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[次郎P♀]等身大の贅沢

全体公開 1888文字
2020-06-19 00:23:54

「いやぁ、今日も頑張っちゃったねぇ」
Pさんとだらだら飲む恋愛未満のじろちゃんの、贅沢についてのお話です。

Posted by @toasdm

 お疲れさん、の声と重なるジョッキを合わせる涼しい音が、宴の始まりだ。賑々しい屋台の群れの中、赤ちょうちんと藍染の暖簾を烟らせる一軒が、今日の労いの場になった。
「っくぁーーーー……
「っふーーーー……
「あーーー……いいねぇ」
「いいですねぇー」
 ゴク、ゴク、と喉を鳴らしてジョッキの半分が流し込まれた胃袋は適度に空っぽだ。さてと、と手をすり合わせてぶら下げられたメニューの札を眺めてみるが、愛想のない字で書いてあるのはモモ、皮、ネギマ、砂肝の四つばかりだが、選択肢が少ないことに不満を漏らす者はいなかった。
「悩まなくていい、っていいですねぇ」
「んー、そうだねぇ、そういう見方もあるか」
 リーズナブルな数字が並ぶメニューの中で、一番高いのは中ジョッキだ。それでも四百八十円、実に良心的だ。適当に頼んじゃっていい?と一応聞いて、こくんと頷いたのを見てから次郎は、焼き鳥を十本ばかり注文した。店の親父はそこそこ無愛想に、あいよ、と短く答えて炭火の上に串を乗せている。
「いやぁ、今日も頑張っちゃったねぇ」
「っふふふ、ほんと、頑張っちゃってましたね」
「たはー、らしくなかった?」
「いえいえ、顔に書いてありましたから」
 ゴクゴクと目を細めて豪快にジョッキを空にする彼女をぼんやり眺めて、次郎は問いかける。
「あれ、なんか出ちゃってた?」
「うんっ、これ終わったら絶対飲むぞぉー、って書いてありましたっ!」
 うわそれ否定できないなー、と笑う次郎も負けじとジョッキを空にして、次郎はビール二つ、と指を立てる。空っぽのジョッキをカウンターに置けば、すぐさまそれと黄金比で満たされたジョッキとが入れ替わり、次郎は彼女の前に置いてやる。
「じゃあー、飲んじゃおっか」
「ふふ……はい」
 またお疲れさんとジョッキの音とが重なって、ゴクゴクが続く。っぷあー、と満足感で天を仰いだ次郎の鼻の下には、白い泡のひげがついていて彼女の笑いを誘った。
「っふふふ、山下さんおヒゲ」
「あー幸せヒゲ生えちゃった?」
 生えてる、とけらけら笑う彼女とこうして飲むのは、久々だったが初めてではない。むしろ何度目になるかわからない程度には飲んでいたし、大所帯で飲んだ帰りの解散に紛れて、この後抜ける?と連れ立ってフェードアウトすることもあったくらいだ。別段そういう特別な、いわゆる男女の仲というわけではなかったが、大人の事情でぼかした関係は、限りなくそれに近いものだと、お互いになんとなく理解はしていた。
 ――名前ついちゃったら、色々と面倒だしねぇ。
 そう思っていたからこそ、次郎も彼女も、そこへは踏み込まずにこの曖昧さを楽しんでいる。先送りにしているというよりは、今ではない、という認識だった。
「おじさんねぇ」
 だからくだらない話で、時間を埋める。食って飲んで、帰って寝て起きたら覚えていないような、そんな他愛もない話で二人の時間を埋めて、居心地の良さを楽しむ。自然体で等身大で、男女の面倒事を感じさせないような話なら、そこそこあった。
「高級レストランでさ、フレンチフルコースウン万円、よりも、こーやってお仕事終わって、あんたとビール飲んで……焼き鳥なんか食べちゃってさ」
 おまち、と出てきた串をつまんで、はふはふと口に放り込みながら次郎は続けた。
「はぁ……なんか、そういうのよりも、今日はジョッキ二杯にしちゃお、みたいな方が、うんと贅沢してるなぁ、って思っちゃうのよ」
「あー……
 次郎の言わんとしているところを、彼女はすぐさま理解する。
「牛丼屋さんで卵つけちゃうような贅沢ですか?」
「たっははは……そーそ。お漬物もつけちゃう。おじさんそういう贅沢の方が肌にあってんのかねぇ」
 等身大の贅沢ですかね、と言う彼女の言葉は、ビールのように次郎の中にすっと染み込んでふわりとさせる。そうかもね、と、へらりと笑う次郎に釣られて彼女も笑い、後はまた、ひたすらに、くだらない話をして笑って食べて、飲んで笑って時間が過ぎる。ごちそうさん、とすっかり飲んで上機嫌の次郎と彼女がそれぞれ半分ずつ出し合って会計を済ませて、お疲れさまですは今度は別れの挨拶になる。等身大の贅沢は、今夜は一人あたり約二七〇〇円だった。

「はぁ……いやいや、贅沢だったねぇ……

 名前をつけない関係の維持費としてはなかなかのコストパフォーマンスだったかもしれない、と地下鉄の窓に映るにやけた自分の顔を見ながら、次郎は思った。満足げなにやけ面を乗せた地下鉄は間もなく、最寄り駅のホームに入るところだ。


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