@erindyll
「ご苦労。好きに腰掛けてくれ」
電脳政府の役所受付ではなく、施設内部の関係者エリア。
ジャム・プレイス運営陣の一員にして、電脳政府を立ち上げ先導する「大統領」。
「はい」
彼の執務室に招かれたマコは、促されるままにソファへ腰を下ろした。
きょろきょろとマコは部屋を窺う。
机と椅子の執務席。応接用のソファとテーブル。
本棚も無く、観葉植物の鉢がひとつ。その気になればなんでもアーカイブに収納できてしまうこの世界では、本棚はインテリアでしかない。
机の上には小さな写真立て。おそらくご家族の写真だろうか。
意外と手狭な部屋、という感想を彼女は抱く。
「この資料が終わるまで、もう1分待ってもらっていいかな?」
「大丈夫ですよ。お気遣い無く」
もともと、マコの知ってる彼はあまり派手なことをそう好まない。勿論必要ならそうはするが、豪華さより落ち着きを大切にしていた。
ジャム・プレイスでも彼は変わらないなとマコは思った。
「お待たせ、マコくん」
別の資料を片手に持つ大統領と、マコは向かい合う。
「先日は、君が無事で本当に良かった。その後、体調に不調はないかな」
「アーさんこそ、いろいろとご迷惑をおかけしました。身体の方も問題無く……」
深々とマコは頭を垂れる。
「……あっ。誰が聞いてるか分からないし『大統領』ってお呼びした方がいいですかね?」
「いつも通りで構わないよ。マコくんは今のジャム・プレイスにとって欠かせないのは事実だが、それ以前に私の旧き知人でもある」
「こうやって一対一でお話しするのは、何年振りでしょうか?」
「どうだろうな。二人きりとなると、それこそ主観的には十年二年振りくらいになるだろうか」
ふむ、と大統領はログアウト不能障害以降の期間も勘定しながら答える。
「今回、来てもらったのは他でもない。我々が君の力に関して『知ってて伝えなかったこと』を、ちゃんと話そうと思う」
「『時間凍結の種』、ですね」
大統領が頷く。
「本当はわかった時に話すべきだったのだろうが」
「簡単に、話は聞きました」
ふるふると、マコはどこか寂しげな笑顔で首を振る。
「わざわざ、"話さないように"気を配ってくれたんですよね」
大統領は、まっすぐとマコを見つめる。黙することで、肯定の意を伝えた。
「私が、余計に傷付かなくて済むように」
桜間マコは、何も知らない女子高校生の頃からこの電脳世界の開発に関わっていた。まだ「ジャム・プレイス」という名前も決まっていない頃。その異能を買われて。
そして数年、彼女はジャム・プレイスから離れていた。大きなものを喪った彼女は、魔法の世界にもう一度関わっていくほど強く在れなかったから。
これからマコが聞く話は、彼女の人生にとってこれまでもこれからもなんら変わらない、
ただの皮肉の話だ。
1999年7か月、
空から恐怖の大王が来るだろう、
アンゴルモアの大王を蘇らせ、
マルスの前後に首尾よく支配するために。
1999年。
7月31日。
23時57分。
背筋に、
「何も起きないのかもしれない」という不安が這い、悪寒に震え出す。
いつも通りの日常だった。
本当は、わかっていたのかもしれない。
落ちて。
でもそう願わずには居られなかった。
23時58分。
墓参りをした。
よく晴れてて、入道雲がすごい高さだった。
最期のつもりで、彼に話しかけた。
落ちて。
お願い、落ちて。
絶望が目の前まで迫ってくる。
「生き続けなければいけない」という、恐怖が。
23時59分。
夏が終わる。
夢が終わる。
気怠げな安堵感は、もう私を守ってくれない。
お願い。落ちて来て。
落ちて。落ちて。
落ちて。落ちて。落ちて。
落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落──
1999年。
8月1日。
0時0分。
滅びなんてものは、
当たり前のように降って来なかった。
「急な決定だったが、護衛のいる生活は慣れたかな」
ふわりと、目の前に出されたおかわりのコーヒーから白い湯気が昇る。
「はい。護衛の彼女だけじゃなく、周りのいろんな人が気を遣ってくれています」
カップを手に取り、苦笑いのような愛想笑いを返す。
「もちろんアーさんも」
そんなマコの言葉を信じたのか、様子を見てどこか確信したのか、大統領は「うむ」と頷くだけだった。
執務室に、コーヒーの香りと穏やかな時が流れる。
「今度」
静寂を破らずすっと入り込んで来るように、大統領がぽつりと漏らした。
「会ってみるか? 『恐怖の大王』に」
「穏やかな方、なんでしたっけ?」
笑みを返しながらマコは、自分でも驚いていた。
こんなにも、許せるのかと。自分が事実を受け入れられてることへの驚きだった。
「たしか山葉」
「ああ」
天丼が好きな『恐怖の大王』は、ジャム・プレイスを楽しむアバターの一人だ。
「君のことだ。彼女ともすぐ仲良くなってしまうような気が私はしてるよ」
「私も、なんか素敵だなって思います」
ならば今度、と大統領が言いかけたところで室内に通信が入る。
『大統領さん! 今お時間よろしいですか!』
マコにとっての現実世界での「仕事仲間」、ティーン=ジャムプレイスの緊張感と焦りのある声だ。
「問題無い。続けてくれ」
そう言いながら、大統領はマコの方に視線をやり苦笑いを向ける。
「大丈夫ですよ。本当に、お忙しいですね」
マコは大統領の意を察し、小声でそう返した。
『ブルーコード海上でウイルスエネミーを検知! 近隣に居た船舶には既に避難指示を出してます! しかし、すぐに動けるレコード・レイドの人員が──』
大統領とマコの視線が合い、お互いが頷く。
「2〜3人、確保してくれ。こちらから一人、すぐに送ろう」
「ティーンちゃん! 私いけるよ! よろしく!」
『マコさん!? ……わかりました! 大統領とマコさんの端末に情報を送りますので』
「マコくん」
「了解です!」
自分が、こうしてまた魔法使いをしてるのは、最高に皮肉だ。
桜間マコは、笑顔でそんなことを思う。
同時に、最高に皮肉な人生なのに、そこまで嘆くほどじゃないとも。
首から下げられた時空宝珠のネックレス。
それを服の上から握りしめた。
『恐怖の大王』。
私はもう、破滅を願わないよ。