ター坊の片想いです。
2019年にクリア後に前のアカウントで公開してたので読んだことある人もいるかもしれません。
@aburami_b
本日の捜索対象は、黒猫だった。
八神探偵事務所に直接舞い込む依頼は、いなくなったペットや失せ物探しが大半を占めている。八神と海藤は朝早くからロクに食事をとる暇もなく神室町中を駆けずり回り、ようやく依頼を達成し事務所に戻った頃には既に十五時を回っていた。
海藤曰く、「猫一匹探すよりヤクザ百人ぶちのめす方がなんぼか楽」らしい。言い得て妙だと八神は苦笑した。
この広く入り組んだ神室町を何周したか知れない。二人の足は棒のようにカチカチに固まっていたが、休息を取るより先ず取るべきものは他にあった。
「さすがに腹へっちまったなぁ。ター坊、ラーメン食っていいか?」
食事だ。圧倒的にカロリーが不足している。
海藤は空腹に鳴く腹をさすりながら備え付けのキッチンを物色し始めた。八神は反射的に「いいよ」と答えたものの、すぐにその言葉を撤回した。
「あー、いや、ごめん。今ラーメン切らしてるわ」
いつもは壁の取り付け棚にカップ麺が積んであるが、そこはもぬけのカラであった。
海藤は念の為しゃがみこんでキッチン下の扉も開いてみたが、目当てのものはなく肩を落とす。面倒だがしかたないと、両膝をぽんと叩きながら重い腰を上げた。
「んじゃ何か買いに行くか」
「待った。確か冷蔵庫にカレーの残りがあったはず……」
八神が冷蔵庫を開けると、中にはカレーが鍋ごと鎮座していた。
「あったあった。冷凍ごはんもあるし、これ食おうよ」
「カレーかぁ。もしかして冨岡さんが作ってくれたのか?」
冨岡はこの部屋を格安で貸してくれているオーナーだ。彼女には居酒屋を営みたいという夢があり、いつか店に出す為の料理を作っては味見とアドバイスを求めて事務所の冷蔵庫の中に置いていくようになった。最初こそ奇天烈な料理が仕上がっていたが、八神のアドバイスが効いて、今ではまともに美味い料理に落ち着いている。
だが、このカレーは彼女の創作料理ではない。
「いや。これはさなちゃんが昨日作ってくれたやつ。二日目だし超うまいと思うよ。海藤さん、ごはんチンしといて」
「さなちゃん?」
カレーの鍋を火にかけ始めた八神を横目に、冷凍庫からラップに包まれカチカチに凍ったご飯を取り出した。そして僅かに眉をひそめながら逡巡する。さなちゃん。聞いた名前だと。
「確かお前のガールフレンドの一人だよな? シンガー……なんだっけか……そうだ、シンガーソングライダーとかいう」
「シンガーソング 『ライター』ね? 単車乗っちゃってどうすんの」
苦笑混じりに揶揄する八神に、海藤はムッと口をひん曲げる。
「うるせえな。そんな事よりお前まだ続いてたのか? 真冬ちゃんってモンがありながら四股ってのはさすがに感心しねえぞ」
八神には微妙な関係を残したままの真冬とは別に、4人のガールフレンドが居た。恵まれた容姿に加え社交性もあり、マメで、細やかな気配りもできる男だ。そして何だかんだと面倒見もいいため当然モテる。女性関係はほぼ切れたことがない。
「まぁお説教はいいからカレー食おうよ。俺も腹減っちゃってさ」
「でもそのカレー、さなちゃんとやらがお前の為に作ったモンなんだろ? 何だか俺がそれ食うのも気の毒になってくるぜ」
「いやいや。アンタそんな繊細じゃないでしょ」
「あのなぁ、俺はこう見えても意外と女心ってやつを大事にしてんだぞ」
「え、マジ? 海藤さんて女心持ちあわせてんの?」
「俺に女心があるんじゃなくて、女の子の女心を大事にしてるってこった!」
「わかってるって。ちょっとおちょくっただけだよ」
のらりくらりと女性関係の話題から逃れようとする八神に、海藤が次に口を開く前にレンジが鳴った。その音に気を削がれ、いったん話はそこで途切れた。
カレーは美味かった。空腹も手伝い、食べあげるのに数分とかからなかった。普通に市販のルウを溶かしただけではない、なんらかの隠し味があるのだろう。海藤の舌ではその正体まではわからないが、少なくともこだわりは感じられた。同じだけ、きっと愛情もこもっているのだろう、とも。
食後の一服をしながら、海藤はソファにもたれ、正面に座りスマホを弄っている八神を注視する。カレーの彼女にメッセージでも送っているのだろうか。
普段外食やカップ麺ばかりの八神に料理上手な嫁さんができれば、海藤としてはそれはそれで安心できる。できれば真冬とヨリを戻してほしいと思っていたが、正直なところ海藤にとって一番に願うのは八神自身の幸せだ。相手は誰でもいいというと語弊はあるが、この、カタギでありながら極道者以上に凄絶で悲運な人生を歩んできた男が少しでも安らぎ、幸せに過ごせるのならばそれでいい。
そしてもしその為に自分の存在が足枷になるとすれば、潔く消える。海藤はそういう男だった。
「なぁター坊、お前身を固める気はないのか?」
「何、急に」
「急でもないだろ。ふらふら色んな女に気ぃ持たせてないで、誰か一人に絞ってよ。嫁にもらったらどうだ?」
「……はぁ。まだ続いてんの、その話」
八神は深く溜息をつき、スマホをテーブルに置いて海藤に向き直った。
「海藤さんは女心わかった気でいるみたいだけどさ。女の子って海藤さんが思うよりずっとしたたかで現実的だよ? ぶっちゃけそこまで考えて俺とつきあってないって。俺なんて三十五にもなって細々探偵業なんてやってるような不安定で低収入な男だし。結婚なんて話になったらむこうからお断りされるよ」
「まあ、そりゃそうかもしれねえが……でもお前がその気になりゃいつでも弁護士にだって戻れるんだからよ」
「だから、そのつもりないし」
「いや……つうかお前、狡い男だなあ。じゃあそうやって向こうがお前を見限って降りるまで振り回すのか?」
「人聞き悪いな。俺は俺なりに彼女たちのこと好きでつきあってるし、振り回してるつもりもないよ。そこは等価交換っていうか……お互い得るものがあるから一緒にいるわけだし」
「モノはいいようだな」
「ったく、うるさいな……わかったよ。海藤さんがそんなに言うなら別れるよ」
「え!?」
唐突な八神の宣言に、思わず海藤は身を乗り出した。
「誰とだ」
「全員と」
「何で!」
「何でって、海藤さんが嫌がるから?」
「別に嫌がってるわけじゃねえよ。ただ俺はター坊が幸せになってくれりゃ、それで万々歳なんだ」
「わかってるよ……でも俺は海藤さんと猫一匹探す為に走り回ってる時間が結構幸せなんだけど」
「お前そりゃいくら何でも幸せ感じるレベル低すぎやしねえか」
「そう? じゃあ海藤さんと一緒にカレー食ってる時間でもいいよ」
それはそれで、お前の為にそのカレーを作ってくれた彼女の立つ瀬がねえぞ、と、海藤は表情を歪めながら腕を組んだ。八神はやれやれと溜息をもらす。
「……ここまで言っても気づかないんだから、ハッキリ言わなきゃ一生気づかないんだろうね、アンタって」
「な、何だよ? 何のことだ?」
八神は眉根を寄せて、複雑な微苦笑を浮かべた。
「や、いいよ。俺、今の感じでわりと満足しちゃってるから」
「だから何のことだ!」
「まぁ……狡い男だからね、俺」
鈍感で実直なその男に、八神は眼差しで伝える。それは決して読み取られることはないことはわかっていた。
海藤はただただ戸惑いながら、頭を抱えるばかりだった。