X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです

探+傭▼pixiv投稿済

全体公開 4409文字
2020-09-17 01:45:03

これから探傭になる予定の導入です。
荘園に関して自己設定多め

はぁっ、はー、ひゅっ、ごほっ、がはっ、げほっ

 止まらない咳のせいでまともに息ができず、頭に血が上り目眩がする。何も考えられずにただ手足をがむしゃらに動かした。目指す先はもちろん『出口』だ。
 ドクン、と心臓が一際大きく跳ねて、更に激しく咳き込んでしまう。後ろを確認しなくても分かる。何かとてつもない異形の存在が自分をつけ狙っている。自然と涙が流れるが拭う暇もなかった。長時間走り続けているせいか口の中から血の味がして、肌に突き刺さる向かい風が鬱陶しい。苦しくて胃の中のものを全て吐き出してしまいたかったが、今ここで立ち止まろうものならば想像を絶する恐怖が自分に襲いかかる。炭坑事故が起きた時だけ鳴らされる警告音が頭に鳴り響くが、それが幻聴か現実かの区別がつかなかった。叫び出して泣き喚いてしまいたい気持ちを必死で抑えつける。
 ようやく大きな門を潜り抜けるが、心臓の鼓動がとうとう張り裂けそうなものに変わる。すぐそこまで魔の手が伸びている証拠だった。脱出できるまであと三歩、二歩、一歩……

 そこで己の意識は途切れた。

「あ、おめでとう!結果は全員脱出だよ。おつかれさま」
 目が覚めたノートンにそれだけ告げて紺の占い師は立ち上がり、お供の梟を連れて背を向けて何処かへ去る。寝転がるノートンに手を貸そうとしなかったのはなるべく放っておいて欲しい彼の真意を分かっているからだ。目が覚めるまではずっと寄り添っているのだと誰かが言っていたが、正直それもノートンからしたら止めて欲しかった。しかし善意の全てを突っ撥ねる勇気を持ち合わせてはいなかったので、今回も何も答えずに流した。
 上半身を起こして辺りを見回す。荘園と呼ばれる広い建物の廊下のようだった。あれだけ不調を訴えていた体は、今は嘘みたいに何ともなかった。己は門の外に出たはずなのに、意識を失わされ、目覚めるといつも建物の中の様々な場所にいて怪我はすっかり元どおりになっている。今回もその類であったし、この奇妙なからくりは何度体験しても慣れなかった。寝起きで力が入りきらなかったので、壁を頼りにゆっくりと立ち上がる。備え付けの置き時計に寄りかかり、しばらく振り子の音を聞いて息を整える。最初は壊れていたらしいが、機械技師である女性が荘園中の全ての時計を直してしまったらしい。ノートンが此処へ来たときには既に修理済みで正常に動作していたので、本当かどうかは知らなかったが。規則的な音に段々と冷静さを取り戻し、先程までの出来事を思い出す。
 そうだ、空気を切る音が近くで聞こえたと思ったら、赤い光が瞬く間に僕の前に現れてあの暗がりに閉じ込めようと追いかけてきたのだった。捕まる前に磁力で引き離そうとしたが、アレは実体と虚像を巧みに操りあっという間に僕は捕まってしまった。近づいてくる鼻歌のようなものが心底憎たらしくて、抱え上げられ畏怖で息が止まった僕に対してアレは人間みたいに咳なんかして、硬い椅子に座らされて、それでーー


「探鉱者」


 暗がりに落ちそうだった意識が浮上する。辺りを見やるが誰もおらず、こっちだ、と再び声がして視線を下げると薄汚れた草色の衣服が目に入る。自身を傭兵と名乗る男だった。
……どうも」
「もうすぐ消灯時間だ。部屋に戻るんだな」
 そんなに時間が更けていたとは気がつかなかった。どうして近くにいた占い師さんは起こしてくれなかったのか、と疑問に思う。
「イライが何度揺すっても起きなかったと言っていた」
 見透かされたように淡々と告げられるのを微かに腹立たしく感じる。彼の全てを達観したような態度は苦手だった。悟るような言動は諦めとよく似ており、ノートンの取り柄とする執着とは真逆の性質だったからだ。
「ありがとうございます。じゃあ、これで……っ」
 上手く足に力が入らなくて、ふらついてしまう。咄嗟に壁に寄り掛かろうとする前に、ものすごい力で支えられる。自分より小さい彼だった。
「部屋まで送る」
 頼りたくはなかったがやむを得なかった。脇の下に頭を潜らせて、肩を持ち上げるように下からノートンを押し上げる。自分より一回り小柄な体格だったが、秘められている力は此処にいる誰よりも強かった。
「すみません、」
「気にするな」
 堅苦しい言葉遣いに知り合いの老爺を思い出す。彼は今もあの施設で暮らしているのだろうか。
……全員、生還できたと聞いた」
 なぜかこの傭兵は、毎日行われる試合で外に脱出できたことを生きると言い、逃げられなかったことを死だと言い換える。物騒だが似たようなものだったので、誰も否定はしなかった。
「ああ、はい。確か僕が最後の1人で、すんでのところで、開いている門から出られたんです」
 蝋燭の明かりが灯る廊下を助けられながら進む。目の前の自分たちの重なる大きな影に先程の恐怖が一瞬蘇りそうになり体が強張る。だが腕の中の男はびくともしなかった。
「ほとんどお前が奴の相手をしたらしいな」
「そうだったかな……途中、ウィリアムに何度も助けられたから。僕1人の力ではない、かな」
 声が反響するので小声で喋った。フードを深く被った彼の表情は見えない。
「逃げ込む先も、皆がいる場所から離れていたから助かったと言っていた」
「たまたまです」
「いや、俺も普段組む時は思っていた。おかげで勝ちまで持ち込める。考えているのか?そうそうできるものじゃない」
……なんですか?褒めたって何も出ませんよ」
 少し照れ臭くなって誤魔化す。ノートンに与えられた部屋がもうすぐそこだったので、お礼を言って彼から離れる。触れていた場所に汗が滲んだ気がして、早く風呂に入らなければと思う。
「えーと、僕も助けて頂いて毎度助かってます。それじゃ」
 お返しに取ってつけたように褒めるノートンに対して、送ってくれた彼の雰囲気が少し緩んだような気がする。相変わらず表情は隠れて見えなかったが、背を向けた際に拳で肩を押された。硬くて少し痛かったが、決して嫌ではなかった。



『早く出ろ!』
「嫌だー!最後まで残るから!絶対きて!お願い!」
 涙を大量に流しながら無線機へ叫ぶ彼女に、普段の聡明な姿とは大違いだと思う。
「ロボットで防げるから!多分!」
「行こう、残っても無意味だ」
「や、やだっ!あなただけでも早く出なよ!」
 本格的に泣いてしまった彼女に狼狽る。試合中、共に組む仲間の精神が錯乱するのはよくあることだった。おそらく今は、1人で逃げ回る彼のことを自分の父親だと思っているのだろう。無理やり連れ出しても良かったが、万が一を考えて残るというのは一つの手でもあった。それに、混乱している彼女を1人置いていくのは気が引けた。ここでは逃げ出した人数の結果によって貰える報酬が違う。折角安全圏にいる技師が間違って再び捕食者の領域に入っていってしまうかもしれない。目的を達成するために試合に勝つことが重要なノートンにとってそれだけは絶対に避けたかった。
「わかった。僕が残るから。君は先に行って彼を待っていてくれないか」
「かれ?誰……?」
「忘れたのかい。君のパパだ。……ナワーブ・サベダー」
 自分でもめちゃくちゃなことを言っていると思ったが、緊迫した状況で納得させるような言い方が見つからなかった。口下手な自分を呪う。
 1人が早々に『返された』ので、少しの失敗も許されない場面が続く中、ようやく有利な状況を掴み取ったのだ。絶対に負けたくはなかった。もう一度彼女の目を見て説得する。
「僕に任せて。きっと上手くやる。……信じて」
 詐欺師にでもなった気分だが、口にすると本当にできるような錯覚が起きる。目の前の大きな瞳が瞬いて、強く頷いたので心底ホッとする。
『もうすぐ着く!早く出ろ!』
「ほら行って!前だけ見て!」
「うん!」
 走り去る背中を確認して、こちらへ向かう彼の姿を捉える。もう安心だ。ノートンも外へ足を踏み入れようとしたその時
「あ"っ」
 がくん、と彼の足が崩れる。もう出口は目と鼻の先だと言うのに、最悪のタイミングで限界が彼の体に訪れる。後ろの霧に包まれた巨大な影が大きく振りかぶるような奇声を上げる。このままでは出口を目前にして彼は降参だ。ノートンのすることは一つだった。


「逃れた!逃れたー!!」
「3人ともありがとう!」
 きゃあきゃあという悲鳴に意識が浮上する。明るい光が差し込む場所だったので、寝起きの目が眩む。草木の匂いがしたので、中庭かどこかだろうと考えながら、眩んだ目が落ち着くのを待った。
「キャンベルさん、起きた?」
 上から声をかけられる。さっきまでは泣いていた子の声だった。
……あぁ、お疲れ様」
 自分はベンチに寝ていたので、座り直して深く腰掛ける。一緒に試合をしていた女性2人が手を取り合って喜んでいた。その姿に、結果はどうやら良いものだと察する。
「ナワーブ!キャンベルさん起きたよー!」
 扉の向こうから見慣れない人が現れる。フードを取り払った傭兵の彼だった。こうして見ると体格も相まって幼い印象を受けるが、素肌につけられた無数の傷跡は彼の過去の惨状をよく表していた。
「おー、おつかれさん。最後助かった」
……どうも」
「すごかったねー!間に壁に入って磁石投げて突き飛ばしてそのまま逃げ切り!もー感動しちゃった!ありがとう!」
 勝利を手にした事と、仲良くしている彼を助けてくれた事に対してお礼を言われているのだと思い、彼女の期待を裏切らずに済んで良かったと内心安堵した。握手を求められたので、手袋を外して応じた。
「すまない、汗かいてるかも」
「ううん!」
 ニッコリと笑う彼女の頬に涙の跡が残っているのを確認する。試合で受けた傷などは全て無かったことにされるので、ノートンが意識を失っていた間も泣いたのだろうと思った。
「俺も」
「はい」
 差し出された傷だらけの手を握る。熱かった。そこでようやく先ほどの記憶が蘇る。段々と力が抜けていく彼の体を抱えて、ノートンは必死に門の外へ逃がれたのだと。結果的には良い戦績を残せたが、下手すれば共倒れするような状況で考えもせず賭けに出た自分に少し戸惑った。強く手を握られてハッとする。
「助かった。……本当に」
 ノートンにしか聞こえない声で低く囁かれる。手を離される際に撫でられて、ぞくりとその場所が粟立つ。幼い顔で笑ったまま、こちらに背を向けた彼に、本当に知らない人間のような印象を受けてしまい、勝利の余韻は全て何処かへ吹き飛ばされてしまった。目を閉じると感触を思い出す。いつかの夜に支えてくれた熱くて硬い体と自分の腕の中で冷たくなっていく小さな体、どちらが本当の彼なのか、ノートンにはまだ分からなかった。


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.