@guru_log
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最近、私の周りで小説書いてみよう。小説チャレンジしてみたいという方が多くて、イチ物書きとしてとても嬉しいぐるるです。
少しでも力になれたらと、小説の書き方の種類について、
具体的に言うと「三人称視点」と「一人称視点」についてお話します。
伝えるものが同じでも、伝え方が違う。
同じキャラを描いても、リアル風だったり、デフォルメだったり、厚塗りだったり、アニメ塗りだったり。
イラストでいう、そんな違いが文章にもあります。視覚的な情報ではないから、わかりにくいだけで。
そんな!厚塗りとか気にしたことない!だから、小説も気にしないし?!って方。いいと思います!!!私も気にしない!
しかし、知っててやらないのと、全く知らないのでは、また意味合いが違いますので。
今回は、小説の「視点」について。ゼルダファン寄りの例えを使いながら、お話します。
あくまで趣味片手の私が、ぼんやり見つけた違いなので、小説詳しい方に見られると恥ずかしいです…お手柔らかに。
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個人的に、視点には「三人称」と「一人称」。さらに、その中に2種類の派生で、全部で4種類の表現があると思っています。
まずは、「三人称」から説明します。
三人称とは、主語がはっきりとしていて、「誰が」がしっかり書かれているものが多いです。
「三人称神視点」と「三人称個人視点」があります。
「三人称神視点」
神の視点。全てを知る語り手の視点です。
極端に言うなら、絵本の日本昔話や御伽話のような視点。現代小説だと、キノの旅が当てはまります。
全ての場所、全ての物事、全ての人物とその心情を語ることが出来る視点です。
神のように、小説の世界を見下ろし、解説しているガイドさんというところです。
では、ここで例文を一つ。
場面は、スカイウォードソード。天空の神殿にて、リンクとギラヒムの出会いのシーンを、三人称神視点で。
わなわなと怒りに震える手を抑えきれないままに、獲物を逃した怒りを、ギラヒムは叫ぶ。
「猛烈に! 強烈に! 激烈に気分が悪い!!」
その直後、菱形の光を残しながら姿を消す。
「誰でもいいから! 八つ当たりをしたくてたまらない!!」
声だけは聞こえるが、姿の見えなくなった敵に、リンクは慌てて周囲を見渡す。その背後から足音をたてずに近づき、ギラヒムは彼の後ろに立つ。
その場所に直接現れることも出来ただろうに、わざわざ歩行で近づいたのは、魔族長としての余裕からなのか。
リンクがその存在に気づいたのは、彼の苦笑に混じる吐息が耳に触れるほど近づいた時だった。
神視点は、語り手です。リンクの焦りもギラヒムの怒りも愉悦も表現出来ます。
しかし、全てを書けるだけに何もかもを書いてしまうと、詰め込みすぎて文が破綻します……1番コツのいる書き方だと思います。
「三人称単体視点」
三人称視点でありながら、特定の一人を決め、その人の傍から世界をナレーションしているような視点です。
基本的に、主観の人が見る聞く感じるもののみを描写します。
しかし、一人称ほど縛られてはいないので、特定のキャラ以外の描写も出来ます。
それでは例文。
わなわなと怒りに震える手を抑えきれないままに、魔族長と名乗った男は叫ぶ。
「猛烈に! 強烈に! 激烈に気分が悪い!!」
その直後、菱形の光を残しながら目の前から姿を消した。
「誰でもいいから! 八つ当たりをしたくてたまらない!!」
声だけは聞こえるが、姿の見えなくなった敵に、リンクは慌てて周囲を見渡す。
だが、その存在に気づいたのは、彼の苦笑に混じる吐息が耳に触れるほど近づいた時だった。
神視点と書く内容を同じにすると、書ける量は当然減ります。神視点は何でも書けるからです。
ただ、神視点より主語が省略出来るので、文が短く緊迫感ある雰囲気は作りやすかったです(感想)
次は、一人称視点。
特定のキャラのみ、そのキャラが見える範囲聞ける範囲知る範囲の情報だけを書いていく方法です。
特徴として、キャラの主語が「俺が」「私が」と言ったように、一人称になったり。
「〜された」と受動態を使うこともあります。
こちらには、語り方というより、読者の立ち位置を変える手法をよく使います。
「読者同化型」と「読者剥離型」。これ私が勝手に呼んでます(笑)
「読者同化型」
一人称の中では作りやすく、最もメジャーな書き方だと思います。
視点のキャラと一緒に喜び驚き怒り焦るなど、視点キャラ=読者の立ち位置を作ります。
以下、例文。
わなわなと怒りに震える手を抑えきれないままに、全身白タイツの男は叫んだ。
「猛烈に! 強烈に! 激烈に気分が悪い!!」
その直後だった。
菱形の光だけを残し、その奇妙な姿が消える。
「誰でもいいから! 八つ当たりをしたくてたまらない!!」
--何処に……っ!
声だけは聞こえるのに、いくら周囲を見渡してもその姿は見当たらない。
「まぁ……」
苦笑に混じる吐息が耳に触れる。
いつの間にあった背後の気配に気づいたのは、それからのことだった。
……楽しい(ゲンドウポーズ)
私自身、一番書き慣れた文体です。
リンクという主観を通して、緊迫感を伝える方法になります。
リンクと一緒に、読者にも驚いて欲しいという意図があります。
「読者剥離型」
一方、こちらはキャラ視点で書きつつ、読者には視点のキャラそのものに何かしらの感情を抱いて欲しいという時に使います。
百聞は一見に如かず。
わなわなと怒りに震える手を抑えきれず、この憤りを吐き出すために、大きく息を吸った。
「猛烈に! 強烈に! 激烈に気分が悪い!!」
それでも堪らず、魔力を使い、動き回る。
「誰でもいいから! 八つ当たりをしたくてたまらない!!」
あぁ……!この力で扉の向こうに行けてしまえばどんなに楽か。
ふと、そのどうでもいい小僧が、ワタシの姿を探し狼狽えているのが目に見えた。
つい、ワタシの遊び心が顔を出し、小さく舌なめずりをしてしまう。
いきなり背後には現れず、その立派な剣が似合わない隙だらけの背中に、ゆっくり、ゆっくりと近づく。
「まぁ……」
ようやくワタシの存在に気づいたのか。その声に子供は全身を強張らせた。
……なんて遊びがいのある人間だろうね。
ギラヒム視点です。
これが読者剥離型。
主な意図はギラヒムという視点キャラそのものに、読者が気味悪さを感じてもらえたら成功です。
または、リンクが危機に陥っていることに興奮を覚える類の感想もあるかもしれません。
これが読者剥離型の難しいところ。
作者の意図した感情を、読者に持たせることが出来るかどうか。
一人称視点に設定したキャラに、かっこいい綺麗可愛い可哀想などの感情を持ってもらうには、だいたいこの方法しかないです。
ここで見てもらいたいのは、一人称視点だと表現の幅がごく一部に特化することになる点です。
前者だと、リンクの緊迫感を。
後者だと、ギラヒムの怒りと愉悦と余裕を。
深読みすれば、それぞれの敵の余裕を、勇者の危機感を感じることが出来るのですが、やはり直接的には一方の感情を伝えることに特化します。
一人称は、読者に感情移入してもらいやすい文体です。
「読者同化型」も「読者剥離型」も、感情移入は当然させます。
ただ、その読者の移入のさせ方、立ち位置を「視点キャラと同じ」にするか、「視点キャラと離すか」で、書き方の演出と読者の印象が変わります。
〜まとめ〜
三人称は、外側からの語り。
神視点は、全てを見通せる語り手。
単体視点は、特定キャラの隣に立つ語り手。
2つの違いは、語り手の立ち位置。
一人称は、視点キャラ主語が「俺が、私が」などの一人称になること。受動態を使うこともあること。キャラの思ったこと、心情描写を地の文に入れることが簡単になる表現です。
読者同化型は、視点キャラと同じ感情を読者に持ってもらうこと。
読者剥離型は、視点キャラそのものに、読者が感情を持ってもらうこと。
2つの違いは、読者の立ち位置。
どう使い分けるかは、今自分が何を一番伝えたいのか。
語りを書きたいのなら、三人称神視点。
他キャラにも触れつつ、一方向から書きたいのなら三人称単体視点。
例文のように、リンクの傍で緊迫感を伝えたいのなら一人称同化型。
ギラヒムの異常さを遠回しに演出するのなら、一人称剥離型と。
伝えたいことに、最適な形を選ぶ……その手助けが今回出来たらと。
長くなりましたが、皆さんにワクワク執筆してもらうために、少しでも力になれたらと思いました。
〜補足〜
付け加えるのならば、三人称の2つ、神視点と単体視点は混合するとややこしいことになりがちですが、
一人称の2つ、同化型と剥離型は場面場面で演出を変えていきます。あまりコロコロ変えると、立ち位置が変わりすぎるために、読者が読み疲れしますが(笑)
初めの方は、どちらのどの文体も、1つに絞って書いていく方がわかりやすそうな気もします。
何も考えずに書いてくのがラクですよ(笑)結局(笑)
イラストの雰囲気を変えようとこだわると楽しいという方がいるように、文章にもそういうことがあるのだと。
知ってもらえたら幸いです。小説楽しいよ。