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[雨P♀]罪を憎んで人を憎まず

全体公開 1921文字
2020-07-29 18:04:05

「お前さん傘持ってっただろ」
「雨彦さんだって、持ってったんじゃないんですか!?」
傘盗まれてずぶ濡れ帰宅した雨彦さんとPさんのお話です。

Posted by @toasdm

「あ」
「お、っと」
 自宅アパートの手前五十メートル。ずぶ濡れとずぶ濡れは、お互いを指差して少し笑った。
「お前さん傘持ってっただろ」
「雨彦さんだって、持ってったんじゃないんですか!?」
 土砂降りとしとしとの中間地点から、少し土砂降りに傾いたような本降りの雨。二人はとにかく家へと駆けた。
「はぁ……
「ふーーー……
 まずは風呂だな、と手早くブーツを脱いだ雨彦が、脱いだ靴下を洗濯機に放り込みがてら湯を張る。お前さんはそこで待ってな、とついでに脱いだシャツも洗濯機に放り込んでから、濡れた上半身にタオルをひっかけ、玄関の彼女にバスタオルを持ってくる。すみません、と受け取った彼女が目線を逸した理由を、雨彦はあえて追求しなかった。
「やれやれ……
 がしがしと髪を拭きながら、雨彦は少し濡れてしまった床に雑巾モップをかけてきれいに拭く。お前さんが帰ってくる前に戻ろうと思ってたんだが、とずぶ濡れの彼女をちらりと見ても、濡れて透けて大変なことになっているでもなく少しほっとして胸をなでおろす。
「雨彦さんは?」
「ああ、そこのコンビニにちょっと、な」
 オフの日の雨は天からの、ゆっくりしなさいというアドバイスと受け取った雨彦は、一日の大半を自宅でゆっくり過ごしていた。ちと小腹が減ったな、と向かった時には差していた傘は、入り口のスタンドにかけて買い物をして出た時には誰かが持っていってしまっていた。
「あー。ビニール傘って盗まれやすいですもんね」
「罪を憎んで人を憎まず、ってな。今の俺みたいに濡れて帰れなきゃならなかった奴が一人減った、と考えりゃ、そこまで胸も痛まないさ」
 彼女から濡れた荷物を受け取ると、雨彦はひとまず洗面台に置いてくる。ジャケット濡れちゃった、と言う彼女から災難の分重たくなったジャケットを受け取ると、とりあえずは、と雨彦はそれをハンガーにかけた。
「だが」
 もう一枚、今度は大きめのバスタオルを持ってきて彼女を包み、雨彦はバスタオルの上から彼女を優しく抱きしめる。
「お前さんまでずぶ濡れな理由はなんだい?」
「あはは……いや、あの、実は私も駅ビルで傘を……
……ほぅ?」
 その雨彦の眼光の鋭さに、彼女は雨の冷えだけではない別な何かで身震いをした。
「ほ、ほら! ビニール傘って盗まれやすいで――
「どこのどいつなんだろうなぁ? お前さんの傘を盗んでいった不届き者は」
 百九十一の高みから見下されて、彼女はひぃ、と情けない悲鳴を上げそうになる。この人真顔になるとちょっと怖いんだよなぁこの高さだし、と固まる彼女は、慌てて雨彦の殺意を拭うように言う。
「罪を憎んで人を憎まずですよ!」
「知るか」
「ダブスタ禁止ですっ!」
「んっ!?」
 えい、と雨彦の首に腕を回して、彼女はうんと背伸びをする。引っ張られた彼女にやや強引に唇を奪われて、雨彦は驚いて、それから気の抜けたような顔をして笑う。
「もー、風邪引いちゃいますからとりあえずあったまりましょうよ!」
「そうだな……そうするか」
 雨の冷えの青の中、彼女が触れた熱の赤が残っているような唇に無意識に手をやって、雨彦は服を脱ぎ、私は後でいいですから、という彼女を半ば強引に脱がせて湯船に浸かる。冷えるとよくないぜ、と狭い湯船で彼女を抱きしめ閉じ込めながら、雨彦はぽつりと本音を漏らした。
「俺が濡れるのはかまわないが、お前さんが濡れるのは辛抱ならないもんでね」
「んー、そんなの、私だって一緒ですけど……
 ちゃぷ、とお湯の温かな音を響かせながら、彼女はぐるりと体を反転させて雨彦の方を向く。
「私だって、大事な担当アイドルが濡れて帰ってきたら、傘盗んだ人足の小指タンスの角にぶつけろ!くらい、思いますよ」
……っはは」
 お前さん結構面白い恨み方するんだな、と笑う雨彦は彼女を膝の上に抱き上げて、湯から出た肩に何度もお湯を掬ってかけてやりながらじっと目を見る。
「担当だからかい?」
……
 視線を外して、ちら、と斜め上目遣いに雨彦をみて、彼女が言う。
……好きな人、だからです」
「そうかい」
 たった一言が、盗まれた二本の傘の代わりに二人を悪意の雨から守る。
「罪を憎んで人を憎まず、か……
「そうですよ、濡れないで済んだ人が今日二人いるんですから」
 物は考えよう、捉え方次第だな、と苦笑して、雨彦は彼女にキスをする。こうしてのんびりお風呂に入ることができたのは僥倖か、と湯船の中で二人は同時にため息をついた。
「ぬくいなぁ……
「はい……
 幸せそうな吐息の背景音、洗濯機の回る音と雨の降る音はしばらく続いていた。


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