@erindyll
「あら、マコ」
桜間マコが声をかけられたのは、喫煙所前の自販機コーナー。
「あっ、撫子ちゃん」
紙パックのジュースに差されたストローを咥えたまま、マコは返事を返した。
「今日も調整ですか?」
声をかけた女性は自販機に硬貨を投入しながら訊ねる。視線は商品をじっと見つめていて、どれにするか悩んでいるようだ。
マコ本人も声をかけた女性、千日撫子も、そして桜間マコも、喫煙所に用があったわけでは無い。
ここの自販機にだけ売っているジュースが目当てで、休憩の時にこうして偶に会ったりする。
「うん。とは言っても、私は相変わらずなにもしてないというか、ただ計測されてるだけだし……」
「今日は300倍に設定しましたよ?」
ピッという機械音が鳴ってガコンと商品が取り出し口に落ちる。
「んー、変な感じ」
残り少ないジュースを吸って、ずぞぞと音を鳴らす。
「お行儀悪いですね、全く」
まったくと溢して、パックを手にした撫子はガラス窓の前へ。
ガラス窓の面に小さなカウンターテーブルが付いており、立ち席として休憩者が利用できるようになっていた。
ビルから雑踏が見える。
「そっちは、最近忙しいの?」
ジュースを飲み終えたマコは紙パックを降り畳みながら撫子の隣へ。
「まだ忙しい時期ではありません。これからでしょう。それはそちらもでは?」
「そうだね。むしろ私たちが忙しくなるのはー、撫子ちゃんの後だろうし」
マコはスマートフォンを取り出し、操作しながら答える。
「あぁ、そうです」
差し口にストローを差しながら、ふと気付いたように撫子が言った。
「ちょっとした動作確認もかねて、『プリンセスアイテム』のクエストを作っているんですよ」
「言ってたね。前に作ってたのとは別の?」
「別のです。というより、今回は迷わずの森の新エリアでの動作確認が目的でして。だからPアイテムの構想があるわけではなく……」
「えっと?」
よくわからない、と言った感じにマコが首を傾げる。
「要するに、デバッグ用のクエストです。その報酬として設定するのでなんでもよくて、別にPアイテム以外でもいいのですが……」
そこまで呟いて、撫子はふと気付いたように続ける。
「マコ、なにかアイデアありませんか? なんでも構いませんよ。外見だけでもいいですし」
「えー……」
どこか明るく言ってにこにことストローを咥える撫子に、マコは赤い縁の眼鏡の奥で眉を寄せる。
「私はデザイナーでもないし、イラストレーターでもないよ?」
「知ってますよ」
「どちらかと言えばケンケンさんの方がそういうのまだできる」
「綿貫さんのデザインでもいいですよ」
「それ、さっき私に行儀悪いって言ってなかった?」
ストローを鳴らしてジュースを飲み終えた撫子は、少し機嫌が良さそうだ。
「お互いにいい刺激になるのでは。いただけたら、私もそちらのお仕事を何か手伝いますし」
「うーん」
「そう気負わず。なにか思い付いたら、またこうやって雑談のついでに教えてくれれば……というだけの話です」
「はーい。わかった」
手際良く紙パックを降り畳み、撫子は近くにあるリサイクルにそれを捨てる。
さっさと空にして手元で遊ばせてたマコのものも、続くように捨てられた。
「それでは、また。午後もお仕事頑張ってくださいね」
「はーい。撫子ちゃんもね」
二人の戻る方向は真逆なため、別れるならこの自販機の前になる。
お互いに軽い挨拶をして背を向けた。
と、撫子はピタリと足を止めて振り返る。
背中越しに見るマコの後姿はいつもどこか頼りない印象を抱く。
名前はあんなに強そうなのに、と一瞬余計なことを考えた。
「マコ」
「ん? なあに?」
バーミリオンさんの話をして、どうなるというのか。
こうしてマコと会話して、たまに思い出したように聞こうとし、
「いえ、なんでもありません」
撫子は尚も聞けずにいる。
そう?とマコは不思議そうな瞳を赤縁眼鏡の奥から撫子に向けた。
撫子がマコの昔に興味があるかと言われると、そこまででもない。
「では」
ただ、ふんわりと微笑む目の前の女は、大事なことも本当のことも、笑顔で隠して何も言いやしないのだ。だから、機会があればこっちから聞いてやるべきかもしれない。そう撫子は思っていた。そうでなければ、桜間マコという人間は鈍痛をずっと我慢し続けるような生き方をするのだから。
撫子は踵を返す。
思ってたより、友人って思ってるんだな。そんな感想に撫子は苦笑いするが、悪い気分はしなかった。
▼Pアイテム:Arcスケッチブック
見た目はマル○ンのスケッチブックのような、黒と黄色を基調とした表紙の薄い冊子。
中に何が記載されているかは不明とされており、電脳政府で変換・活用可能な特殊ジャムマネーに加え、いくらかの汎用リソースを内包している。