町田洋「日食ステレオサウンド」のファンフィクションです
@syuu_29
「クリームソーダだけ飲んで暮らしてるって」
それを思い出して、と青年は言った。画家の青年が東屋で作ったのは青いクリームソーダだった。
丁寧に塗り直した白い東屋に、青年は時々訪れた。作家もそれを断ることはなかった。
呪いが解けても、作家は主に豪邸のなかに引きこもっていた。時折外に出ることもあるようだが、大抵家の前で取材記者に追い回されては大騒ぎになる。最近は見かねた近所の人が割って入るらしいことを、青年も噂には聞く。というか一度その場面にたまたま出くわして「まあまあ」と一人浮いたトーンで間に入り、怒れる老人となった作家を押し入れるようにして門を閉じたこともある。
そういう日々のなか「テーブルも白いほうがいい」と青年が持ち込んだテーブルとベンチで、二人は時折夏の日を楽しんだ。
作家はいつもどおり氷に満ちたグラスと炭酸水入りの冷えたガラスピッチャーを持ってきただけだったが、今日はやけに青年の荷物が多いと思えば、彼は保冷ボックスからかき氷シロップとバニラアイス、スプーンと用意周到に持ち込んだものを広げた。
「作ったことあります?」
「ふん、簡単だろう。炭酸水にかき氷のシロップの緑色を混ぜて、バニラアイスを浮かべて」
知っているさと小馬鹿にしたように作家が作り方を言えば、青年が「あ」とタッパーを取り出し、中から鮮やかなチェリーを一粒取り出しながら言葉を重ねた。
「「さくらんぼをのせる」」
もう呪いはない。だいたい、作家に見えていたのは人間の悪意だ。目の前の青年のなかには一言だって見つからなかったそれ。
けれど作家には、青年が思い出した声が聞こえたように思えた。あの女の姿をしているときの涼しい声だ。
『簡単よ』
作家のグラスでからりと氷が回る音がした。青年のグラスのなかでは炭酸の泡が氷の隙間を昇り、アイスクリームにとけていく。
「――なんでそれで青色なんだ?」
「東屋の中は空が見えないでしょう」
だから青くしようと思ってと答える青年は「飲みますか?」と何でもないように続けた。ペンキを白にした理由を答えたときのように。
他意がないのは間違いがない。眉をひそめたところで動じるような男でもないことは短い付き合いのなかでも作家は理解していた。もちろん、理解していたところで眉間の皺が消えるわけではなかったが。
「ふん。緑色なら飲むよ」
「ありますよ。迷っていたんで持ってきてます」
鰐の飲むクリームソーダはいつも緑色だった。最後に顔を合わせた雨の夜でさえ、向かいに座った女のほっそりした手の中にいつの間にかそれはあった。作家は振り返る鰐の顔を思い出した。それから、鰐にクリームソーダの作り方を教えたのは自分だったことも。
呪いが解けた翌日、作家は久しぶりに分館に足を踏み入れた。鰐が過ごしていた分館には、グラスが一つだけ残っていた。ストローのささった、飲み干された緑色のクリームソーダの名残だけが44年間で唯一鰐が残したものだ。だがそれだってとっくの昔に洗って、今や他のグラスと見分けはつかない。
青年が見たという写真もとうとう見つけられなかった。現実だったのだという証拠さえ、いまや本に残る献辞の文字と、青年の証言だけだ。44年間が妄想でなかった証拠も、呪いも、もはやどこにも残っていない。
「今度、友達を連れてきても?」
「理由は」
「バルコニーが広いから」
青年の言葉に作家は笑った。それから呪いが解けてでたらめなステップを踏んだ時のようにしばらく笑い続けると「いいよ」と答えた。
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読み返しては「44年間、鰐が作家をどう思っていたかをぐるぐる考えてしまうんだよな」とか、「青年画家のふるまいのなにもかもがすごくいいんだよな」とかを考えるので、いまさらながら書きました。
※『日食ステレオサウンド』は2015年4月号のモーニング・ツーに掲載された読み切りです。