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救救8.6 ストーリー

全体公開 1743文字
2020-06-24 18:25:40
Posted by @alkalion18

救思救世譚 第8.6話



 夏が過ぎて肌寒くなり、布団が優しくなってきた頃。藪彦は体の不調を感じて目を覚ました。体が重い。気だるげにスマートフォンを覗き込めば、時刻は午前四時半を過ぎたくらいだった。起きようと思っていた時間はまだ先だ、あまりにも早すぎる。しかし、不思議と眠くはなかった。
 ひとまず顔を洗おう、と起き上がった藪彦は洗面台に向かった。その間も荷物を背負っているような重さは続いている。まさか幽霊とかそんなんじゃないよな、と顔をしかめながら洗面台の前に立って鏡を覗き込み──。
…………なんだこれ」
 藪彦は首を捻って背中を見た。そこには明らかに伸びきった自分の髪と、鶏を思わせる翼がある。ゆっくりと鏡に向き直った藪彦は、とりあえず顔を洗った。
「髪、邪魔かよ」
 などと冷静に突っ込んでから、なぜこの姿になってしまったかを考える。昨日は普段と同じように就寝したはずだ。バイトも行ったし、変なものを食べたわけでもない。いつも通りの一日だった。
(まさか異変、か?)
 前回の異常気象のような兆候は見られなかったとはいえ、わりと突然起こる事に定評のある“異変”である可能性は高い。そうと決まれば千里に連絡しなくては。だが。
(あいつ起きるかな……
 朝早く、まして眠っているところに連絡するのは気が引ける。かといってメッセージでは気が付くまでに時間がかかるだろう。少し悩んで、藪彦は思い切って通話ボタンを押した。
 呼び出し音が続いている。やはり寝ているようだ。あまり鳴らし過ぎるのも悪い、と通話終了ボタンを押そうとした時だった。
「はい! はい! 千里です、今起きたよ!」
 スピーカー設定でもないのに、充分に聞き取れるほどの声がスマートフォンから発せられた。慌てて耳に押し当てる。
「悪い、こんな時間に」
「ううん、電話鳴ってるなーと思って見たらやっくんだったから! それより、何かあったの?」
「何て言うか……あのさ、体に変なところはないか?」
 果たしてこんな聞き方で良かったのだろうか。まあいいか。電話の向こうの千里は首を傾げているようだ。
「うーん? 待って、今鏡見てくる!」
 廊下を走る音が聞こえてくる。家が広いから移動に時間がかかりそうだな、とぼんやり考えていた、その時。
「んにゃあああああぁぁぁーーっ!?」
 あまりの声量に、思わずスマートフォンを落としそうになった。
「やっくん! ぼく、ぼ、僕の頭に耳が! ああ尻尾もあるー!?」
 何これ超キュートじゃん! と千里は大騒ぎしている。話を聞くに、どうやら猫の耳と尻尾が現れたらしい。
「ってことはやっくんも猫ちゃんに!?」
「いや、俺は鳥? だな、たぶん」
「み、見たい! 写真送って」
「嫌だ。つーか、異変ならどうしたって千里の家に行かなきゃいけないだろ」
「それもそうかー。でも僕は送ってもいいよね、写真?」
「別に構わねぇけど」

 閉話休題。

 千里には少なからず、異変が起こったという実感があった。しかし柯北で起こっているのか、平行世界で起こっているのか、判断ができない。というのも、いつも感じている気配より薄いのだ。気持ち悪さもほとんど感じない程度である。
「とりあえず千里の家に向かうが……この姿で出歩いて大丈夫か?」
「実はさっき会ったんだけど、お姉ちゃんも猫化してたんだよね。これもしかして僕たちだけじゃなく、皆なんじゃないの?」
「マジかよ」
「とにかく、隠れても何してもいいから辿り着いてよ? 異変もそうだけど早く見たいから!」
「本音がダダ漏れだなおい」
「てへっ」
 通話を終えると、藪彦は外に出る支度を始めた。椅子に引っかけてあった長めのパーカーを羽織った時、机の上に置いたスマートフォンが短く振動する。千里からメッセージと、写真が届いたようだ。添付画像を開けば、猫らしいポーズを取った千里が映っていた。なるほど、確かに猫の耳と尻尾である。悪くないな、と。藪彦は何気なく考えて、それからはたと気付いて咳払いをした。
 ポシェットにスマートフォンと小銭を突っ込んでベルトを締め、一呼吸置いてから玄関の扉を開ける。そうして、まだ微睡の中にいる静かな町へと踏み出した。


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