@toasdm
「天体観測じゃないんですか?」
「ああ。星占いさ」
星見、と聞いてプラネタリウムを思い出す程度には、彼女にとってその言葉は馴染みのないものだった。
「星座占いとかですか?」
「ん、まあ……そんなもんさ」
お前さんの想像してるもんとは少し違うかもしれないが、と苦笑する雨彦の言葉を、彼女はどう理解したのだろうか。そうなんですね、の返事のニュアンスから言って、彼女はそこまで、占いというものに傾倒しすぎていないように感じられた。しかし。
「じゃあ、占ってみてくれますか……?」
「お前さんをかい?」
「はい」
意外にも彼女がそう言ったものだから、雨彦は若干面食らう。デスクにあったメモ用紙にカリカリと何かを書き連ね、彼女はそれを雨彦に渡した。生真面目で真っ直ぐで几帳面なその文字に、お前さんらしい字だな、とまた苦笑して、雨彦はしげしげとそれを眺めてにやりと笑った。。
「電話番号でも渡されたのかと思ったぜ」
「もう、知ってるじゃないですか!」
「っははは、そうだったな」
書かれていたのは彼女のフルネームと生年月日で、雨彦は彼女の手からひょいっとペンを取り上げた。
「生まれた場所と生まれた時間はわかるかい?」
「ええと……」
普段意識しない情報は、思い出すのに少し時間がかかる。わかるぜ、だが三十路になったらそんな短時間じゃ思い出せなくなっちまうから気をつけろよ、と年上から目線でからかう雨彦に、そんなに変わらないじゃないですか、と彼女が口にした追加情報を、雨彦はメモの余白に書き込んだ。
「今朝の星占いだと最下位だったんですよ……」
「……ああ。なるほどな」
占いにそこまで傾倒していなくても、朝の星占いで順位が最下位だと気落ちする気持ちは、察するに難くなかった。なら、今日の運勢でも見てみるかい、とメモ用紙に何事かを書き連ねながら聞く雨彦に、お願いします、と返事をした彼女の声は、少し沈んでいるようだった。
「ほぅ……なるほどな」
「ど、どうですか」
「確かに、今日のお前さんの運勢はあまりよくはないな」
ああやっぱり、と更に気落ちした彼女に、まあ最後まで聞けよ、と雨彦は続ける。
「人に騙されやすい元々の性格と、星の巡りが悪い方に重なっちまってる」
「はぁ……そういう日ってありますもんね」
落胆する彼女をちらりと見てから、雨彦は手元のメモに目線を戻す。
「だが、運気を上向きにする手だてがないってわけでもないぜ」
「ほ、ほんとですか?!」
食い気味に返事をした彼女の一喜一憂を、雨彦は大真面目な顔をして受け止める。そうさな、とわざとらしいほどに「溜め」を作って、雨彦は彼女の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「身近な人に昼飯をご馳走してやるといいみたいだぜ? ラッキーアイテムはきつねうどん――なんてな」
ぽかん、と雨彦を見つめていた彼女が、あ、と呟いてから、からかわれたことに気付いてぺしぺしと、雨彦の二の腕を叩く。
「それ葛之葉さんが食べたいだけじゃないですか!」
「はは、バレちまったかい?」
「バレッバレですよ! まったくもうっ!」
人に騙されやすいのは本当だな、とくつくつ笑う雨彦が、メモをポケットにしまいこんで立ち上がる。
「ちょうど昼時だ、からかっちまったお詫びにうまいうどん屋につれてってやろう」
もちろん俺の奢りでな、とウィンクをした雨彦に続いて、彼女も立ち上がる。ため息交じりの彼女とほくほく顔の雨彦の上、空は今にも泣き出しそうだ。
「長雨の時期か……傘を持っていこう」
「盗まれないといいんだけど……今日運勢よくないですし」
「これからいいことあると思うぜ」
あるといいんですけどね、と傘立てから傘を二本持ち出した彼女が、一本を雨彦に手渡す。ありがとよ、とそれを受け取ったのとほぼ同じタイミングで、ぽつ、ぽつと雨粒が、アスファルトに模様をつけはじめた。
「わ、結構本降りかも……」
空のどんよりをそのまま持ってきたような顔をして歩く彼女の少し上の方、傘の中、雨彦はぽつりと呟いた。
「お前さんにいいことがないなら、俺が用意してやるさ」
その呟きは、本降りの雨が叩く傘の向こうの彼女には、聞こえていないようだった。