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【羽東】贖罪

全体公開 羽東 4 13 2745文字
2020-08-02 16:47:47

リアタイ当時JEクリア後に書いた羽東です。
クリア後の時間軸で服役中の羽村。
それまで日常的に羽村は東を慰みものにしていたという前提有り。

Posted by @aburami_b

 かつて獰猛だった獣は、牙を抜かれ、今は冷たく堅牢な檻の中。

 
 神室町眼球くり抜き殺人事件で一度無罪判決を受けた羽村京平が、同じ事件で正犯として有罪になる事はない。これまでにモグラと共謀してきた余罪の実刑による服役だった。
 そしてそれは──誰もが驚いたが──羽村自身の自白により発覚したものだった。それも羽村なりのケジメの一環である。松金組長の死は、羽村の心を丸ごと入れ替えるほど、大きすぎる出来事だったのだ。

 これまでケンゴをはじめとする何人かの舎弟が面会にやってきたが、東が一人でその姿を現した時には、羽村は驚きを隠せなかった。
 面会室の分厚いガラスの向こうにいる東は背筋をしっかりと伸ばし、色つきレンズ越しに、その眼差しは真っ直ぐと羽村へと注がれていた。その堂々とした佇まいに、かつて常におどおどと自分の顔色を伺っていた男とはまるで別人のように見えた。
「カシラ、お久しぶりです」
……何しに来た」
「何しにって……その、面会です」
 東は気圧されたように声が上擦った。それはもう条件反射なのだろう。羽村の少ししゃがれた低い声を聞くと、それだけで緊張が走ってしまう。
 ──海藤を組から追い出す為に仕組んだ松金組強盗事件。その裏を知ってしまった東を脅し、実行犯である赤鼻を強引に殺させ、忠誠を誓わせた。引き金を引いたのは羽村である。東はヤクザにはまるで向かないほど気が小さく優しい男だ。その時に植えつけられた恐怖心と罪悪感で、否応なく羽村に従わざるを得なかっただけだった。
 あの頃、羽村にとってこの世で最も邪魔で、憎むべき存在は海藤だった。ただ居るだけで自分の矮小さをつきつけてくる。腕っ節だけではない、心の強さも、人望の厚さも、組長から寄せられる絶対の信頼も──羽村に欠けていて、羽村が欲するもの全てを当たり前に持ち合わせた男。そんな海藤に最も傾倒している東を従わせ、陵辱する事で、海藤の大事なものを奪ったようでひどく気分がよかった。
 長い沈黙に東の額が汗ばんでゆくのがわかる。結構な覚悟をもって顔を出したに違いないが、初手の気合いは既に崩れそうだ。羽村は笑いを堪える。
 いつからだろうか。
 東に対して自分でも正体のわからない感情が湧いたのは。ただ、海藤からなにかひとつ奪うことができればよかった。それだけのはずが、扱いに戸惑いを覚えるような感情が、今この時も秒速に肥大していくようだった。ひどく居心地が悪い。溜息と一緒にようやく口を開く。
……馬鹿が。何で面会に来たのかって聞いてんだ」
「いえ、その……ただ、会いに来ました、」
 東は視線を彷徨わせる。これ以上は少しの沈黙も耐えられないのか、羽村の言葉を待たずに続けた。
「それとお伝えしたい事が」
「何だ」
 とうとう組は離散したのか。お前はカタギにでもなるのか。お前の大好きな海藤の元にでも行くのか。少なくとも自分にとって芳しい報告ではないだろうと思った。
 だが東は改めて真っ直ぐに羽村を見据えると、一息深く吸って、言葉を続けた。
「カシラが戻るまでは俺が組守っていきますんで……つとめを果たす時まで待ってます」
 こいつは何を言った?
 羽村は瞠目して言葉を失った。組長を失い、若頭である自分も逮捕され、松金組はもう終わりだろう。なにより、恐怖と暴力で縛り付けていたこの男が、あろうことか自分を待つという。理解不能だった。もう東を閉じ込める檻も縛り付ける鎖もない。今回の一件で、羽村自身に人を従わせるだけの畏怖も威厳も失われている。
「今なら俺から逃げられるんだぞ。海藤のとこにでもいきゃいいだろう。もうお前は自由なんだ」
「いえ、俺は松金組の人間です。どんな方法であろうとカシラが必死に守ろうとした組を、今度は俺が守っていきます」
「バカかお前は。あれだけの事をしてきた俺を待つだって? 正気の沙汰じゃねえよ」 
 今思い返すだけでも、精神的にも肉体的にも随分惨たらしい目に遭わせてきた。目の前のこの優男が、今までよく持ち堪えたものだと思う。
「まぁ……バカかもしれません」
 いつも怯えたように羽村から逸らしてきた東の眼差しには、今は微かな情の色が滲んでいた。どこまでも情に脆い、たやすい男だ。羽村は苦々しく頬を歪める。
「言っとくけどな、東。お前何勘違いしてるかしらねえが、そりゃちょっとした病気だ」
「びょ、病気ですか」
「監禁された被害者が加害者に対して情が沸く病気があるんだよ。ソレだ、お前のは」
 本能として生き残る為の支配者への迎合を、愛情と履き違えてしまったのではないか。
 そして突然自分を支配する者が居なくなり、戸惑っているだけではないか。
 東はしばらく考え込んているようだったが、やがて小さくかぶりを振った。
「それは正直、俺にはよくわかりません……けど、俺ぁカシラを裏切って海藤の兄貴や八神の側につきました」
「あぁ……そういやそうだったな。あれには傷ついたなぁ、東」
「えぇっ!? あっ、す、すんません!」
 声をひっくり返しながら慌てて深々と頭を下げる東の後頭部を見て、羽村はひきつけるように笑った。久々に心から笑った事に気づき、自身でも少し驚く。
「あ、いえ、何が言いたかったかっていうと……あん時カシラを裏切ったのは間違いなく自分の意思でした。そんで今日ここに来たのも、ちゃんと俺の意思って事です。何かに流されてだとか、そういう事じゃなく……
 東は一息ついて、続けた。
「俺が一番に尊敬する兄貴分が海藤さんだって事には変わりありません。ただ、やっぱり松金組のカシラは、羽村のカシラだけです。それに俺は──」
 言いかけた言葉を飲み込んだ東の顔に、切ない微笑が浮かんでいた。
 好きだの愛してるだのと言い合うような関係ではない。そんな戯れを言うには、二人の過ごしてきた時間はあまりに血なまぐさかった。
 東もそれを承知しているし、自分の感情の正体すらわからないのだろう。ただ、このままこの人を放ってはおけない──そんな顔をしていた。
 随分ナメられたもんだと、羽村は苦笑した。獰猛な獣どころか、もはや捨て犬に成り下がった気分だ。
「待つんじゃねぇ」
「カシラ……
「待つな」
 東は毅然と答えた。
「俺の勝手にさせてもらいます」
 それでも……贖いを終え、この檻から出られた頃には、何かが変わっているのだろうか。愚かにも期待する自分がいるのだ。よもや、正しく人を愛せるようになるのだろうか? そんな、馬鹿げた期待を。
……ったく、分厚いガラスだなぁ」
 口の中がいやに苦い。すぐ目の前にいるのに抱けない男の代わりに、せめて煙草が欲しいと思った。


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