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イッヌのこと

全体公開 11319文字
2020-07-19 23:34:40

虹の橋にいってしまう前日~初七日まで。暗くて長いです。オススメしませんすいません。

Posted by @tohru3

2020年7月4日がはじまったばかりの深夜1時45分ごろ、犬は逝ったらしい。
その日は傘がいらないくらいの、しょぼくれた雨の日だった。

3月に16歳の誕生日を迎えてから、彼は急激に衰えていた。
それまではひとりで歩けていたのだが、歩行補助用の取っ手がついた服を着て、人間が常に上に引っ張っていなければ歩けないくらいになった。
まっすぐ歩いていたのが、その場でぐるぐると回転するようになった。
いつもの散歩ルートまでもいけなくなって、目的地が家のすぐ近くにある空き地までになり、やがてほとんど玄関までになった。
ふらふらしているわりには、起きている間は歩きたいようだ。
寝ころんだ状態からひとりでは起きあがれず、起きられなければ不満で鳴く。それが深夜であろうとも。
家族で誰かひとりがつきそい当番になり、彼と一晩中過ごすことになった。
それも、最初は布団を敷いて一緒に眠っていたのが、寝ることもできないくらいに頻繁に起こされるようになり、やがて布団は敷かれなくなった。
それでも彼は元気だった。
いわゆる老犬はもっと日がな一日眠っているのだとおもっていたのだが、晩年の彼は長時間眠ることがなかった。
細切れに1時間寝ては起き、ぐるぐると歩き、疲れて眠りそれを繰り返していたので、付き合うほうも大変だった。



前日



彼がいってしまう前日は、私が徹夜の当番だった。

彼はほとんどいつもどおりではあったが、その日かその前の日くらいから、寝る時間がわずかに増えていた。
とはいえ、ちょっと起きては寝て、でもすぐ起きて居間をぐるぐる、といういつものパターン。
ぐるぐる歩く時はいつもどおり、元気に私の足のまわりを回っていたし、転んではすぐ助け起こす、何もかもいつもどおりだった。
朝4時ごろ、彼は起きて、歩いては倒れ、寝るかとおもったらジタバタしてでひとしきり大暴れをした。
オムツをかえると、すっきりしたのかまた寝た。
4時半に父が起きてきて、彼の世話を交代してくれたのでわたしは自室に戻って眠った。

昼に起きてくると、彼は例によって、ちょっと起きては寝てを繰り返しているようだった。いつもどおり。
そして14時半ごろ、疲れのとれないわたしは少し昼寝をするね、と言い残してまた自室に戻った。

するとすぐ母に呼び戻された。

おきてる?とわたしに呼びかけた母の声は緊張していて、すぐ駆け下りた。
そうするともう彼は痙攣発作を起こしていた。すごいふるえ。がくがくと痙攣していて、撫でても抑えてもおさまらない。
いつもの病院に電話しても、留守電。症状が重いときだけいく病院にかける。つながった。先生は手術中らしいけど、そのあと16時からなら見てくれるらしい。
病院まではとりあえずいこう。彼をだきあげてすぐカートにのせた。
抱き上げても、彼は痙攣したまま。泡を吹いていた。舌の色が白い。
雨のなか病院に向かい、診察をうけた。病院についても、彼はまだ痙攣していた。よだれがとろろみたいにねばっこい糸をひいていた。
注射を1本。おさまらない。鼻に液体を注入。おさまらない。注射をもう1本。
ようやく収まったけれど、彼の体温は42度を越えていて、発熱していた。
股と、首に保冷剤をあてて、体を冷やす。体重は9.3キロ。全盛期は12キロだったのだ。
そのあとエコーで膀胱にたまった膿があるのを見て、先生が膀胱から膿をぬいた。
処置室の外でまっているあいだ、ウォーン、という彼の泣き声が5回、6回と聞こえた。痛いんだ。
鳴いていたけど、意識はなかったようで、先生が舌をひっぱっても彼は反応せず、だらりと舌をたらしたままだった。
尿毒症。
人間なら人工透析している症状。
先生の話をきいたあと、翌日も膀胱の膿をぬいてもらう予約をして、彼をカートに入れて帰った。
明日、16時20分。そのあとのことは、また明日きめよう。そういいながら。

家に戻る。
居間中にトイレシートがしきつめられ、彼がぐるぐると回りながらあちこちに体当たりするのでバリケードが作られた、汚い家だ。
カートから抱き上げて、簡易的に作られた彼のベッドに横たわらせる。
彼の意識は戻っていなかった。ときどきグフ、といびきのような音をたてながら、彼はひたすら眠っていた。
もう夜だ。出前をとって食べた。いつもよりおいしくなかった。
ごはんのあと彼を確認したら、オムツの下に茶色いのが見えた。
彼はウンチをしていた。
なんとも立派。きれいな茶色。
こうちゃん、ウンチしてる。生きてる!泣き笑いするしかなかった。

20時。それまではいつもしているように左半身を下にして寝かせていたけど、
母が「床ずれにならないようにひっくりかえしてよ」というので、右半身を下にするべくひっくりかえした。
あったかい。まだ、あったかい。ぐんにゃりとやわらかい。愛おしい犬の体温。
こうちゃん。

その日は金曜日で、休みの日だったけど、次の日は土曜日で仕事だった。
寝なければならない。この日の当番は母。
いろいろと考えながらも、わたしは自室に戻った。

21時ごろ、母が私を呼んだ。

彼が痙攣している。
ひどい発作ではないけど、頭がぶるぶると震えていた。手足は震えていない。
わたしは慌てて彼に駆け寄った。
緊急用にもらってきた鼻から入れる発作の薬を入れるか迷って、今日行ったほうの病院に電話をする。
すると、先生は「薬を入れたら、もう目覚めないかもしれない。」と言う。
「そのほうがこのこは楽ですか。」ときいたら、「長く苦しむかもしれないから、本当に発作になるまで入れないほうがいい」と。
電話をきり、そのまま見守ることにした。
こうちゃん。もう返事がない。ぶるぶるふるえているだけ。

ほんとうにもう寝なければ、とおもったけど、もう、明日、こうちゃんには逢えないのかもしれないと、この時はっきりと思った。

ふるえる彼の横に膝をついて、抱きしめて、撫でて、マズルにキスをして、あいしてるよとつたえた。
あいしてる。一緒にいてくれてありがとう。こうちゃんのおかげでたのしかった。大好きだよ。

今伝えないといけない気がした。


そして、その予感は正しかった。



その日



朝7時に起きたら、もう彼の顔には白いタオルがかかっていて、
体にはベージュの毛布がかかっていて、
上に保冷剤が4つ5つおいてあった。


あ、と思った。


こうちゃん、死んじゃったんだ。
母が こうちゃん、死んだよ。1時45分。といって、ほんとに逝ってしまったとわかった。



こうちゃん。
こうちゃん。

呼びかけながらタオルを取ったら、もう彼はかたくなってた。
目が少しあいてて、こわかったけど、口が閉じていたのはほっとした。昨日痙攣発作がおきたあとは口も開いてて舌がべろんとでてたから。
撫でても、反応しない。
手をにぎるといつもはいやがって足を抜こうとしてたのに、肉球がすごくつめたいのがわかるだけ。


ほんとに逝ってしまったのだ。




しばらくしたら母が「こうちゃんを綺麗にしてあげよう」といったので、そこでやっとオムツをはずした。
そしたら、してた。(大)。
めちゃくちゃ出ててまたすこし泣きながら笑ってしまった。
母はかつて犬を飼っていた友達に「最後に黒いうんちがでるよ」と聞いてたみたいだけど、彼が最後にしたの綺麗な茶色で、とてもいいウンチだった。
こうちゃん最後にすっきりしたね。
そういいながら綺麗にした。
もうウエットティッシュを盛大に使ってもいい。全部使い切ってもいい。こうちゃんはいなくなってしまうんだから。
オシリの下も拭くために体の下に手をいれて抱きあげようとしたら、体の下はほんのりと温かかった。


こうちゃんは、さっきまで、いきてた。

さっきまで生きてた。

さっきまで生きてた!!!!!!!!!!!!!


こうちゃんはここにいた。
そうおもうと涙がとまらなかった。


よだれのあとも拭いて、彼を綺麗にした。
本当に綺麗な犬なのだ。



わたしはその日、仕事にいくつもりだったけど、休むことにした。
休みますとLINEをうつと、泣いてしまう。
職場は寛容だった。ありがたい。

9時に霊園が営業開始するというので、9時を待って父が連絡した。
燃えないものは棺に入れられない。首輪、ハーネスは金属部分があるのでだめだった。
首輪のかわりに、彼が夏場に保冷剤を入れて散歩していた赤いバンダナを首につけた。こうちゃんは赤が似合うね。
母が庭からあじさいを切ってくれて、家にあった薔薇を花束にした。
わたしはこうちゃんのふわふわの背中と、ぱりぱりしたしっぽの毛をすこし切らせてもらった。
黒柴の写真がついたジップロックに入れる。
こうちゃん。もうすぐこのからだはなくなってしまう。

12時に霊園の車がきて、ダンボール製のお棺をもってきてくれたので、彼を入れた。
彼のからだはほんとうに冷たかったけど、このときも体の下に手を差し入れるとほんのり温かいところが残っていた。また少し泣いた。
手足はピーンと伸びたまま硬直していて、せまい階段を下りるときすこしたいへんだった。
昨日、ほんの半日前、ぐんにゃりとして温かかったこうちゃんのからだ。

お棺に横たわらせたら、「でっかいな」とおもってたお棺なのに幅がぎりぎりだった。大きかったなあこうちゃん。
霊園の人がもってきてくれた花束は、白と紫のとてもきれいな花束で、白薔薇とアジサイを用意していたうちのとあわせてもとってもきれいだった。
彼が好きだったチーズのおやつと、鹿肉のおやつをいっしょにいれた。

もういなくなってしまう。

こうちゃんのからだがなくなってしまう。

いやだ。かなしい。さみしい。そう思いながらも、出棺は滞りなく終わった。



母はずっと「いやだなあ」といってた。こうちゃんがいないのがいやだ。
わたしもいやだ。

出棺のとき郵便ポストの上に白い薔薇があることに気付いた。
母の友達がいつのまにか来て、花を置いていってくれたようだ。
少し泣いた。

彼を乗せた霊柩車をおいかけるように、わたしたちは家を出た。
霊園におまいりの下見に行くのだ。
はじめて行った霊園は、こぢんまりして、彼が入る予定の合同墓所には烏がいた。
普段、烏はきらいじゃないけど、ここにいるのはいやだった。
こうちゃんのおやつをとったらゆるさないからね。

帰りにホームセンターで60万円の柴犬の子犬を見た。
とてもかわいい、ちいさい元気ないのち。
でも、こうちゃんじゃなかった。
こうちゃんがいい。
こうちゃんに逢いたい。
こうちゃんじゃないといやだ。



家に帰っても、こうちゃんはいなかった。
霊園にいっていた間にまた母の友達がきて、お花をおいていってくれたようだ。みんな優しい。

彼のいなくなった簡易ベッドを片付けたら、膿のおしっこの匂いがして、彼がさっきまでそこにいたのを感じた。
でも、もう、いないんだ。
床に張っていた滑り止めのシートや、トイレシートを全部はがして、燃えるゴミと燃えないゴミにいれる。
彼が生きていた居間が、片付けられていった。

ひと段落して休憩したあと、霊園で買ったお骨いれのキーホルダーに、彼の毛をつめた。

夜ごはんはそうめんだった。
彼が食べるはずで、食べることなく終わった鶏の手羽元を煮たものを、みんなで少しずつたべた。
パサパサで、おいしくなかった。
最後にアイスとか、生クリームとか、おいしいものを食べさせてあげられなかったことだけが心残りだね。と母と話し合った。
さいごに、、、なんて思わないまま、逝ってしまったから。
食べさせてあげたかったな。鶏肉とかじゃなくて。

ずっと泣いていなかった父が、寝る前になって急に泣いた。
「今日は僕の担当だったんだ、」そういったあとに何か言ってたけど、ききとれなかった。泣いてた。
父はあんまり犬が好きじゃなかったけど、
やっぱり彼のこと、愛してたんだ。
そうおもったらすごく嬉しくて、悲しくて、また泣いた。


今日はキーホルダーになってしまった彼の分身といっしょに寝る。

こうちゃんのいない日々がはじまる。

もう、こうちゃんは、いないんだ。






わたしはその日、あまり眠れなかった。

もう寝てもいいんだ。
途中で「起きられない!起こして!」ってジタバタして鳴くあのこに起こされたりしない。
でも、寝てもいいとおもうと、余計眠れなかった。
もっとずっと彼といっしょにいたかった。
介護はしんどかったけど
しんどかったけどまだ一緒にいたかった。

彼がいなくなる直前までやっていた、その場でぐるぐると歩き回る癖を思い出す。
もうひとりではほとんど立てないから、わたしが彼の左側に立つ。彼はわたしの足を支点にして、左回りにぐるぐると回る。
転びそうになると、彼の補助着についてる取っ手をつかんで、転ばないように引っ張る。
オムツはずれてない?確認する。
暴れすぎると、おむつから溢れたおしっこをふりまいてしまう。

誰もいない居間に来て、わたしは居間でひとりぐるぐると回った。
彼がいないから、ひとりで回る。
誰かが当番でおきているときは、必ずついていた居間のテレビが消えている。
真っ黒な画面にはわたしがうつっていた。
もしかしてそっちの世界にはこうちゃんがいるんじゃない?
わたしはしばらくテレビにうつる世界の中に、黒い愛しい犬がいないか探した。

もちろん、わたしはひとりだった。


居間には彼が若い頃に写真家さんに撮ってもらった写真が、額装して飾ってある。
その真下に、いただいた花たちと、ちいさな写真立てにはいった彼の写真。
そして、彼がずーっとつけていた首輪がおいてあった。
わたしはしばらくそれを眺めて、泣いた。



次の日



翌日、日曜日は納骨らしかった。

ただ、彼は個別葬ではなく、合同葬を選んだので、納骨の儀式などはなにもない。
昨日の夕方ごろに彼のからだは煙と灰になっていて、日曜日の午前中に納骨されるとのことだ。

その日もわたしは仕事の日だったけれど、いけそうにもないので休んだ。
昼過ぎ、納骨が終わっただろう時間に一度お参りにいくことにする。
その日は都知事選挙があったのもあり、投票もかねて、祖母も一緒に行った。
母が庭のカサブランカを切って、花束にした。うちにあった花だよ。こうちゃん。
きみはお庭のこと、あんまり気に入ってなかったみたいだけど。
買うよりもうちのお花のほうがいいよね。

まずは霊園に行った。
予想よりも小さい合同墓所をみて、祖母はあんまり気に入らないようだった。
墓所の周囲にはりめぐらされている、数多のかわいがられていたペットのプレートを見て、どうしてもこれを作ると行った。
忘れていたけど、祖母も若い頃のこうちゃんの散歩に行ってくれたことがあるのだ。
祖母は祖母なりに、きっとかわいがっていたのだろう。
花束をそなえて、手をあわせる。
全然実感がなかった。

その日も天気は微妙で、傘を持っていったけど、開くことはないくらいの微妙な雨だった。
移動して、投票を済ませて、帰る。

帰っても、彼はいなかった。
ピンポンを鳴らすと元気よく吠えて、迎えるでもなく迎えてくれたあのこはもういない。
全部のドアをあけはなしていたって、階段を駆け下りていってしまうあのこはもういない。
階段の滑り止め。
いっぱい買ったオムツ。
足ふきシート。
彼のための仕事のシフト。彼のための道具。
全部もう、不要になってしまった。

きみのいた名残が、どんどんなくなっていく。

彼が最後まで着ていた補助着は、何度洗っても膿のおしっこの匂いがして、悲しいけどそれに安心した。
こうちゃんは、ここにいたよね。


アルバムを母とみていたら、旅行先でとった写真に目をうばわれた。
いぬと一緒に入れる焼肉屋で。
彼とわたしが一緒に映っていた。
普段、あまり写真に撮られるのが好きではないから、わたしの写真はほとんどない。
でも、このときは油断しているところを母に撮られていたようだ。

写真の中で、彼はわたしの顔をじっ、と見つめていた。

彼がわたしを、
彼がわたしをみていた。

わたしはこうちゃんと同じ時間をすごしていた。
わたしはいつだって彼を愛おしく眺めていて、彼はそんなことどうでもいい、という風にあっちを向いていたけれど。
彼がわたしを見ていた。
その目にわたしをうつしていたんだね。
そう思ったら、また泣いた。


日曜日は私が徹夜の当番だった。
もうしなくてもいい。
おかしいね、全然解放されたきもちにならないよ。
きみに逢いたい。
どんなに大変でもいい。
こうちゃん、きみに逢いたいよ。



そのあと


火曜日から仕事に復帰する。
わたしはその前に、彼の写真を9つ選んで、3つずつ横に並べた画像を3セット作った。
ラミネートして、財布に入れていくのだ。
財布には、こうちゃんの毛を入れたキーホルダーが入っている。
それと一緒に入れておこう。
いちおう、母と父の分も作る。なので、3つ。いらないといわれたらわたしが持つつもり。
裏の画像は全部いっしょだ。こうちゃんと一緒にそらにいった、赤いバンダナをつけている写真がある。
こうちゃんの後ろには、綺麗な虹がかかっていた。
われながら、いい写真。
職場につく前に、セブンイレブンのネットプリントで印刷した。
職場では、案外泣かずにいられた。(何度かあぶなかった)

仕事を終えて家に戻り、父と母に見せると、二人はすんなり受け取った。


水曜日、長いつきあいのフォロワー(もう、友達だ)から花がとどいた。
驚いた。ピンクのアレンジ花で、「こうちゃんは彼女にとってピンクのイメージなのかな?」と思いながら、LINEでお礼を言った。
すると、「いつも桜と一緒に写真を撮ってたからそれが印象的で。いまの時期は桜がないから、桜をイメージしてピンクにしました」とかえってきた。

桜が好きで、毎年必ず彼と花見に行った。
彼は花にはまったく興味がなかったけれど、彼の黒くてツヤツヤの毛皮に桜がとても似合っていた。
たいせつな、たいせつな、たいせつな思い出。

ぼろぼろに泣いた。ありがとう。


木曜日の夜、ふいにピンポンがなった。
何かとおもうと、いつも行ってるほうの動物病院の先生から花が届いたのだった。
いつもの読みにくいきたない字のカードがついている。
「幸太くんもご家族様もよく頑張りました。元気にしてあげられなくて申し訳ありません」。
せんせい。
泣かせないで。

最後に彼を連れて行ったのは、別の病院だった。ちょうど、このいつもの病院が午後の休診時間だったのだ。
不義理をしたようなものなのに、こうして彼を気にかけてくれている。
ほんとうにありがとう。

彼の写真まわりには花がいっぱいになった。
フォロワーさんからたくさん彼に対するお言葉をいただき、優しいDMもいただいた。
しあわせものだね。こうちゃんも。わたしたちも。

彼を覚えてる人がいるのが、こんなにも嬉しい。


初七日



金曜日。もう初七日。
きみがいない日々がどんどん過ぎていく。
法要は、7の倍数で行われていく。次の法要もきっと金曜日だ。
わたしの休みの曜日にしてくれたの?やってくれたな。こうた。

個別葬にもしなかったし、初七日法要だけはしよう。そう決めていたので、前日に申し込んで法要をしてもらった。
時間は17時から。そこしか空いていなかった。
最初に下見をしにきたときから、霊園にはわたしたち以外の人が何組もいて、新しい花もたくさんあった。
逝ってしまったのはこうちゃんだけじゃないんだ、と気付く。
いまもたくさんの人が愛するペットのために泣いているのかもしれない。
みんな、しあわせだったかな。
こちらのわたしたちはきっと全員、きみたちのおかげでしあわせだったよ。
どうかみんな、やすらかでありますように。
いまも生きているみんなは、引き続きしあわせでありますように。


法要が遅い時間だったので、すこしはやめに家をでて、役所にいった。
彼の死亡届を出すのだ。
窓口にはすぐ呼ばれて、父が「犬が死んでしまったので」というと、職員の方はきちんと「ご愁傷様でございます」と言った。
1枚の書類に、わたしが記入する。
それを渡すと、もう、終わり。彼は社会的にも死んだことになってしまった。
あんまりにもあっさりしていて、何の感想も出なかった。

バスで霊園に行く。
母がまた庭の百合を切ってくれていたので、先にお供えにいった。
納骨の日に持ってきた百合がまだあった。ちょっと、枯れかけていた。


ロビーで待っていると、わりとすぐに呼ばれた。
ちいさな部屋に案内されて、法要がはじまる。
お坊さんがお経を唱えている間、わたしはずっと彼に話しかけていた。

あいしているよ。
でも、あいしているから、ここにとどまっていなくていいからね。
天国で、幸せになってね。
おじいさんのこと、よろしくね。
もしよかったら、むこうでわたしのこと待っていてくれる?
あ、でも、生まれ変わってもいいよ。
わたしのところにきてくれる?
つぎの犬を飼ったとしても、ゆるしてね。
あなたのこと、いちばんあいしてる。
きっと次の子のことも愛するとおもうけど、それは、こうちゃんがかわいかったから。
あなたを愛したから。あなたがすごく、いとおしかったから。
また犬と暮らしたいな、と思うんだよ。
またあなたと会いたいな。
そっちにいてくれるなら、死ぬという恐怖がすこし、やわらぐよ。
でもこうちゃんがさっさと生まれ変わりたいのなら、そうしてもいいよ。
こうちゃんのしたいようにしていいよ。
しあわせでいてね。
あいしてるよ。
あいしてる。

お経の中で、こうちゃんの本名が読み上げられた。
そのとき、仏壇にあった2本のろうそくの、右側の焔が激しく揺らいだ。

こうちゃん、そこにいるの?
お返事をしたの?

泣かずにいられるとおもっていたのに、そうおもったらぼろぼろ泣いてしまった。

そのあと、順番に焼香をして、最後に父が焼香をして座るときに、今度は左の蝋燭の焔が揺らいだ。

人が動いたから、空気が動いて揺らいだだけ。
ろうが固まっていたのが動いただけ。
そうかもしれないけど、わたしは やっぱりこうちゃん、きてるんだ と思った。
一緒にお経を聞こう。
こうちゃんのためのお経だよ。
そしたら、ちゃんと、おそらにいってね。
わたしたちは、だいじょうぶだよ。

あいしてるよ。
永遠にあいしてるよ。
伝わっているよね。そこにいるもんね。
わたしのかわいい、かわいい犬。
たったいっぴきのきみ。
世界一愛してる。


霊園を出たら、雨が降っていた。
その日は曇りの予報だったのに。
きみがきていたから、降ったんでしょう。
ほんとうに雨男なんだから。



日常



胸が締め付けられて、緊張しているときみたいに苦しくて、なかなか眠れない。
そんな期間は、ほぼ1週間でおわった。

今日もわたしは朝起きて、仕事にいって、三食食べて、ちゃんと寝て、ソシャゲもして、楽しく笑ったりしている。
あのこがいない日常がどんどんと積み重なっていっている。

でも、
朝起きたとき。
家に帰ったとき。
あのこがいない、といつも思う。
彼と一緒に撮った花が咲くたびに、あのこがいない、とわたしは思うだろう。


そろそろ泣かないで話せるかなと思えるようになった頃、2つの病院にお礼に行った。
お察しとはおもいますが、結局泣いた。
痙攣の夜に電話に出てくれた先生は、あのとき薬を入れなくてよかった、と言った。
あの時、薬を入れていても、入れていなくても、きっと彼はそのまま逝ってしまったとおもうけれど、
もし薬を入れていたら、「わたしが薬を入れたせいで」と思ってしまったでしょう。
だから、よかった。とても頑張りましたね。こうちゃんも、ご家族も。
そう言ってくださった。
そんなふうに考えてくださっていたなんて。ほんとうにありがたい。

あの夜の当番で、彼を看取った母は、痙攣している彼をずっと見続けていたのだ。
彼は最後、ひとりではなかった。わたしはそれにとても感謝しているけれど、きっと母はつらかったろう。
あの夜に迷った末に自室で眠ることにしてしまったことを、わたしは永遠に忘れないと思う。
そのときはほんとうに翌日仕事にいくつもりで、彼ももう少し頑張ってくれるとおもっていたので、後悔とはすこしちがう。きっとこの日を何度繰り返しても、わたしは自室で眠ると思うのだ。
先生のおかげもあって、わたしたち家族はだれも、「わたしのせいで」とは思っていない。
精一杯彼を愛し、彼に尽くすことができた。
本格的に介護をしたのは3ヶ月ほどだけど、1年前くらいから彼は衰えを見せていて、わたしたちは彼がいなくなってしまう心の準備を充分にすることができた。
それでも悲しいものは悲しい。そういうものなのだ。

ただ、最後の夜に、あのこに伝えたありがとうと愛しているが、
あのこに届いているといいのだけれど。



覚書



よく使っていた道具たち

・Petio 老犬介護用 補助機能付ベスト Lサイズ
・Petio 老犬介護用 補助機能付ベスト LLサイズ

LだとちょっときついのでLL買い直しました。あとついている取っ手部分が小さくて、人間がそこを掴みながら補助すると中腰になって腰が死ぬので、母が長い幅広の丈夫な紐(テープ?)を縫い付けて立ったままで補助ができるように改造していました。

・Petio スマイルワンペット用シーツ90枚ワイドサイズ
・ユニ・チャーム マナーウェア高齢犬用 Lサイズ(中型犬)
・ムーニーエアフィット テープタイプL(人間の赤ちゃん用)

※柴犬♂10kg前後

犬用のオムツ(ユニチャームの)は性能はいいんですが高価なので毎日何度もオムツを替えるのは不可能
申し訳ないですが赤ちゃん用を使わせていただきました(しっぽ穴をあけて使う)
ペットシーツもとにかく枚数があるやつチョイス。吸収力は微妙です。
一瞬しか使わなかったけど(導入が遅かった)暴れておむつからチンが飛び出してしまう場合は胴に巻くタイプのマナーウェアをW使いすると便利でした。
余談ですが安いスーパーさんで大量にオムツを買った2日後に彼は星になったのでした
もーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!


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