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[古論P♀]大根役者と夜明かし

全体公開 1605文字
2020-07-15 12:13:08

「終電を逃してしまったので、これは朝まであなたと一緒に過ごすより他にありませんよ!」

大根役者なクリスさんとPさんが時間を操作して一緒に夜明かしをするお話です。

Posted by @toasdm

 オレンジ色は濃紺にバトンタッチして、二十四時間の休憩に入る。薄暗いととっぷりの間で、街の灯りは二人を飲み込んでいく。
「今日も楽しかったなぁ……
 水族館デートとシーフードレストランのディナー、その間ずっと、海について楽しそうにマシンガントークをしていたクリスもそれは同じだったようで、ぷかぷかと壁面に埋め込まれた水槽の中で浮かぶクラゲを見ながらグラスを傾けて、私もですよ、と穏やかな笑みを浮かべていた。
……
……
 沈黙は、雄弁に語る。
 終わりが近づくデートの夜は、寂しいものだ、と。
「明日は」
……ええ、そうですね」
 お互いに、明日は仕事がある。仕事で顔を合わせることはわかっていても、その前にある「お疲れさまでした」と別々な電車に乗って別々な家へと戻る行程は、やはり何度繰り返しても慣れない。どんな顔をしていいのかすらわからなくなった彼女の寂しそうな横顔が、クリスの胸をぎゅう、っと締め付けてため息を漏らさせる。
「はぁ……
「楽しかったから、なんですよね、寂しいのって」
「ええ……波は、大きければ大きいほど引いていく時の力も強いものですから」
 ここでも海に例えてくるクリスと、もっともっと話がしたい。海が好きなわけではなかった彼女が海まで好きになったのは、好きなものの話を楽しそうにするクリスのことを本当に大好きだと日々実感していったせいだ。
 バーカウンターの沈黙は、その二人の共通認識の寂しさを包んで、しっとりと、夜十時を縁取っている。

 帰りたくないなぁ。
 帰したくないですね。

 言葉にしなくても、つないだ手はそれを互いに伝え合う。ちら、と時計を見て、はぁ、とまたため息をついて。こんなデートの終わり方は好きではないのですよ、と苦笑したクリスは、少し酒の入った頬に、ああ、と何やら企みの笑みを浮かべた。
「私はどちらかというと、思ったことがすぐ口や顔に出てしまう正直者なのですが、今日は少しだけ、嘘をついてみようと思うのです」
「え?」
 カチカチカチ、とダイバーズウォッチを操作して、クリスは時計の針をぐいぐいと進める。時間がゆっくり流れて、このままずっと一緒にいられればいいのに、と思う気持ちとは一見すると裏腹なその行為の真意を、彼女はすぐに理解した。
「ああ! 大変です!」
「へっ!?」
 いやどこの大根役者ですか、と言いたくなるような棒読みの大げさな台詞に、彼女は思わずクリスを見やる。目元ばかりは少し真剣なようにも見えたが、口元は完全に笑ったまま、クリスは彼女にダイバーズウォッチを見せて言った。

「終電の時間がとっくに過ぎてしまっていますよ!」

 せめて、終電が行ってしまった十分後なら、少しは神妙な面持ちをキープできたのかも知れない。クリスのダイバーズウォッチが指していたのは、明日の日付の午前三時過ぎだった。
……っふ、ふふ……
「終電を逃してしまったので、これは朝まであなたと一緒に過ごすより他にありませんよ!」
「もう、クリスさん!」
 苦笑しながら彼女も、自分の腕時計の針を大胆に進める。
「わあ! ほんとに終電行っちゃったぁ!」
 先程のクリスに負けず劣らずの大根っぷりの棒読みで、彼女もクリスに時計を見せる。二人の時計はそれぞれ違う時刻を指していて、ふ、と顔を見合わせて一拍置いたあと、けらけらと腹を抱えて二人は笑いあった。
「もうこれはしょうがないですよね!」
「ええ、仕方ありません!」
「ここからなら私の家近いですから、今日はもう私の家で一緒に夜明かしですね!」
 ではお邪魔しましょうか、と会計を済ませて二人は駅へと向かう。終電にはまだまだ余裕のある夜の駅は、帰宅ラッシュも落ち着いて人気が少ない。

 物陰に隠れてキスをした二人の腕時計が正しい時を刻むのは、彼女の部屋にたどり着いてしばらく経ってからのことだった。


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