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[雨P♀]同棲の申込み

全体公開 1535文字
2020-07-15 12:47:46

「時間見つけて考えて、一緒に準備していこうぜ。その間のまた明日は、そこまで寂しくないだろうからな」
別れ際いつも寂しそうなPさんに、一緒に暮らそうぜって言う雨彦さんのお話です。

Posted by @toasdm

「別に、今生の別れってわけでもないだろ」
 しょぼくれた彼女の俯いた頭を、雨彦はぽんぽん、と優しく叩く。
「そう、なんですけど……
 シュン、と彼女の背後に文字が見えるような落ち込む様子は、もう随分と長いこと、見てきたような気がする。その度に雨彦は、胸がチリチリと焼け付くように痛むのを感じて顔をしかめてきた。それは、今日もだ。

 別れ際の寂しさは、何度経験しても寂しくてやりきれない。それは彼女も雨彦も同じだったはずで、だからこそ、こうして帰り道のドライブは、いつでも大きく遠回りをする。ついたぜ、と彼女のアパートの前で車を止めてから、実際に彼女が車を降りるまでの時間は、名残惜しさの濃密な綿が車内いっぱいに詰まっているようで、いつでも息苦しい。
「お前さん、明日早いだろう?」
「それは、雨彦さんだって、そうじゃないですか……
 こんな言い方をしたいわけじゃないのに、と余計に落ち込む彼女の横顔を、これ以上見たくなかった、というのが雨彦の本音だ。
 車を降りて、また明日、と手を振る時の一番寂しそうな顔を背中に感じたまま、そこの角を曲がるまで彼女をずっと、外に立たせておくのもしのびなかった。

 だから、これは、雨彦の中では随分と前から固まっていた、決意だ。

「お前さん」
……はぁい」
 わがままですもんね、駄々っ子ですよね、と拗ねたように言う彼女がドアハンドルにかけた手を、雨彦は運転席から腕を伸ばしてそっと掴む。
「え」
「今日は、帰してやる」
 窓の外の外灯を背負ってよく見えなかった雨彦の表情を、サァ、っと雲がたなびいて晴れて顔を出した月が、柔らかく青白く照らす。真剣な眼差しは、何か確固たる決意のようなものを彼女に感じさせて、彼女は一瞬呼吸を忘れた。
「もう、終わりにしようぜ」
「!?」
 わがまま言いすぎましたかね!?と何かを勘違いした彼女が慌てるのを、そうじゃない、と笑いながら雨彦はそっと手を包んで否定する。
「はぁ……
 祈りを込めるように目を閉じて、雨彦はその包み込んだ彼女の手を、自分の手ごと自分の額に押し付けて、静かに言った。

「これ以上お前さんのそんな寂しそうな顔を見たくない。お前さんにはずっと、ニコニコ笑っててほしくてな――一緒に暮らそうぜ。おやすみなさいは、同じベッドの中で言おう」

 ひゅ、と小さく息を飲む音が聞こえて、雨彦はうっすらと、ウィンクをするように片目だけを開けてみる。あわ、あわ、と今度は慌てる効果音が彼女の背景で躍っているように見えて、雨彦は思わずぷっと吹き出してしまった。
「こら、落ち着けって」
「なんっ……えぇ、っと?」
「今日は帰してやるさ」
「だっ、え、あ、そん、えっ?!」
 落ち着けよ、と彼女の頭をぽんぽんとまた優しく叩いて撫でてやり、雨彦はずい、っと顔を寄せて至近距離で囁くように言った。
「返事は?」
「は……はひぇ……
「っくくく……お前さんなぁ」
 苦笑が爆笑に変わって、それまで息苦しかった車内にみっちりと詰まっていた名残惜しさの綿がぱちんと弾けてどこかへ飛んでいったように、朗らかで楽しい暖かさになる。どこで暮らすのか、いつから暮らすのか、なにも決まっていなくても、雨彦は何も気にしていないようだった。
「時間見つけて考えて、一緒に準備していこうぜ。その間のまた明日は、そこまで寂しくないだろうからな」
 また明日な、と降りた彼女に手を降って車を出した雨彦に、そういえば同棲の申込みをされたのだ、という事実を頭でも心でも彼女が理解したのは、部屋で雨彦から「こういう家はどうだい?」と物件情報を三件ほど送られたあたりだった。
 心臓は、夜通しずっと、うるさいままだった。


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