@nariheiheTRPG
――やめろ
――そんな馬鹿なことがあるか
心の中で祈るように呟きながら、その少年――龍巳クリフは持てる力の限りで地を蹴った。
その言葉を口から出せるほどの余裕はなかった。
焦燥の中、直前に聞いた無線の声が頭に残響する。
『UGNエージェント一名が任務中に暴走。作戦本部はジャーム化したと判断し、彼女の討伐を指示する』
駆ける先は、クリフが良く知りはするものの、もはや顔以外面影のなくなった幼馴染。
今もレネゲイドの力を暴走させ、周囲へ無作為な破壊を振りまく彼女へ真っすぐに足を進める。
自らの身の危険を顧みる暇などなかった。
周囲の景色がゆっくりと変わっていく。後になってみれば相当な極限状態であったのだろうとクリフ自身思ったが、この時の彼はそんなことを気にするはずもなかった。
彼女を扇状に囲むようにした多数のUGNエージェントから、それぞれの攻撃が準備態勢に入る。
何万ボルトあるのかも分からない雷撃、対物戦車ライフルのような弾丸、一つ一つが鋭利な刃物のように研ぎ澄まされた砂の群れ、真っすぐに放射される青い炎。他にも挙げればキリがない。
明確な殺意を持ったそれらが、暴走する彼女へ向けられようとしていた。
いくら彼女がオーヴァードと言っても、これを受ければたちまち絶命するだろう。
その事実に、脳内をチリチリと焼くような焦燥が一層強まる。
彼女とUGNエージェント達の間に割り込もうと、全力で走る。
素早さに自信がある訳ではなかったが、自分でも想定外なほどの速さで空を切っている感覚があった。
――大丈夫だ。自分なら一回は耐えられる
耐えたところでどうするのか、庇って意味があるのかなどを考えている余裕はなかった。
繰り出される大量の攻撃を受けようと一心不乱に足を動かす。
そのため、クリフは彼女の動きに反応できなかった。
「ぐっ!?」
衝撃と共に自分の身体が吹き飛んだのをクリフは感じた。
なんとか受け身を取って着地し、距離がはなれた彼女を見ると、クリフを押し返すために腕を振り抜いた状態で静止していた。
つい先ほどまで獣のような表情をしていたのにも関わらず、その時自分にだけ向けられた彼女の顔は、いつもと同じような、それでいてどこか悲しそうな笑顔だった。
「あっ――!」
エージェント達の攻撃が開始される。もう間に合わないことは明白だった。
手を伸ばした先で、破壊の奔流としか言いようのない波が彼女を飲み込み――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「っ!!」
声にならない叫び声と共に、その青年――龍巳クリフは目を覚ました。
寝起き特有の倦怠感などはなく、目と頭は完全に覚醒している。
が、全くもってスッキリとした感覚はなかった。
視界には見知った天井と、上へ虚しく伸ばされた右の拳が映っていた。
右手を開いても当然ながら何もない。当たり前なその事実に意味もなく空虚さを感じた。
はぁ、とため息をついて開いた手の甲を額に乗せる。
―― 一体何回目だ。この夢を見るのは。
FHを相手に発生した中規模の戦闘任務。ほぼ決着がついた矢先に来た「別所で戦闘を行っていた幼馴染が暴走した」という連絡。そしてそこへ駆けつけた時、クリフが見た事の顛末。
過去に起きたことと寸分違わぬ夢を反芻し、頭が枕よりも下に沈んだような心持ちになる。
我ながら未練がましいと、クリフは自分を嫌悪した。
UGNにいる以上、仲間の死に直面する時は必ず訪れる。UGNエージェントならほぼ全員が、このような事を乗り越えて活動しているのだろう。
だが、もうあれから随分と経ち、他にも失った仲間はたくさんいるのにも関わらず、彼女だけがまだこうしてクリフの中の瑕疵として居座り続けている。
確かに、彼女はクリフにとっては他よりも特別な存在だった。だがそれ以上に、心に突き刺さって離れない原因はおそらく――
――なんで笑ってたんだよ。お前は
彼女の直前までの暴れぶりを見たら、理性を失った化け物と言って差し支えなかった。
だが、最期にクリフへ見せたあの笑顔だけが――いつもの通りの彼女としか思えない笑顔だけがクリフの脳裏にこびりついて離れない。
事後もUGNは彼女がジャーム化したとして処理している。それは、オーヴァードであれば誰しもがいつかはそこに行き着くとも言われている成れの果てだ。
――だったらなんで、最期にあんな顔して逝ったんだお前は
最後にもう一度ため息を吐いて、クリフは起き上がり床に足を付けた。
いつまでもこうしている訳にもいかない。今日は霧谷支部長に呼び出しを受けている。
クリフは二階から一階への階段を降りる間に陰鬱になった頭を整理する。
なにもUGNの判断が間違っていたと考えているわけではない。
発足して約20年とは聞いているが、その期間直面してきたジャームの数は計り知れない。
自分の主観よりも、よほど厳正で的確な判断で彼女をジャームと判定したはずだ。
いや、そうでなければならない。
彼女がまだジャームではない可能性があったまま殺されたなど、あってはならない。
それは、クリフが無意識のうちに自分の心の平穏を保つため砦にしている事だった。
ダイニングに着くと、母が作った朝食がラップと共にテーブルの上に置かれていた。
どうやら両親ともに既に仕事に出かけたらしい。
テレビを点けると「この夏あなたも主人公になれる! 今流行りのファッションを紹介!」などというテロップ付きでタレントが様々に服を着替える番組が流れていた。
――とっくの昔に一番守りたいものを取りこぼした奴が今更主人公になんてなれるかよ
心の中でテレビのフレーズに悪態をついた後、しょうもないことをしているとまた自分を嫌悪した。
だが実際に、既に失った自分が主人公になるのだとしたら、きっと普通の物語ではないのだろうという予感をクリフは感じていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あなたが所属する支部に新人の方が入ります。今日はそのお迎えに行ってあげてほしいんです」
UGN日本支部へ赴いたクリフに頼まれた今日の仕事は、なんてことのないお遣いだった。
「新人? 今日はそれだけっすか?」
「えぇ。退院したばかりの子なので病院に迎えに行ってください。メモを渡しますね」
病院の場所と本人の名前や特徴、待ち合わせ場所が書かれたメモを受け取り、つい数分前に潜った日本支部の門をまた出る。
雲一つない真夏の空を見上げると青一色で、距離感が狂うような感覚を覚えた。
「空って、こんな低かったか?」
そう感じるのは、まだ自分の気分がどこかで落ち込んでいるのかもしれない。
今度は視線を下げ、メモに書かれた内容を確認する。
「久方菜乃花……ね。少し、あいつに名前似てるな」
メモをポケットにしまって、真夏のじりじりとした道の中病院へと歩を進める。
この日この後クリフのどこか陰鬱とした気分は無理矢理吹き飛ばされ、それからあの夢を見ることもほぼなくなる。
そして――
To be continued to "Judgement"