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1998年9月

全体公開 10217文字
2020-07-29 09:06:23

16歳と4ヶ月。

Posted by @erindyll

「好きよ」

 何かを失うことと同じくらい、知ってしまうということも取り返しのつかないことだ。
 その言葉を聞いて、思い出した記憶がある。
 知らないことが幸運な場合もあることを、私は確かに知っていた。

「なにが?」
「わかってるでしょ。お願い、誤魔化さないで?」
 これは私がまだ生意気で。
「貴方が好きなのよ」
 素直に魔法使いに憧れてた頃の話。
 
 
 
 
 
夜明けの時代5 ジャムプレイス
short story 「1998年9月」
 
 
 
 
 
 透けた橙色の立方体。
 手に持って傾けると、光が面で反射してきらきらと光る。
 ため息は出そうで出なかった。
「聞こえてる?」
「わああっ」
 後頭部にコツンと何かをぶつけられて、素っ頓狂な声を上げる。
 少し上擦った声が出たのは、彼女の呼びかけが聞こえないくらいに私が上の空だったからだ。
「変な声」
「コーラ……
 不満気な表情を隠そうとせず、友人で姉弟子な彼女を睨む。
 そこにはほんのり湯気の上がるマグカップを二つ手にしたコーラが居た。
 コーヒーの香りだ。
「何?」
「辛気臭い顔して、なにしてるのよって」
「なんでもいいでしょ。杖どんな形にするか考えてたの」
「腕輪の? 杖やめとけば? 杖の扱いすごい下手だったじゃない」
 自分の杖で足引っ掛けて転んでちゃ世話ないわ。と言ってコーラはこちらに何も聞かずソファ……、私の隣に腰掛けてきた。
「はい」
「どうも」
 コーラはマグの一つを私に差し出す。
 黙って受け取って口を付けると、ダイレクトな酸味と苦味が口の中に広がった。
……ブラックじゃん」
「砂糖・ミルクはお好みで」
 自分は大人だと言いたげにコーラはブラックコーヒーを飲む。……いや、これはただの偏見だな。
「マコって」
 いつもさらさらと喋るコーラにしては、間が多いなと思った。
 ひとつひとつの単語の区切り、それがほんの少しだけ長い。
 僅かな差異だが気付けたし、ふと気付けるくらいに彼女と会話を重ねてきたのだと思う。
 コーヒーに向かって苦いと内心文句を言いつつ、ちっぽけな見栄と意地で私はそのままブラックを飲み続けた。
「他所行きの服って、どんなの着るの?」
「"他所行き"ぃ?」
 耳を疑った。
 とまでいくと大袈裟だが、普段のコーラからは考えられない発言に私はさぞ驚いた。
 この優秀な姉弟子は、大学の数学科を卒業してもう一度高校生をしているのかってくらい合理的価値観に偏っている。
 つまり、彼女の口から見た目に関する話題を聞くのがそのくらい珍しいということだった。
「"他所行き"ってなによ、"他所行き"って。私よりコーラの服装の方がよっぽどどこに出しても恥ずかしくないから」
 気にすることないわよ。と言う私に食い気味にコーラは続ける。
「ファッションとかトレンドとか、そういうのはマコの方が詳しいじゃない」
 別にコーラはお嬢様ではない。
 話の通じない宇宙人でも、エキセントリックな変人でもない。
 堅物というほど偏屈ではないが、私を含めた世の中のいい加減な女子高生と比べると、いささか真面目だった。
「別に私も詳しかないわよ」
「それでもマコなの。だって、こんなこと相談できる友人なんて貴女くらいしかいないもの」
…………
 コーラとは下校中にスタバの新商品の話もするし、その日の体育の内容に関して文句を言ったりだってする。
 でもいつだっておしゃべりは私からで、彼女は興味深そうにこちらを見て、うんうんと嬉しそうに相槌を打つんだ。
「ほんとどうしたの、コーラ?」
 昨日のことが気になってたのもあった。
 今思うと、この時の私も過敏だったのかもしれない。
 つまり反応や挙動、動きが大袈裟で、わかりやすかったのではないかって。
 だから私は素直に「どうしたの?」なんて訊ねてしまう。
「遅い思春期」
 するりと答える彼女に、肩透かしを受ける。
 真意が読めない。
 思春期って……。と呆れたように私が復唱していたら、コーラはずばりと切り込んできた。
「可愛いって、思ってもらいたい相手がいるの」
 口に運ぼうとしてたマグカップがぴたり止まる。
 コーヒーを飲んでなくてよかった。口に含んでいたら咽せてしまっていたかもしれない。
 しかしその心配は杞憂だった。
「知ってるでしょ? 聞いてたなら」
「────っ!」
 コーラの告白を立ち聞きしてしまったのは、しっかりバレていたのだから。
「なっ……!」
 狼狽している私の様子をコーラは楽しそうに、というか実際に笑いを零しながら眺めている。
 驚きとばつの悪さで何も言えない私をじっくりゆっくり放って置いた後、やっとコーラは喋り出す。
「気付かれてないと思ってたの?」
「わざとじゃないわよっ!!」
「わかってるわよ。事務所の真ん中で告白してた私が悪いに決まってるじゃない」
「ならなんでそんなに堂々としてるのよ……
「だって、別に恥ずかしいことはしてないもの」
「うっ。……いや、恥ずかしくないの?」
「恥ずかしいわよ。でも恥ずかしいことはしてない。それだけ」
…………
 コーラに、舌戦で勝てた試しはない。
 そもそも、私はあまり舌戦で強いクチではないのだ。ジェットにも先生にもすぐに言いくるめられてしまう。
「ちなみにジェットも気付いてる」
「~~っ! なんでわざわざ言うのよ!!」
「わざわざ言わなきゃ、考えないようにするじゃない、マコ」
 くいっとマグカップを呷り、コーヒーを飲み干しながらコーラは平然と言う。ムカつく。
「だからさ、今度デートするの」
「っ」
 今日は、何度も驚かされる。
 だって急に、そんなにも哀しそうに言うから。
 彼女がマグカップをテーブルに置く音がことんと響く。
「一度くらいちゃんと可愛い格好して、普通の女子高生らしく見られたいって思うこと、私にだってあるのよ」
「コーラは、充分可愛いじゃない」
「私はずっと、マコの方が可愛らしいって思ってるけど」
「お互い様ね」
 痛みが。
 明確になってきた。
 昨日からずっと続いている胸の痛みが。
 本当はもっと前から続く苦しい痛み。
 私がこの痛みを嘆く権利は無い。
 彼女の想いを以前聞かされ、彼女の意思も受け止め、「応援する」なんて答えた私は傷付くことすら許されない。
 それでも今彼女がこんなにも私を見てるのは、彼女なりの誠意なのだろうと思った。
「なんて顔してるのよ」
「産まれて16年、この顔よ」
 そして彼女は、私のことが好きだ。
 自惚れとかではなく。
 私が今を変える勇気を抱けないくらいに彼女のことが大切であったように。
 彼女は私が好きだから勇気を抱いて踏み出した。
 私の姉弟子で同級生でかけがえのない友人。
 今どれだけ苦しくたって、コーライト・ウィステリアという親友を私は誇りに思える。
「デート、いつなの?」
「土曜日」
「なら木曜に買いに行こう。隣のモールで、可能な限り見て回ろう」
「ありがとう」
 そんな顔をしないで欲しい。
 コーラは瞼を閉じて、それからもたれかかるように私の肩に頭を乗せてきた。
 私はなんの文句も言わずに、苦くて飲みにくいコーヒーを飲み続ける。
 よくよく考えたら、私は酷いお願いをされたのかもしれない。
 いや、酷いな。冷静に考えなくても。
 それでも私が怒りを抱かないのは、自業自得をわかっていること。
 それと、「これでやっと楽になれる」なんて考えをしてるからだ。
 苦笑いをしたのは、コーヒーの味のせいじゃない。
「ねえ」
「なに?」
「マコがいてよかった」
「タダじゃないわよ。今度なんか奢ってもらうから」
「うん」
 結局私は、後日すごい腹を立てることとなる。
 この日、コーライトという女はなにもかも私を騙していたのだから。
 
 私が最後まで聞かずに逃げ出した告白。その続き。
 彼女はあの日、失恋していた。
 
 
 
 
 
 透けた橙色の立方体。
 手に持って傾けると、光が面で反射してきらきらと光る。
 ため息が出ることはもう無い。
「あっ。また見てる」
……綺麗でしょ」
「うん!」
 GPラジオの楽屋兼控え室。
 この世界に閉じ込められてから始めた新しい仕事。
 今回の仕事相手だった15も歳下の少年は、私の時空宝珠を見て目をきらきらと輝かせていた。
「もう一回見てみる?」
「いいの!?」
「収録中、気を遣ってそんなじっくり見なかったでしょう?」
「あっはは……やっぱりマコさんにはバレちゃうか……。それならお言葉に甘えて!」
 ネックレスとなってる留め具を外し、立方体状の指でつまめる程度の宝珠を海斗くんの手のひら上に乗せる。
 持ち主の私が何度見たって、サイコロみたいな見た目に大きさだ。
「わぁ……
 12歳の頃の私は既に素直じゃない小娘になっていたけれど、初めて先生と時空宝珠を作った時はきっと彼と同じくらい目を輝かせていただろう。
「やっぱり綺麗だよ。本当に綺麗」
「ありがと」
 番組の収録が終わった後、海斗くんと一緒に映写室や他のスタジオの「探検」をしてぐるりと回った。
 それも満足するまで終えて、この控え室に帰ってきたところだ。
「飲み物淹れるわね」
「はーいっ」
 彼の視線は宝珠を見つめたまま。
 角度とかを変えながら興味深そうに調べている。
 私は席を立って、最近少し味の良くなったレーベルのインスタントコーヒーを二杯分淹れる。
 海斗くんの分にだけ、砂糖とミルクを少々。
 この10年で、すっかりブラックを好んで飲む人間に私はなってしまった。
「はい」
「ありがと!」
 差し出されたマグカップを受け取り、時空宝珠を私に返す。
 私は向かいの席に腰を下ろす。宝珠を留め具で留めて、ネックレスをまた首から下げる。いつも通り、琥珀色の宝物は服の内に。
「ラジオ局も、あちこち見学させてくれてありがとうございました。俺、すっごいワクワクした!」
「でしょう? 自慢の職場よ」
「へへっ、もしもレコードレイドに入ってなかったら、ここの仕事手伝ってたかも」
「うふふ。それはそれは、とっても嬉しいわね」
 海斗くんは私に負けずお喋りだ。
 今回の収録も、実はカットされる部分は結構な量になるだろう。そのくらいお互い話が弾んだ。
 まだまだ話したそうな彼だったが、渡されたカップを受け取ってひとまず口をつける。
 そしたらほんの少しだけ、眉をひそめた。
……砂糖とミルク、足りなかった?」
「へーき! ちょっと熱くてびっくりしただけ!」
「火傷しないようにね」
 私も一口。
 ほっと一息。
 今日、収録の中で彼に時空宝珠を見せて、いろいろ懐かしいことを思い出したりした。
 当時の友人といまだに仲の良い私は、やはり人に恵まれてるのだろう。
「ねえ、海斗くん」
「なぁに? マコさん」
「アルバイト、してみない?」
「えっ」
 きょとんとした表情をこちらに向ける。可愛らしい子だ。
「うちの局、たまに臨時のアルバイトとかを募集することがあるんだけど、そういうのが出た時、海斗くんにも知らせるようにしようかな、って」
 この提案をしてみたのは思いつきだ。
 でもこの局はそれこそケンケンさんの思いつきで回ってるようなものだから、このくらい全然問題ない。
「どう? 興味があるならだけど」
「する! すっごいする!」
 食い気味に机に身を乗り出して彼は良い返事をくれた。
 私はそれが可笑しくって、つい笑ってしまう。
「っと……。えへへ、ワクワクしちゃってつい」
「わかったわ。募集が出たら知らせるから、レコードレイドの仕事がない時とか是非おいで」
「うん!」
 魔法を学んで。
 魔法に憧れ。
 魔法に失望して。
 魔法から離れ。
 今、ここにいる。
 昔を思い出すと、やっぱり不思議だ。
 彼のような期待に溢れた子には、私も大人に映っているのだろうか?
 昔の私に、今の私から伝えることがあるならひとつだけ。
「私は、今の私のことが結構好きだ」
 捻くれてた頃の自分も悪くないけどね。
 
 その日、お互いのカップが空になるまで、私は元気な少年とお喋りを楽しんだ。
 
 
 


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