夜更けに客が訪れた魔女の喫茶店。店名どおりに魔女であるマスターは店内全ての照明を落とし、天窓を開けた。丸い形をした窓から星明かりがキラキラと降り注いでいる。カウンターに陣取るたったひとりの客が輝きにつられて窓を見上げた。
収まっていたのはこぼれ落ちそうなほど小さな光が敷き詰められた星空だ。まるで幾色にも色を重ねた黒いシルクに宝石で作られたビーズを縫い付けたような、作り物にしても美しすぎるものを嵌め込んだようにも見えた。
マスターがランプをひとつだけ灯す。星明かりを室内でも満喫してほしい心配りで、明かりは最小限に留めている。
「星の綺麗な夜だから、今宵はこんなメニューを」
客の前にはステンレスでできた容器が置かれた。彼女の掌にすっぽりと包まれそうな大きさだ。上から見ると八角形のかたちをしている。何かの型だろうか。近くからの橙色の明かりを、遠くからのささめきあう白い光を角度のついた縁で反射していた。
「明日が休みだとわかっていて酷く疲れた夜。星々が瞬き、空から溢れてこぼれ降る夜。そんな夜だからの御馳走ですよ」
マスターはにこやかに言いながら、冷蔵庫から取り出したばかりのミント水を器に注いだ。鈍色のコップの表面が曇り出す前に銀砂糖をスプーン一杯加え、マドラーで中身をかき回す。
くるくると混ぜられるうちに客から見えない水は渦を生み出した。渦巻いたままの水面からマドラーを抜くと、天窓から煌めきが渦に吸い込まれるように落ちていく。賑やかすぎる星の瞬きが次々と飛び込むさまは輝く砂時計の砂のようで、客は見惚れるままに見つめていた。星屑の雪崩は10秒足らずで糸より細くなる。マスターが器の縁をそっとマドラーで叩くと、小気味良い小さな金属音とともに糸がふつりと途切れた。
一つ足の硝子の器に中身を出し、早摘み檸檬のシロップを別添えに差し出せば、空が受け止めきれなかった瞬きを頂戴した『星降りのゼリー』の完成となる。
無色だったミント水は青藍と紫の混ざりあった透き通るゼリーとなって固まり、銀砂糖と星の煌めきが大小様々な粒として閉じ込められている。ゼリー自体がキラキラと瞬き、食べられる甘味だとわかっていても窓の外と劣らない煌めきを放たれたら、客にはひとつのオブジェに見えてしまった。
「ご賞味を」とマスターに促され、もったいなげに客はスプーンを入れる。感触は思っていたよりも固かった。乗った塊はふるふると震える弾力はあるのに、まるでシャーベットを掬った手応えと同じだ。
口に運べばつるりとした舌触りを味わう間もなく、体温で溶ける。ミントのほのかな香りに合う、銀砂糖のさらりとした甘味が舌に広がっていった。炭酸を入れたわけでもないのにしゅわりしゅわりと内側で何かが微かに弾けては、跡形もなく消えていく。
これが閉じ込めた星の味わいだろうか。すっきりとした余韻に、客は自然と一息吐いた。
「サイダーと流星群の欠片で作る真夜中ポンチもいいんですけどね。ゆっくり味わいたいなら、ゼリーだけで十分なんです。少しばかりいただいて、星と戯れる。なんだか素敵なお裾分けじゃないですか」
頷いた客の唇からきらりと星がこぼれて、天窓へと光の尾を引いて昇っていった。