@toasdm
夜遅くのラジオ生放送を終えた雨彦を乗せて、彼女の車は眠らない街をひた走る。少数精鋭の我が事務所では、プロデューサーはマネージャー兼任なんですよ、と苦笑しながら雨彦の送迎を買って出てくれた彼女にこうして送迎してもらうのは、もうすっかりアイドルとしての雨彦の日常だった。
「お疲れでしたら休まれてもかまいませんよ」
「随分他人行儀なんだな」
「っ……今は、まだ、私このスーツ、脱いでない、ので」
信号待ちの車の中、雨彦はハンドルを握る彼女の手に、そっと自分の手を重ねる。いわゆる男女の仲になっても、彼女はスーツを着ている間は雨彦のプロデューサーでありマネージャーであると決めていたし、雨彦もそのつもりで接している。だが、雨彦は時々こうして、お茶目をひょっこりのぞかせて、彼女をからかっていた。信号青ですから、とちらりと雨彦を見た彼女の横目が名残惜しそうに見えて、雨彦はくつくつと笑って手を離した。
「つれないな、今すぐ脱がしてやろうか」
「もうっ! 冗談ばっかり言わないでくださいよ!」
「っははは」
カーエアコンの冷たい風が、雨彦の温もりを急速に冷ましていくのが寂しくて、彼女はこっそり、エアコンの吹出口を上へと向けた。
「遅くまでかかってしまいましたし、ついたら起こしますから」
「はぁ……そうだな、そうさせてもらおうか」
実際、遅くまで気を張って、疲れていたのは事実だったのだろう。シートを倒して横になった雨彦が、すやすやと寝息を立てるまではそんなに時間はかからなかった。信号待ちの間、彼女はそんな雨彦の寝顔を盗み見て、くすりと笑って目尻を下げた。
「♪~……」
カーラジオのボリュームをうんとしぼって、彼女は流行りの歌を小さく口ずさむ。この程度で起きるような雨彦ではないことは知っていたが、ボリューム3の数字は彼女の気遣いだ。
雨彦の家まで、信号待ち、四回。彼女は運転中、きっかり四回雨彦の寝顔を盗み見て、好きだな、と思いを積み上げていた。勝手な惚れ直しの彼女の車が、雨彦の家の前に停まる。ふぅ、とギアをパーキングに入れると、彼女は助手席の雨彦に声をかけた。
「葛之葉さん」
寝息のリスムは変わらない。そんなに疲れさせてしまったか、とばつの悪そうな顔をして、彼女は今度は、眠る雨彦の肩をぽんぽんと叩いた。
「葛之葉さん、つきましたよ」
「…………」
相変わらず眠ったままの雨彦の、顔を彼女はじぃっと覗き込む。葛之葉さん、ともう一度声をかけて、彼女は眠る雨彦の頬をつんと突いて言った。
「こらっ、狸寝入りしないでくださいよ!」
「っくくく……はは、なんだ。バレちまったかい?」
片目だけを薄く開け、雨彦はニヤリと笑って体を起こした。窓の外を見た雨彦んの、ついちまったか、の声があまりにも寂しそうで、彼女も胸の奥がきゅう、っとなった。
「少しでも長く、お前さんと一緒にいたくてね……大人気なかったな」
「……まあ、そういう事情、なら」
「お前さん……?」
シートベルトを外そうとした雨彦の手に、今度は彼女の手がそっと重ねられる。ぎゅ、と軽く包んでバックルから雨彦の手を引き剥がすと、彼女はそっと、それを雨彦の膝の上に戻してギアをドライブに入れた。
「私だって、その……一緒にいたい、って、思ってるんですからね」
車はゆっくりと、流れに沿って再び走り出す。外灯に照らされた無言の彼女の横顔は、雨彦には、贔屓目に見ても赤く見えた。
「……お疲れ、でしたら……寝ててもいいですからね」
「ッフ」
思いは同じさ、と小さく笑って、雨彦は倒したままのシートをギッと起こして言った。
「お断りだ。せっかくのお前さんとのドライブデート、楽しまないわけにはいかないからな」
ただの送迎なんですけど、と口では言いながら、うんと、うんと遠回りするのが彼女の精一杯の譲歩であることを、助手席の雨彦はよく理解していた。