@toasdm
ぽやん、とした顔の彼女が空いたグラスをテーブルに置くことはあまりない。次から次へと酒を注いで、もう何巡目になるかわからない氷がカランと音を立てたのは、雨彦が彼女の手から取り上げたグラスの中で、ふにゃあ、と形容しがたい声を上げたのは、雨彦の肩に預けた彼女の頭だ。
「随分飲んだな」
「ふへ……あめひこしゃん、おしゃけいっぱぁいのみましたねぇ」
「はいはい、飲んだ飲んだ」
ぽんぽんと優しく撫でられた頭は既にふわふわしていて、雨彦の肩のがっしりとした感触は、ただひたすらに頼もしくて、落ち着く場所だ。とまり木に小鳥が止まるような収まり具合で、彼女はそこで、雨彦の顔を見上げる。
「あめひこしゃんはぁ」
「んー?」
自分のグラスからちびりとハイボールを口に含んで、雨彦は甘えてくる彼女を見下ろす。頬から耳から、首筋まで真っ赤になった彼女は酒が強いというわけではなかったが、特別弱いということもない。
「なんれぇ、おしゃけすきなんれすかねぇ?」
呂律の回らない彼女の唇が、雨彦の中に言いようのない感情をぐるぐると渦巻かせている。とろんととろけた彼女の顔が、今日も可愛らしくて仕方がない。優しく肩を抱き寄せながら、雨彦は自分のグラスもテーブルに置いた。
「俺が酒好きだって?」
「んぅぇー……ちがうんれすかぁ……?」
そうさな、と少し考えて、雨彦は少し肩からズレていた彼女の頭を定位置に置く。
「少し違うな」
「ふぁぁ……?」
もう目を開けているのも辛いのか、半分閉じかけている彼女の潤んだ瞳をじっと覗き込んで雨彦は言う。
「お前さん、飲んだらこうやって俺に甘えてくるだろ?」
「んぅー……えへへ、なぁーんか、気持ちよくって……」
幸せそうなとろけ顔に、雨彦はちゅっと軽くキスを落とす。それだけでへにゃへにゃと笑う彼女にとっては、どうやら雨彦は酒好きだと映っているようだった。だが、真相は少しだけ違った。
「こうやって甘えてくるお前さんが可愛くてなぁ……」
「んーーーー……」
すり、と熱い頬を擦り寄せて、彼女は少しうとうととし始める。人に質問しておいて寝るなよ、ともう一度、今度は少し体を捻って彼女の前に回り込んで、雨彦は唇にキスを落としてじっと彼女を見つめる。
「可愛いお前さんを見るのが好きだから、お前さんと一緒に酒を飲むのが好き、ってことさ」
ふにゃあ、とまたなんとも言えない声を上げた彼女が、雨彦の話をどれだけ理解しているのかはわからなかったが、雨彦は別に、それでよかった。
「そっかぁー……えひぇ……わたしもですねぇ、あめひこしゃんが、あまやかして、くれるのが……」
「はいはい、水も飲もうな」
「んーぅ」
泥酔している彼女が可愛いことも、明日になったら話の半分も覚えていないことも、雨彦は十二分に理解している。持たせたグラスから水を飲まないことももちろん知っていたから、しょうがないな、とそれを取り上げて口に含んで、雨彦は彼女に水を口移す。
「ぅん……っ」
「ふ、ッ」
とろんとろんのぐにゃぐにゃが、生温いと文句を言いながらまた肩に頭を預けてくる。もう少し水を飲ませてからだな、と苦笑しながら、雨彦はうつらうつらとし始めた彼女の頭を優しく撫でる。
「んーーー……れもぉ」
「ん?」
まどろみに半分以上意識を持っていかれた彼女が、思いっきり甘えてくる。
「おしゃけ、のんれる……あめひこしゃ、かっこいーれす……」
「……そうかい」
酔っ払いの戯言でも、褒め言葉は褒め言葉だ。ありがたく素直にそれを受け取って、それから何回かにわけて彼女に水を口移しながら、雨彦は思う。
酔って甘えてくる女を可愛いと思ったのは、お前さんが初めてなんだぜ、と。