、細長い尾。たなびくマントの様な背ビレ。
思わず、身体の調子を確かめるのを兼ねて飛び跳ねてしまった。いかんいかん。
『ディヴァイステート』はそんな事はしない。……見られていないな、良し。
しかし、結構ギリギリのログインになってしまった。もう公開記念式典は始まっているらしい。
慣れぬキカイに苦戦したり、どう言う能力にするかを悩み過ぎたせいだが。
結果として狙撃銃と拳を併用するスタイルになったのは我ながらなんと言うか。
いや仕方ないだろう、我らがレプタイルのスキルに両手に武器を装備していても拳が振るえるスキルがあり
探偵に銃と拳の繋ぎ技があったのだから。
レバーアクションのライフルならば、スピンコックと言う技で片手でリロードが可能らしい。
後で練習しておこう。恰好良いし。
(※後に彼は途中ですっぽぬけたりする失敗を重ねながらこの技を習得した)
とにかく公開記念式典を途中からでも見ようと歩いていると、やけに周囲が騒がしい。
『ログアウト不能』 『帰れない』 『何かのイベント?』 『運営出て来い』等……
……ログアウト不能?
メニュー画面を開き、ログアウト操作をしてみる。成程、何も起きない。
しばらくして運営が電脳政府の樹立を宣言したりなど、色々あったが
ーー俺には、そんな事はどうでも良かった。
困った。今の姿じゃ、今までの実戦経験は殆ど役に立たないだろう。
鍛え直しに、覚え直しに、経験し直しだ。
弱ければ何も出来ず、死ぬだけだ。
困った。そもそも外部時間がどれほど過ぎてしまうのかもわからない。
借りている期間を過ぎれば当然返さなければいけないが、余計に代金を払うハメになるだろうか?
そんな、状況なのに。夢ならば、覚めてくれと言っても良い状況なのに。
――嗚呼。夢ならば、覚めてくれるな。
”僕”は今、『探偵』として生きる事になったのだから。
ツキは向いておらず、状況は悪い。
先の展望も無く、迷いもある。
それでも、なってしまったのだからやるしかないんだ。
今はこの、最高の時間を楽しもう