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[雨P♀]姓

全体公開 1221文字
2020-07-06 13:52:57

『お前さんなぁ……今は葛之葉だろう?』
「だ、だって……!」
新婚の雨彦さんとPさんの電話いちゃいちゃのようなものです。

Posted by @toasdm

 あ、そういえば、もう違うんだ――そう思ったが最後、忘れていたわけではない事実を再認識させられて、彼女はかぁっと耳まで赤くなるのを感じる。電話口では雨彦が、くつくつと隠しもせずに笑っている。
『お前さんなぁ……今は葛之葉だろう?』
「だ、だって……!」
 だってじゃない、と笑う雨彦が、今どんな顔をしているのか、彼女にはなんとなく、見えるような気がした。
『まだ慣れないのかい?』
「うぅ……だって、まだ一週間かそこらですし……
『十日だぜ』
 なぜそんなに正確に日数がぽんと出てくるのか、わからないでもなかったが、わかってしまうとまた頬の赤みが増してしまう。ぼそぼそと、なんでそんなに覚えてるんですかね、と呟いた彼女の声を、事務所の電話はどうやら拾ってしまったようだった。
『俺だって、新婚で浮かれることもあるさ』
「ぅぐ……っ!」
 わざわざ言わなくていいです、と半ば自棄気味に言った彼女をからかうように、雨彦はにやけた声のまま続けた。
『じゃ、もう一回、やりなおしな』
「え? や、やり直しって――
 そう告げられた瞬間、電話はぷつりと切れる。うわ、うわ待ってまだ心の準備が、と慌てる彼女は受話器を置くと、頭の中で電話を取る時の台詞を組み立て直す。
「ぎゃあ早い!」
 コール音はすぐに鳴り、シミュレーションの時間はほぼなかった。雨彦さん絶対これからかってる!絶対間違わないんだからね!といったん深呼吸をして電話を受け、彼女は受話器を耳に当てて落ち着いた声で言った。

「お電話ありがとうございます、315プロダクション葛之葉です」

 世間には公表してあるが、名刺の刷りなおしや営業でのやりとりを考えて、職務上の名字は旧姓でもよかったんじゃないのか?と、籍を入れるか入れないかくらいの時に雨彦に言われた。それは彼女も少し迷ったが、妻としてもプロデューサーとしても、文字通り公私共に雨彦に寄り添って支えていきたい、という自分の気持ちを大切にして、職務上でも葛之葉を名乗ると決めた。
『お疲れさん。今度はちゃんと言えたな』
「もうっ! 笑わないでくださいっ!」
『っはははは、いや、お前さんがあんまりにも可愛いもんでつい、な』
 お前さんがそうしたいならそうしようぜ、と優しく抱きしめてくれたあの時の雨彦と、今電話口で自分をからかって笑っている雨彦とは、同じ雨彦のはずなのにどうしてこうも対応が違うのか。彼女は真っ赤になった頬をぱたぱたと手で扇いで冷ましながら電話対応のメモを取る。
「で、何かありましたか?」
『ん? ああ……あった気もするが、お前さんが旧姓を名乗ったもんでなぁ――忘れちまったよ』
「忘れちゃったんですか!?」
『なんてな。嘘だよ』
「もうっ! 葛之葉さんっ!」
『お前さんだって葛之葉だろう?』
「揚げ足とらない!」
『はは』

 ――ぷくぅ、と頬を膨らませた彼女の名字が雨彦と同じ名字になって、まだ十日の話だ。


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