@toasdm
そんなにあったんですか、と目を丸くする彼女の前に、みのりはニコニコと微笑んでバラを一輪差し出した。
「うん、野生の原種だけでも百はあるって言われてるんだ」
餅は餅屋、花は花屋、腐っても花屋だよ、と笑うみのりに手渡されたプラムのような色合いのバラは、ほのかに甘酸っぱい香りがした。
「ムンステッドウッド、っていう品種だよ。ベリーとかスモモみたいな、甘酸っぱいフルーツの香りがするだろ?」
「はい……ふふ、いい香り……」
うっとりと目を細める彼女を見つめて、みのりも同じように目を細める。
「ワイルドローズだけでも百種類以上あって、人の手が加わって交配で生み出された品種も合わせると十万種類くらいになるんだって」
「じゅっ、十万も!?」
バラ、と名のついた美しい花だけでそんなに、と、彼女は二度目の「そんなにあったんですか」で目をまんまるにする。その驚き方も可愛らしくて、みのりは思わず、彼女をぎゅうっと抱きしめた。
「っふふ、育種家の数だけバラがあるんだよ」
「いくしゅか……」
耳慣れないその言葉を繰り返した彼女の手のひらに、みのりは人差し指を滑らせる。
「育てる、種の、家、って書いて、育種家。いくつものバラの中からこれ、っていうのを選んで交配させて、種から育てるんだ。色も大きさも、香りも、個性が全然違うものを生み出して世に送り出す、素敵な仕事だよ」
日本にもいるんだ、と嬉しそうに話すみのりが、数ある花の中でも特にバラを好んでいるのかはわからなかったが、好きなものの話をするみのりの楽しそうな雰囲気は、彼女の中にパッと花を咲かせるような明るさがあった。
「ふふふ。みのりさん、バラが好きなんですね」
「うん。花はいいよ、笑顔になれる」
笑顔の咲いた彼女の頬をつんとつついて、みのりはそういえば、と何かをひらめく。
「好き、って、バラに似てると思うんだ」
「え?」
好きがバラに?とオウム返しに尋ねる彼女と額をコツンと触れ合わせて目を閉じて、みのりも彼女の手の中のバラの香りを吸い込む。
「はぁ……うん。好き、って気持ちにもさ、例えばー……」
うーん、と少し考えて、みのりは彼女を抱きかかえたままソファへと腰を下ろす。わ、と驚いた彼女を支えて膝の上に乗せたまま、みのりは続けた。
「たこ焼きが好き、って時の好きと、プロデューサーの笑顔が好きだよ、って時の好きって、同じ好きだけど違うだろ?」
「う……」
たこ焼きと同列に並べられたことへの不満と、ストレートに好きだよと言われたことへの照れとがないまぜになって、彼女の頬にぽっとバラの色が灯る。ニコッと笑ってみのりは言う。
「好き、っていう花の中に、好きを育てた人の数だけ、好きの種類がある、なんて……ふふ、伝わった?」
照れくさそうにくすくすと笑って、ちょっと気障だったかな、とみのりは彼女を抱きしめる。すりすりと鼻先を彼女の髪に埋めて香りを吸い込んで、はぁ、とみのりは幸せそうにため息をついた。
「俺の好きのバラ、プロデューサーの髪の匂いがするよ」
「うぁ」
とろん、とした幸せそうなみのりの物言いに、とうとう彼女の耳にまでバラが灯る。
「んっ、あはは、コラ。顔見せてよ」
「やーでーすーもーーー見せられない顔してるから!」
恥ずかしいです、と力いっぱいみのりに抱きついて悶絶する彼女の、みのりに対する好きのバラは、ムンステッドウッドの香りに少し似ていた。