「今日のアンタも可愛いわよ。アタシが言うんだから間違いないさね」
翔真さんとのデートで目一杯おしゃれしたPさんと、やられちゃった翔真さんのお話です。
@toasdm
どんなのが、好きなんだろう?
そんな小さな、素朴な疑問が「やってみようかな」というきっかけになって、気がつけば、ヘアアクセ、メイク、服はもちろん下着に至るまで、彼女は一通り買い揃えてしまった。気になったことを気になったままで放置できない性分は、どうやらこんなところでもきっちり仕事をするようだった。シャワーを浴びて髪を乾かし、おろしたての下着を身に着けて、彼女はルームウェアのままメイクを始めた。
「うーーー、ん……?」
こうかな、こうかも、こっちかな、とネット検索で見つかったメイク動画と鏡とを見比べながら、彼女の手探りが始まる。普段仕事のときはアクティブなパンツスーツに合わせてシンプルでナチュラルな、必要最低限のメイクしかしない彼女の肌は、突然の爆盛フルメイクに驚いているのか、なかなか馴染んでくれないような気がした。
「……痛っ、たた……」
力入れすぎたかも、とまつげをくるんとカールさせたビューラーに引っ張られて、まぶたの薄い皮膚が悲鳴をあげるようだった。彼女の気合をそのまま変換したような少し強めの力でカールしたまつげは、しいていうなら「バッチバチ」と効果音をつけたくなるような上がり具合だった。明るめのブラウンアイシャドウをのせた目元に、少量ののりをつけて少しだけ乾かしたつけまつげを乗せると、彼女の右目だけがやけに主張が強い「圧」を放つようだった。へんじゃないかな、と両方のまつげをマシマシに増して、クリアカラーのマスカラで馴染ませる。普段は何の変哲もないシンプルな眼鏡をかけている瞳には、濃いめのブラウンで縁取りされたカラーコンタクトレンズを入れる。ちゅるんと潤んだ瞳は、瞳孔が縁取りのブラウン分大きく見える。
「…………うぅん?」
これは、盛りすぎなんじゃないかな、という違和感をどうにかこうにか振り払いながら、チークを耳たぶにもちょんちょんと乗せ、どちらかというと平坦な顔貌に、ハイライトとシャドウとで立体感を加えていく。くるん、くるん、とヘアアイロンで癖付けをしたふわふわの髪の毛をねじり、華奢なバレッタでパチンとまとめて、ハンガーにかかったギンガムチェックのワンピースに着替えて、ふぅ、と深呼吸。
「………………おぉ?!」
姿見に映ったのは、思いっきり着飾った自分だった。
「やっぱ、別人ーってわけにも、いかないよね……」
姿見の中の着飾った彼女が、くすくすと笑う。でも、たまにはいいかな、と前向きな気分になれたのは、翔真が彼女に贈ってくれた香水の香りのせいだった。
「ん、よしっ」
ワンピースのカラーに合わせたサンダルと、それからバッグ。一歩外に出た彼女は、夏の日差しの中目一杯のおしゃれをして胸を張って歩いた。
「……」
「あ、の……」
紫外線はお肌の敵ヨ、とカフェでの待ち合わせを指定した翔真は、そんな着飾った彼女をみるなり黙り込む。やっぱり、こういうの好きじゃないのかな、と落ち込みそうになった彼女の髪から、翔真が見立ててくれた香水がふわりと香って彼女の背中を押す。椅子にかけ、無言のデートの始まりに内心冷や汗をかきながら、彼女はぐっと握りこぶしに力を込めて俯きながら、ちら、と目線だけを上げて翔真に問いかけた。
「か……可愛い?」
「なッ――」
「へ!?」
そんな翔真の声も反応も、彼女は初めてだった。いつも優雅に、どんと構えて、似合うものは似合う、似合わないものは似合わないとはっきり言ってくれる翔真の口から、しかし否定の言葉も肯定の言葉も出てこない。代わりに飛び出した驚嘆の音に、彼女の方が驚いてしまう。
「あのっ、翔真さんが、どんなの好きか、わからなくて、私なりにがんばったっていうか、たまにはめいっぱいおしゃれして、翔真さんとデートしたいな、って思って、その、服とか全部私基準なんですけど、可愛いって思うものを選ん――」
「よしとくれよ、そんな、はぁっ……」
美しく豊かに波打つ髪の毛を揺らして、翔真は天を仰いだ。ああ、と漏れてきたため息は落胆している様子もなく、どちらかと言うと――。
「あの……翔真、さん?」
「なんだい」
「……照れて、る?」
「当たり前さね」
絞り出すようにそう言ったきり、翔真は黙って彼女を見つめる。じぃ、と熱の視線に焼かれて彼女も、気恥ずかしさで目が泳ぐ。
「可愛く、できました?」
「なんだっていいわよ」
それは投げやりではなく、降参のようなニュアンスだ。たおやかに微笑んだ翔真の頬には、少し赤みがさしている。
「参っちゃうわ、そんな――可愛い?なんて聞かれて、面食らっちまったよ」
「……うん?」
運ばれてきたアイスティーに口をつけて、翔真は喉を潤す。もう一度、じっくりと、大変身した彼女の姿を目に頭に焼き付けるように見つめて、にっこりと、陽の差すような暖かい笑顔で言った。
「若さや性別の上に胡座かかずに、目一杯努力して着飾ったアンタが可愛くないわけないだろう?」
それになんだい?とニコニコと彼女の頬をつつきながら、翔真は続ける。
「可愛い?って聞かれただけであんなにクるなんて、アタシ思わなかったわぁ……キュンときたよ」
「う、うぇ、あ、ぅ……」
真正面から手放しに褒められて、途端に彼女は、自分のしたことが割と大胆寄りなことだと理解しはじめる。まごつく彼女をからからと笑って、翔真はうっとりと彼女の頬を撫でた。
「今日のアンタも可愛いわよ。アタシが言うんだから間違いないさね」
も、って、言った。
今翔真さん、も、って、言った――!
言葉尻ひとつで、彼女はなんだか、全世界に受け入れてもらえたような心地になる。えへへ、と照れ笑いをする彼女の仕草やおしゃれしてデートしたいといういじましさに、翔真はすっかり骨抜きになる。
やられちまったよ、と笑う翔真の幸せそうな顔は、とにかく満足そうで、どこか誇らしそうでもあった。