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その眼は何を見るか

全体公開 5658文字
2020-09-08 01:25:40

オリキャラ視点の書館の国の話

「ジュルドゥオの虐殺?」
「ああ、正確には、ジュルドゥオ人虐殺だ」
がやがやとひとが集まった酒場の端で、そんな言葉を耳にして、彼は一瞬、ぴたりと動きを止めた。
「ジュルドゥオ人は、たしか、紫の眼が特徴的な」
そうだな、とうなずいた男は、特に声を潜めるでもなく、淡々と語った。
「公国内では、隣国との間に山があってな。彼らはそこに住んでいた」
「ジュルドゥオ人は山に暮らす民だったはずだな、特に虐殺されるような理由はなそうだが・・・鉱山にでも住んでいたのか?」
「鉱山だったのは確かだが、彼らは女神教への関心が薄かったからな」
淡々と語る男は、その『虐殺』を、眼にしてきた男だった。
(あれほど苦しんでいたくせにまあ・・・)
呆れをあからさまに顔に出して、彼は食事を再開した。濃紺のフードをかぶったまま、もさりと野菜の煮込みを口に運ぶ。
夜も遅く、仕事も終わりかけにそんな話題を聞く羽目になり、彼の心は一層くもった。今日はあまり仕事がはかどっておらず、あまり明るい気分ではない。そこにさらにダメ押しをされたようだった。
「女神教に関心がないだけで?ずいぶんと狭量な国だな・・・」
「表向きはな。だが実際は、彼らの特殊な性質に公国が目をつけただけだ」
彼はもぐもぐと食事をつづけた。
大衆向けの食堂でも、この国の食事は美味い。いろんな香辛料を使ったり、食事でさえ研究の余念がなく、手軽でかつうまいという点を極めるものが多かった。
どこの屋台でもそれなりの人間が働いているのだろう。どこで食べてもそれなりに美味しいというのは、この国の美点だった。
「性質?」
「彼らは他人から魔力を吸収し、それを自分の魔力とできる。受けた攻撃が魔法であれば、その魔力を吸収して無効化できる」
よくご存じで、と心の中で会話に参加しながら、ごった煮と化したスープを食べ終え、がたりと席を立った。
「そのおかげで、何人がつかまったか・・・」
すこし悲しみを孕んだ声に、彼はやれやれと呆れを隠さなかった。
(そんなことに、あの国で心痛めたのはアンタだけだろ・・・)
同郷の研究者がこぼすやるせなさを、彼は小さく笑う。
公には独自の宗教があるからという理由で迫害されて殺されたということになっていた。
実際、有用性を見出されたジュルドゥオ人は捕まえられそうになり、多くが抵抗して戦った。死んだのも多くいたし、殺されたのも多かった。女子供は捕らえられ、収容施設に送り込まれ、自由は奪われた。収容施設の中で、一族が自決をし、ほとんどは死に絶え、それか他国へ亡命した。
公国は、ジュルドゥオ人が悪いと言っている。死んだのはおかしな宗教のせいで謎の疫病が流行ったせいだとし、収容施設は病気の隔離施設だといまだに主張する。
それらを、むかしの話だと彼は感傷を捨てた。
ジュルドゥオ人の研究をする男の、かつて同郷で国に逆らった人間を置いて、彼はさっさと店を出て行った。
店を出ると、外で入り口に丸まっていた獅子が、のそりと起き上がる。白い鬣を持つ獅子は、ふんと鼻を鳴らして、遅かったなと言いたげに顎を上げた。
「あんたほんと偉そうだよなあ、クルキ。でも、あんたが見つけられないせいでこんな遅くまでふらつく羽目になってんだぜぇ」
俺を責めるのは筋違いだろ、と口の端を持ち上げて鼻先をつっつくと、いやそうに鼻の上に皺をよせ、ぐる、と牙をみせて威嚇した。
クルキは、銀獅子と言う種類の獣だ。
銀獅子という種類の獣は、銀と言うよりは白さが目立つ毛並みをしている。大きさは成人男性の肩ほどもあり、馬とそう変わらない。首が長くない分、巨大に見える生き物だった。知能が高く、こうして飼いならせるくらいには人の言葉もよく理解する。
『ボルグ』
普段は星のような銀目が、きゅうと赤くなる。
呼ばれたボルグが目を丸くすると、獣はす、とボルグの背後に視線を動かした。
「あ、たいちょー・・・・俺べつに、隊長の文句じゃなくて、」
『今日は、おまえの眼が適任だ』
獣を通してボルグを見ている上司は、ボルグの言葉に取り合わずにそうつぶやいた。
先に仕事だとボルグがちらりと紫の眼で視線を向けると、さきほどジュルドゥオ人の話をしていた研究者が、店を出るところだった。
そのあとに続いて、もうひとり男がそのあとを追うように出てくる。
(俺の国のやつが、あいつ狙っているんだろ・・・)
ボルグははあ、とため息をついて、クルキに行くぞ、とあごをしゃくった。
「つーか、なんで今更?」
あの研究者を殺したいという国の気持ちはわかる。
虐殺と言われるほどの凄惨な現場に赴いたジュルドゥオ人の医師は、国の発表に逆らった。彼らは病などではなかった、これは虐殺だと声高に主張し、そして殺されるからと、ビブリオテカという国に亡命した。
現王が行ったことに対して、現王の反対派は喜んで彼を逃がした。
だが、それも20年以上前の話だ。虐殺はいまだに話題としてのぼるし、あの医師は狙われがちだが、他国で勇者のいる国にそうそう刺客を送れるほど力のある国はではない。
あの国から送られた刺客は、ことごとく、寝返るか死んでいる。
(うーん、売り出しの暗殺者が売り込みに行ったのか?)
端から見て邪魔だとわかる男を殺そうかと言いに行くその手の職業は多い。だから殺し屋、という職業もそれなりに金にはなる。
ボルグが首をかしげたとき、びり、と魔法が広がったのがわかった。
覚えのある魔法の感覚に、ボルグは地面を蹴って、ぴたりと止まった男を飛び跳ねて追い越す。そして、研究者との間に割って入った。
紫の眼を細め、相手と相対する。
ボルグは相手を前に、周囲に展開された魔力をずるずると吸い取った。
ちらりと背後に視線を向けると、魔法で止まっていた男は、魔力がなくなり、効力がなくなった力から解放されて、再び歩き出している。路の陰から別の司書がするりと姿を見せ、ボルグから引き継いであとを追った。
念のため、男が家に帰るまでは護衛する。研究者たちの家には強力な反射魔法と防御魔法が組み込まれているため、家まで帰ってくれれば、ボルグたちも安心できる。
「・・・覚えのある魔法だな、俺に用か?初めましてぇ、ボルグ・ジュルドゥオでぇす」
口も悪くにたりと笑うと、フードの下で顔を歪めたのが分かった。
その目が赤く光っていることに、ボルグは顔をしかめる。
(その眼・・・)
ボルグはその目を知っている。
自分たちの隊長が持つ魔眼だ。
その眼自体が魔法で、その眼自体が強力な力がある。
「まさか、『支配階級の眼』じゃねーよな?」
発せられる魔法に、ボルグは覚えがあった。
誰もが頭を垂れる炎の眼。太古に葬られた、存在のわからぬ伝説。熱砂の国の支配者が持つ双眸。
そして何より、その目はボルグ・ジュルドゥオを支配する男の眼だ。
「なぜ」
それを、と発せられた声は意外と若いものだった。
ボルグの言葉が当たったことに、彼は肩をすくめた。
「書館の勇者がいる国で、そんなことを聞くのは愚問だぜ」
適任だ、と言った上司の言葉は正解だった。
これは魔力自体を吸収して、魔法陣を成立させないボルグの力が必要だ。他の人間では、その魔眼に支配され、おそらく勝手に自殺する。
『支配階級の眼』というのはそういう魔法だ。
支配というのは、精神汚染をするような魔法とは次元が違う。精神に働きかける魔法は、かけられた人間の命令や信念と反り合わない場合、それなりにバグを起こす。下された命令を受け入れられず、自分の中で混乱を起こし、結果、命令とは全く違う行動に走ることがある。
だが、『支配階級の眼』の『支配』は、そんなことは一切起こらない。
まるで、術者が王か貴族のように、支配下に置かれたものは、支配されるのが当然だと思う。生まれからして違うのだと、生き様を決定づけられるように。
支配は、言われた命令に反抗することなく、矛盾することなく、受け入れてしまう状態だ。それも恐ろしいことに、術者は対象を『視界に入れる』だけでよい。
だから、あの目を持つ男に『死ね』と言われれば、己の中で勝手に理由を作り上げて自殺するだろう。ボルグの隊長もそれをできるだけの『力』を持っている。
ただ、ボルグに至ってはその眼の支配には従わないし、対象外だ。ジュルドゥオ人の特性を強く持っているため、魔力を吸い上げ、己の魔力と化し、魔法自体を成立させない。
「クルキ!」
銀獅子の名前を呼べば、相棒は背後から男に襲い掛かった。くそ、と振り向いてクルキを視界に入れた人間に走り寄り、ボルグは腕を振り上げた。
と、と首の裏を叩くと、どさりと体が落ちる。
「魔眼持ちって、魔眼どうにかすりゃちょろいんだよなあ・・・」
とはいえ、大多数の意見としては、その魔眼をどうにかするのが一番大変なのだという。そういう感想を言えるのは、ボルグも自身がジュルドゥオ人だからだという自覚があった。
はあ、とため息をつきながら、ボルグは意識を失って倒れた人間の顔を見た。
自分の国の特性を顔的には受け継いでおらず、どちらかというと、自分の隊長に似ているなあと思った。もしかしたら兄弟か、血縁かもしれない。
殺しの依頼をされてきたのだろうなと予想し、念のため、懐から魔眼封じの布を取り出して目を覆う。
ぐるる、とのどを鳴らして寄ってきたクルキに、よくやったなと、顎の下をなでた。大きな獅子は、気持ちよさそうに背後で尻尾を振っている。
「よかったぜ、今日は気持ちよく寝れるな、クルキ」
最後にきちんと仕事が果たせたと笑っていると、クルキが目を丸くして振り返った。
「ありがとう、手を煩わせました」
その声に顔を上げると、こげ茶の髪の間から赤い眼を不気味に底光りさせる男が歩み寄ってきた。
紺色の長いローブを羽織り、困ったように笑う男こそ、ボルグの隊長であるアウル・エヒャだった。
ボルグは心の底から感謝をみせる男に、顔をしかめた。
彼の隊長は本当に、ボルグを心の底からありがたがっている。
『支配階級の眼』なんて世界でも支配できそうな力を持っているのに、能力にそぐわず穏やかな気性の男だった。
だからボルグはどうにも、その穏やかさを前にすると納得がいかないような気持ちになってふてくされた表情をしてしまう。
「たいちょーって、兄弟とかいる?」
「・・・わかりません。母とはだいぶ前に生き別れているので・・・」
もしかしたらいるかも、と首をかしげる様子に、ふう、とため息をついた。
「顔似てんだよね、こいつ、たいちょーに。たぶん、同じようにエスタブリッシュアイだと思うから、魔眼封じは外さないほうがいいぜ」
こてり、とエヒャが首をかしげて、とたんに顔を曇らせた。
「ボルグは大丈夫でしたか?」
「ああ、今日は少なかったからな、あとこいつは隊長ほどじゃなかったし」
無茶はしないでくださいね、とエヒャは苦笑した。
(んなこと言うのは隊長ぐれーだよ)
ボルグは仲間から『魔眼殺し』とか『魔法殺し』と言われて重宝されている。もっぱら対魔眼保有者を相手にするので、その体質を気にかけられたりすることはあまりない。
利点ばかりが目に行くのは人間の性だ。それで一族が滅びているので、そこは仕方ないとボルグは割り切っている。
ジュルドゥオ人はそもそも残っている絶対数が少ないので、この体質の欠点もあまり知られていない。
「魔力、吸い上げる量も限界がありますからね」
その言葉の通りで、そしてエヒャはその点を心配する。ボルグは何度されても慣れずに顔をわずかにしかめてしまい、今も例外ではなかった。
ジュルドゥオ人には器のようなものがあって、魔力を吸い上げられる量はある程度決まっている。それがボルグは格段に器がでかいので、たいていの魔眼はきかないというだけだ。
「あんたにやられたら俺は喜んで靴でもなめる犬と化すだろうな」
心配を吹っ切ろうとして自嘲し、エヒャには勝てないと遠回しに伝えると、彼はおかしそうに微笑んだ。
「そんな心配、しなくて大丈夫です。私がおかしくなったら、書館様が殺してくださいます」
その言葉が、ボルグはよくわからなくていつもすこし顔をしかめる。けれどエヒャは心底安心したように、大丈夫だというのだ。
(まー隊長は勇者狂いだもんなあ・・・)
勇者に殺されたいと願うものは案外少なくない。ボルグは魔力濃度が強すぎる勇者には近づくだけで吐き気を催すほどなので苦手だが、こうして隊長のようにいつでも殺されるだろうと言う人間は存外にいた。
(それぐれーないと安心できないんだろうな・・・)
世界を支配できそうな力は、きっとエヒャの手に余るのだろう。
ボルグの力は暴走などはない。だがエヒャは一度、その力を暴走させていた。その際に人間同士を殺し合わせたと聞いている。
「まあ、こいつは尋問室に放り込んでおきま、」
うぐ、と吐き気を催して、ボルグは言葉を詰まらせた。
だいぶ魔力を吸ったというのに、問答無用で、ごぷり、と体の中に高密度の力が入り込んでくる。
(う、げぇええ。これ、は・・・)
覚えのある魔力に顔を上げると、ふわり、と魚のように宙を舞う姿があった。
空色の眼を輝かせ、ふわりと水の中でも漂うように、小さな少年が浮いている。
「書館様・・・!」
顔を輝かせたエヒャに反応して、小さな勇者がちらりと視線を向けた。
「アウル・エヒャ・・・」
名前を呼ばれた上司は発光しそうなほど顔を輝かせる。ボルグはいるだけで空間を歪ませるような魔力に耐えきれず、クルキに腕を伸ばした。
巨大な獅子は意図を察すると、首根っこを掴み、自分の体に乗せる。これ以上は毒だと顔を歪めると、彼は侵入者をくわえて、走り出す。
(この国の頂上は異常なんだよなあ・・・)
吐き気に苦しみながら、居心地はいいけどなと、ボルグはその場から遠ざかった。


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