@alter_r8
新たに解放された『騰訊(テンセント)』。
美しい景色と音楽や芸能関係のショービジネスが活発な都市。
そう聞いては自然と足が向いてしまうのは多分、職業病みたいなものだと思う。
ふらふらっと駅前広場を通って路上ライブをしている4人組を横目に見たり、
点在する芸能事務所の前を通って名前を確認してみたり、
大きな劇場を外から見て自分のマイルームの劇場に思いを馳せてみたり。
一通り歩いて回るころには色々と気持ちが高揚していた。
「ふー……堪能してしまった。」
高揚する気分をそのままに一人呟く。今すぐにでも体を動かしたい気持ちでいっぱいだった。
だからと言って今の私にライブをやる資格はない。ただ、舞台を整えたり準備をしておくことはできる。
そう考えて頷き、帰路につこうと踵を返したところで
「白羽さん。」
…聞きなれた声がして、ぴたりと足を止めた。
踵を返した先にいた男性。その背丈も見た目も顔も、見覚えがある。
「…マネージャー、さん?」
マネージャー。居るとは思っていなかった人がそこにいた。
「ああ、よかった。やはり本人でしたか。」
マネージャーは安堵したように胸をなでおろすと、真面目な顔で私を見る。
「ここで何があったのかは大体聞きました。大変なことになっているようですが……白羽さんは何故ここに?」
まぁ、当然の質問だと思う。病院にいる私が本来こんなところにいるわけがないのだから。
「…そうですね、説明自体はすぐ終わりますけど私も分からない部分は多いので…」
「歩きながら1から全部説明しますね。」
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―
―
「…なるほど。にわかには信じ難いですが、そんな事もあるのですか。」
そう呟くと、マネージャーは難しい表情で小さく唸って何か考えるように口元に手を当てて俯いた。
「信じ難いって言う割に、いつもすぐ信じますよね。」
両手を後ろで組みながら広い自然公園の中をゆったりと歩きながら呟く。
人の多いテンセント、とはいえ夜の自然公園は昼間に比べればだいぶ人気は少ない。
まばらにすれ違う人に軽く会釈したりしながら、マネージャーの方に視線を向けた。
「白羽さんは嘘を吐きませんから。」
「私をなんだと思ってるんですか、嘘くらい吐きますよ?」
当たり前のようにそんなことを言うマネージャーに、少し溜息が漏れる。
私は聖人じゃない、ただの女の子だから。嘘なんていくらでも吐いているのに。
「…そうですね、訂正します。」
「白羽さんは自分の為に嘘を吐く事はないですから。」
俯いていた顔を上げ、まっすぐ私を見ながら言い切る。
「…マネージャーさん、私の事聖人か何かと思ってません?」
知らず知らずのうちに、はぁ、と大きなため息が漏れた。マネージャーの方がたいがい聖人だと思う。
「まぁ、そんな訳です。マネージャーさんがいるのは予想外でしたけど。」
「そうですか?下見をしておくのはマネージャーの仕事の内だと思いますが。」
「それはそうと、白羽さん。眼の方は…」
隣を歩いていたマネージャーが心配そうに私の顔を覗き込む。
その顔があまりにも不安そうな顔をしていたから、思わず少し笑ってしまって
「大丈夫ですよ。さっきも言いましたけど、今は"魔法"があるので。」
そういってマイルームキーを操作して…メモ帳を開く。
そうして開いたメモ帳にいくつも書かれた単語の一つを指さして
「"真昼の星"。」
「"視覚の受光機能を調整する魔法。真昼でも遠く彼方の星々さえも見ることができる。"」
「"強い光で目が眩む事も、暗闇で物が見えない事もない。"」
自分なりに調べ、行き着いた先で見つけた魔法の説明文を読み上げる。
同じようにメモ帳を覗き込んでいたマネージャーに向かって、満面の笑みを浮かべて
「だから、大丈夫です。赤い光だってへっちゃらですよ。」
右手に拳を作って、自分の胸元を叩いて見せる。
そんな私を見たマネージャーは僅かに目を見開いた後、また俯いて
「…本当に大丈夫なんですね?」
しばらくの間の後、顔を上げて私を見た。
だからもう一度胸元を叩いて大きく頷く。
「ばっちりです!」
そんな私を見つめるマネージャーが大きく頷いて
「では白羽さん、ライブしましょう。」
間髪入れず返ってきた言葉に、一瞬きょとんとして…
ややあってもう一度頭の中で言葉の意味を考えながらマネージャーを見上げる。
マネージャーはいたって真面目な顔で、余計混乱した。見なきゃよかったかも知れない。
「……へっ?」
「ライブです。白羽咲のソロライブ。」
顔色一つ変えない。というか、マネージャーは冗談でもこんなことは言わない…と思う。
つまり…
「…ほ、本気ですか?」
「はい。現在の白羽さんのスケジュールを教えていただけますか?」
「レコード・レイドでの活動の妨げになっては困りますから。」
「いえ、それはいいんですけど…マネージャーさん、いいんですか?」
「何がですか?」
「いえ、ほら…マネージャーさんの一存で決めちゃって大丈夫なのかなって…」
「大丈夫です。」
即答だ。迷いがない。
でもマネージャーは常々"上の許可"って言っていた気がするのだけど…
「許可は後で取ります。」
「いやそれ大丈夫じゃないって言うんじゃないんですか!?」
大真面目な顔でサラっと言い切ったけどそれはつまり、無許可で勝手にということで
その場合罰されるのはマネージャーの方
「大丈夫です、それよりも」
マネージャーの瞳が慌てる私をまっすぐ見つめる。
「白羽さんがやりたいことをやりましょう。」
「そのために私はいます。」
……時々、マネージャーはずるいと思う。
「……じゃあマネージャーさん、一つだけいいですか?」
「なんでしょう。」
「何かあった時の責任は私が取る形でお願いしますね。」
じっ、と。今度はマネージャーをまっすぐ見つめ返す。
「……それは……」
今度はマネージャーが困った顔をした。
「…ほら、困ったじゃないですか。」
「私だって困るんですよ、マネージャーさん。」
わざとらしく頬を膨らませてみせる。
マネージャーが視線を彷徨わせた後、少しうなだれる形で後頭部に手を置く。困ったときのクセだ。
「……すみません。」
「分かればいいんです。」
そんなマネージャーの姿を見て肩の力が抜けた。
「じゃあマネージャーさん、連絡先教えてください。あとで予定表出します。」
「…えっ?」
うなだれていたマネージャーがきょとんとした顔を上げる。
ころころ表情が変わるマネージャーは見ていて面白いと思う。
「ライブですよ、ライブ。用意してくれるんですよね?」
「ソロライブは初めてですけど、精一杯頑張りますから。」
満面の笑顔をマネージャーに見せる。これだけでマネージャーは分かってくれる…と思う。
そんな私の考えを肯定するかのように、きょとんとしていた顔に微笑みを浮かべたマネージャーが頷く。
「……わかりました。とびきりの舞台を用意します。」
「念のために言いますけど『ライフハウス』とか言わないでくださいね?」
なんとなく嫌な予感がしたのでテンセント最大の劇場の名前を挙げて聞いてみる。
「えっ」
取る気だったみたい。
「『えっ』じゃないですよ!私こっちでは未活動なんですから!」
「地道にです、地道に!いきなり大舞台はやめてください!」
「いけると思いますけど……わ、わかりました。」
この根拠のない自信はどこから来るのかよく分からない、と小さく首を振りつつ。
それはそれとして、ライブは楽しみだ。
「…それじゃ、マネージャーさん。よろしくお願いしますね。」
「ええ、こちらこそ。」
この後、地道にと言ったのに2000人収容のライブハウスを取るマネージャーに怒る事になるのはまた別のお話。