@erindyll
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「あっ、局長」
「どーもどーもマコのちゃん。実はついさっき起きたんだけど今日ーはなんか居残ってんなみんな」
ジャムプレイスラジオ放送局、通称GPラジオ。
もうすぐ日付が変わるという刻限だが、このビルの灯りは消えないどころか増え始めていた。
「……そちらさんも今日オビない筈なのになーんかドッタバタしてんねェ」
「アルデバランくんから、モーニングコールを受けまして」
ふわ、とマコはあくびの溢れる口元に手を添える。
「ァァーウチにもおたより飛びまくってた。白い流星ン話だね? ちょうどそれで改めたお目覚ましも喰らったんだわ」
「そんなところです」
軽快な電子音を鳴らして、デスクの上に転がっているマイルームキーに着信の表示が浮かぶ。
「あら、噂をすれば」
今、ジャムプレイスで話題になっている『白い流星』の噂。
「アルデバランくんとティラミスちゃんからです」
突然の事態に電脳政府もラジオ局もてんやわんやだが、二組織は協力態勢を敷いて既に速報・第二報と、ひとまずの情報体勢は完成させている。
そして、今慌ただしく準備してるのは……
「局長、手は空いてます?」
「この調子ならおれんとこの帯はキャンセルの対応放送でしょってところだし」
深夜帯に「放送」される、特別番組の準備だ。
この場所は、レーベルの流行の発信源でもあるが、同時にこの報道こそが本分でもある。
「まあそうね、寝起きのアラフォーのこの灰色の脳細胞とそろそろガタの来てる手腕ならお貸ししようじゃないの」
「ふふ、よかった。それなら──」
綿貫健太郎の返事を受け、局員の女性は花のような笑顔を浮かべた。
彼らの働きはデンパしていく。
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「おっ、マコさんなに見てるのー?」
インスタントのコーヒーに立ち上る湯気の向こうから、おさげの少女の笑みが向けられた。
「あら、愛南ちゃん」
明るい髪色の女性が手元のマイルームキーから視線を上げ、テーブルの向かいに腰を下ろした少女に目を向けた。
少女の持つトレイの上には人工甘味料の効いたジュースと、せめてもの食感が嬉しいナッツの乗ったブロックバー。
中心街レーベルの街の食糧事情は極めて悪いが、不味い物が置いてあるわけではない。不味くはないが、美味しくないのだ。
「昨日遅くまで局にいたんでしょ? 仕事熱心じゃん」
「だから今日は午後からだよ~。ところで愛南ちゃんは聞いてる? 昨日の──」
「"白い流星"」
若干身を乗り出しがちに、まだ中学生くらいの彼女はしたり顔で笑いかける。
わっ、とマコさんと呼ばれた女性は一瞬気圧される。
「あたしもここでお仕事してるんだから、新鮮な情報はちゃんとキャッチしてるよっ!」
「ふふふ〜、さすが愛南ちゃんね」
「それよりさっマコさん!」
サク、とブロックバーをかじりながら少女は訊ねる。
「局には寄っただけで、今日は外で取材なんでしょ?」
ぱちぱちと瞬きを少女に返し、それから、
「誰から聞いたの~?」
と困ったように微笑む。
「ケンケン局長!」
「局長~っ!」
「だってさっ。マコさんの番組のバックログ借りたいな~って思って聞いたら、『今日は取材で留守だヨォ』って言ってたんだよねっ!」
うーんそういう理由なら仕方ないけど、と溢しながら女性は唸る。
「それでねそれでねっ!」
「こ、今度はなあに~~」
愛南と呼ばれた少女は再びテーブルに少し身を乗り出す。
インスタントのコーヒーを口につけたまま、相対した女性は少し身を引いた。
「"昨日の今日"、"このタイミング"で"取材"でしょ?」
にか、と少女は歯を見せて笑う。
「ぜったい、なにかあるよね! フラグばっちしって感じじゃん?」
「う……」
微笑む少女と視線を逸らす女性。
気まずい空気が一方にだけ流れる。
「マーコさんっ」
「な、なーあにっ」
「おもしろい話あったら、教えてね?」
「はーい……」
そう言って口を付けたコーヒーは、いつもより少しだけ苦い気がした。
これはそんな昼前の、GPラジオのカフェテリアのお話。
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見回りの人員は配置されていたが、親しみやすい笑顔で頭を下げる桜間マコを咎める者は誰もいなかった。
彼女の隣にティラミス・ボンバルディエいることも含めて。
知り合いに会えば軽く談笑。
仕事仲間であるティラミスも紹介し、当たり障りない話をする。
「ひぇっひぇっひぇ、どう思うよこれまこちん! スパイっぽくね?」
「それは言わないで……。悪いことしてる自覚はあるから」
二人きりで"電脳政府"の廊下を歩いている時、ティラミスはニコニコしながら話かけてきた。
「でもさぁまこちーん」
「はーい?」
「検査ってなんのこと?」
ぐっとマコは押し黙る。
ティラミスの声色が少し心配そうにしてたのがより罪悪感を誘った。
「えーっと、別に病気とかそういうのじゃないわ」
ジャムプレイス内でも病気という概念はある。
それはノーバディに限った話ではなく、このログアウト不能障害の下では、アバターもノーバディも等しくこの地で「生きている」のだ。
「そうなん?」
「そうなの」
「なんか怪しいな~。実はスゴイヤバイ案件だったりしない?」
「違うよ~っ」
違わないけど。と心の中で彼女は思ったが。
「ふーん」
少し前に屈み、マコを見上げるようにティラミスは笑みを向ける。
「ま、本当にスゴヤバメソッドだったらデバちゃんに頼んで文春しちゃいますけど!」
「同僚をネタにしないで~っ」
「私のカメラアイからは逃げられないじぇ~?」
「お手柔らかにお願いします……」
小さくブイサインを向ける仕事仲間に、マコはたじたじであった。
「……っと」
マコがピタリと足を止める。
横を見ながら歩いてたティラミスも釣られて立ち止まった。
「ここだね」
目的の部屋に、辿り着いた。
マコは懐からマイルームキーを取り出し、部屋の前のカードリーダーにかざす。すると軽やかな電子音が鳴って、扉のロックはいとも簡単に外れた。
桜間マコの権限だと本来この部屋には入れない。
だが、武蔵権三郎が「本日期限」で彼女にこの部屋の権限を与えていた。
「さて」
「ほんじゃーなるはやで!」
ご対面と、参りましょう。
声を揃えて言うと、それが魔法の合言葉のように、扉が開いた。
そして二人は邂逅する。
「……そう」
「随分と図々しいものだけれど、拝顔の労には応えてあげましょうか」
「私もそろそろ、退屈だもの。好きに尋ねなさい」
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人は驚くと五感を誤まって認識することがある。
たとえば冷気。
完全に意識してないところで突然冷たいものに触れると、それを「刺激」、時には「痛み」と捉える人もいるくらいだ。
つまり、
「だひゃぁぁあああっっ!!!!」
桜間マコは首筋によく冷えた缶ジュースを当てられて、局全体に響く悲鳴をあげるほどに声を張ったということだ。
「ワタクシ、これ今訴えられたら負けんな……? やめて視線。差し入れです差し入れ」
食事時を外れたラジオ局のカフェテリア。
人はまばらなその場所で、どこ吹く風と呑気に振る舞うこの男。机の上に突っ伏していた、あらゆる意味で部下である桜間マコをほんの少し驚かせようとしたらしい。
「きょーくーちょー…!」
恨めがましくマコが睨むのは、このラジオ局の長である綿貫健太郎だ。
「ハイ皆様ご存知局長さんですよ。あいすいません相席借りますね。シャレじゃないよ」
そう言いながら彼はマコと同じテーブルの席に腰を下ろす。
「しっかしまー……随分と頭抱えちゃってさぁ」
む、と唸るマコ。
「……そんなに、わかりやすいですか」
「そらもう。おれは人を見る仕事の端くれだけどその点でなら検定5級くらいのテストかな」
ため息とも呻き声ともつかない声を上げ、マコは再び机に倒れ込んでしまう。
あまり行儀がいいとは言えないだろう。
「で、どーすんの、この怪傑ギリギリピエロになんか一応言うだけ言っとく? いい感じに聞き流せるよ」
その聞き方はずるいですよ、と吐息と共に溢す。
「この場所は本当は、『自由』の世界なのに」
「『本当』を押し隠してまでオトナのやることが正しいかァーっ、って? 富野文法」
「そこまでは言いませんけど」
身を起こして、椅子の背もたれに寄りかかる。プラスチックとステンレスの軋む音がした。
「ユニヴァースちゃんは、別に悪いこと何もしてないじゃないですか。そんなの──」
このジャムプレイスでも、ルールを破り様々な制約を課せられてる者は多い。
だけれども、マコにとって先日出会った綺麗で可愛らしい女神は、「ただこの場所にやって来た」だけだ。
なのに、その彼女の取り巻く環境が──
「何物にも縛られないジャムプレイスっぽくなくて、なんかやです」
一瞬流れた沈黙破ったのは、くすりと漏らした綿貫の笑い声だった。
「ヤです、に立ち返るの、んやぁ感情のコースターだわ」
言いたいことはわからんでもないけどネ、と彼は言う。
「だから一人で考えてたんです~」
ころころ笑う綿貫に不満げなマコ。
そんな二人の頭上から──
「なら別の『自由』を生み出してしまえばいいんですよ」
さらりと言ってのける男の声。
「プロデューサー!」
「出たやがったなワタクシのメンタルクラッシャー会員No一桁!!」
どういう理屈か、天井に立っている仮面をつけた謎の人影。
彼はこのラジオ局でいくつもの番組をプロデュースする企画屋だ。マコがMCを務める番組も彼の担当なのだ。
彼の名前は、怪人ナゾラー。
「はっはっはっ。マコさん、あなたはなにかを否定するのは得意じゃないでしょう?」
「……まあ今それでうんとこしょどっこいしょ言うてたからな……ああ」
首を傾げるマコを余所に、男衆は勝手に納得している。
「ああーいや、まあそうね、燻ってるよかよっぽど強い手札はまああるわウチ、続けて続けて」
「あなたの番組にユニヴァースくんを呼んでしまえばいいのです」
話の展開に追いつけず、ゆっくりと言葉の意味を反芻するマコ。それから、
「……ええっ!?」
と素っ頓狂な声を上げた。
「彼女を取り巻く環境は、もしかしたら少しばかりもどかしさがあるのかもしれない」
コツコツ、と靴音を鳴らして歩く。天井を。
「ならそれを取り払えばいいかというとそうでもない」
「だってそりゃ『起きちゃった』らみんなそう思うもの。可能性ってのは希望より疑念に向くからネ」
「つまり、好き勝手喋れる君の番組で、文字通り喋りたいこと、言いたいこと、好きなだけ『自由』を得ればいい」
怪人ナゾラーは背を見せたまま天井を歩いて、どんどん去ってゆく。
「頃合いを見て、ゲストとして手配しておきます。そこでマコくんの『やりたいように』やっていいですよ」
「プロデューサー…」
ほうとしたマコの声に、ナゾラーは振り返らずに軽く手だけ振って返す。
去っていく怪人を見送って、このラジオ局の長が一言。
「……たまにめっちゃくちゃ感情に沿って正しいこと言うからやめらんねんだよなアイツ」
そう言ってマコに向かってウインクをひとつ。
「ま、でも『やっていい』こた分かっただろ、んじゃあとはよろしくね、オッサンは判だけ押すから」
「……はいっ!」
◎GPラジオ
中心街『レーベル』における貴重な“芸能”拠点。
「電脳政府管轄公営放送局」という立ち位置もあり施設が『レーベル』に存在。
各エリアのように凍結に巻き込まれることは無かった。
『レーベル』において乏しい“流行”の発信源だ。