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ある日のアイドル(1)

Posted by @alter_r8
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2020-07-29 11:54:22

"白羽咲"のマイルーム

部屋の中でマイルームキーを使用し、空中に投影された画面を見る。
追加した物も含め様々な機能が表示され、少し見辛い画面がそこに表示されていた。
その中から【空間の編集・拡張】機能を開く。
新たに表示された画面を操作して、ジャム・マネーを使って空間を拡張していく。
うーん。」
ある程度部屋の拡張を行ったところでジャム・マネーの残量を見て手を止める。
(部屋の壁や天井、床や設置物の分も考えるとこれくらいが限度かな?)
そう考えると部屋の拡張を終え、すぐに内装の変更に移る。
周りに合わせて同じものや違和感のない形になるように内装を変更して
「よし、大体こんな感じですかね。」
そう呟いてからふと、自分の周囲が薄暗い事に気付く。電気をつけ忘れていたらしい。
「ライトお願いしまーす。」
虚空にそう声をかける。すると、マイルーム中の電気が順番に点灯して部屋の全貌が露わになる。
自分がいるのは舞台裏の1DKの個人スペース。最初に支給された空間の内装を軽く整えただけの和室。
自身の右手にある和室に似合わない洋風のドアを開けると、広がるのは木の枠組みや無骨な照明が輝く舞台裏。
その舞台裏を通り、記憶通りに再現した舞台袖を通ると

広がるのは"舞台"。上京して初めてライブをした大きな舞台。
……を、模した空間。実際にはその大きさの半分程度しか再現されていない。
「うん、大きさが足りない以外での違和感はなさそうですかねー。」
舞台上から会場の中を見回す。特にテクスチャの貼り忘れや貼り間違い、欠けは見当たらない。
強いて言えば会場の高さの割に横の広さが足りていないくらいだろう。
会場の完全再現を目指した結果、先に高さを再現してしまったためだ。
とはいえ広さを再現できれば特に問題はない。割と満足のいく出来栄えだった。
「後は大きなモニターと演出用の照明と
広さが足りないのは元から分かっている。ので会場内に足りないもの、欲しいものを見て回ることで確かめる。
場内を歩きまわり確認するうちに、脳裏にまるで昨日の事のように上京後の初ライブの事が思い浮かんだ。

舞台袖での段取りの最終確認。手慣れた様子で落ち着いて説明するスタッフさんと、対照的な私達。
いつも以上に緊張した面持ちでぎこちない微笑みを浮かべるリーダー。
いつもみたいに柔軟体操をしようとして、いつもより体が硬くなってる雛子。
いつも通り平静を保っているように見えて、僅かに手を震わせてる凛。
私もきっといつも通りに振る舞おうとして振る舞えてなかったと思う。
でも皆、舞台ステージで歌い始めればそんなの気にならなくなって。
"みんな"との一体感が凄かった。
楽しくて、嬉しくて、お腹の底から声を出して、心の底から笑った。
そんな、かけがえのない思い出。

ズキッ、と目が痛んだ気がした。咄嗟に右目を押さえる。
分かってる。これは幻痛。もう治ってるはずの痛みだ。
押さえた手を離して、ゆっくりと目を開く。"真昼の星"というスキルで自動調整された視界が広がる。
取った覚えのないスキル。最初から存在し、データ的な意味はないけれど私を補助してくれているスキル。
……未だOFFにする勇気が持てないスキル。
……
ふぅ、と息を吐く。一度目を閉じて深呼吸し、目を開ける。
 私は弱い。
 分かってる。
 私は怖がってる。
 分かってる。
 けど。
 それでも。
 だからこそ、負けたくない。
口元が緩む。自然と微笑みが浮かぶ。

『良い事を教えようか、咲。』
『笑うんだ。』
『怖ぇ時こそ笑うんだ。』
『泣いてもいい、怒ってもいい。』
『怖がっていい、恐れていい。立ち止まっていい。でも逃げちゃあダメだ。』
『逃げちまったら"そいつ"はどこまでもお前を追っかけてくる。』
『だから逃げるな。』
『負けてたまるか!って、笑って迎え撃ってやれ。』
にっ、としわくちゃの顔に強気な笑みを浮かべて、おじいちゃんが私の背中を強く叩く。
『世の中な、笑ってるやつが一番強ぇんだ。』

ぐっ、と拳を握り、舞台に向けて歩き出す。
今はまだ怖いけれど
大丈夫だよ、おじいちゃん。
私、すっごく負けず嫌いなんだから。


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