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[古論P♀]海のように

全体公開 1 1464文字
2020-06-26 09:53:04

「私の方がクリスさんのこと好きですもん!」
「いいえ! 私の方があなたのことをより深く愛しています!」
痴話喧嘩するクリスさんとPさんのお話。

Posted by @toasdm

「ここは譲れませんっ!」
「それは私も一緒です!」
 夫婦喧嘩は犬も食わないといわれるが、恋人同士の喧嘩の場合は、半分くらいは食うかもしれない。その犬の半分の食べ残しを、二人は先程からせっせとこしらえている。まっすぐな感情をストレートな言葉に乗せたぶつかり合いは、一言で言うと「不毛」だった。
「私の方がクリスさんのこと好きですもん!」
「いいえ! 私の方があなたのことをより深く愛しています!」
 幸いにして、痴話喧嘩を聞く者は二人を除いて犬一匹たりともおらず、互いの表情を見る限り、いがみ合っているというよりはどちらかといわずとも、じゃれ合っているという印象だ。
「私だってマリアナ海溝より深くクリスさんを愛してますけど!?」
「ではそのマリアナ海溝の最深部の深さは」
「一万九一一メートル!」
「ですが――
 何やら早押しクイズのような痴話喧嘩は、険悪なムードと表現することが難しいだろう。ふふん、と胸を張りマリアナ海溝の深さをすらすらと答えた彼女に、クリスはひっかけですよ、と言わんばかりに追加の問題を出す。
「水面下一万九一一メートルの最深部の海淵の名称は!」
「えーと、チャレンジャー海淵!」
「正解です!」
「きゃーーー!」
 むぎゅううう、と抱きついて抱き合って、死語が脳裏にちらつく。いちゃップル、バカップル、愛の深さや大きさでマウント合戦をするいちゃつきっぷりは、痴話喧嘩というのも烏滸がましいようなアツアツぶりだ。
「でも私の方がやっぱりクリスさんのこと好きですもん……
「そうですか……私もあなたのことを愛しているのですが」
 すりすりと、彼女の髪に頬をすりよせて、クリスはうっとりとした彼女を慈しむように包み込む。触れ合う体の温もりも感触も、お互いにすっかり覚えてしまうほどに密着した時間の中で、二人はしばし、愛情の海を揺蕩う。
「愛してるー、とか、好きー、とか……
「はい」
 ひとしきりじゃれ合って少し落ち着いて疲れたのか、彼女はクリスの肩に頭を預けてうとうととしはじめる。抱き寄せていた頭を優しく撫でながら、クリスはじっと、彼女の言葉の続きを待つ。
「どっちが強い、とか、大きいとか深いとかじゃなくて……
 どうにかこうにか開けていた目が、すぅ、と細くなってやがてぴったり閉じられる。あなたはいつも頑張っていますからね、とぽんぽんリズムよく撫でて、クリスは髪にキスを落とした。
「ほんとは、間に、愛情があるのが幸せなんですよねぇ……
「ふふ……ええ、そうですね」
 とろーん、ととろけた口調のまま、彼女は二人の間にある愛情を言語化しようと試みているようだ。
「なんか……ふふ、海、みたいですよね……
「海……?」
「うん…………隔ててるんじゃなくて、繋いでる、海――
「!」
 海は我々をひとつにしてくれる、というクリスの座右の銘を、彼女は寝ぼけながらうとうとと拾い上げて、クリスに見せてくれる。

「クリスさん……ふふ、だいすき」

 確かに二人の間には、まるで海のように愛があり、二人を繋いでくれている――そこには優劣も勝敗もなく、ただ純粋に、透き通った愛がある。そうですね、と目を細めたクリスの肩で、彼女は眠りの海に浮かび始める。
「ええ……私もあなたを、海のように愛していますよ」
 大好きです、の送り言葉を航海図に、彼女は穏やかな寝息を立てて愛の海を漂っている。

 隔てるのではなく繋いでいる海が間にある幸せに、二人は今、ゆったりと包まれながらオフの午後を過ごしていた。


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