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[東雲P♀]パフェ・パルフェ

全体公開 2269文字
2020-09-21 10:58:28

「ほらケーキじゃないですか! ズコットだ!」
「どうやろね」
地元がぶどうの名産地なPさんが持て余してるぶどうをスイーツに変身させちゃうちょっと天の邪鬼なところが見え隠れする東雲さんのお話です。

Posted by @toasdm

 そのままでもおいしいんですけどね、と山盛りの翡翠色をつまみながら彼女は言う。荘一郎の方は深い紫紺色を口に放り込んで、なるほど、と旬を味わっている。
「きっと、荘一郎さんなら素敵なものに大変身させてくれると思ったんですけど」
「はあ、そうですね……
 二人の間に山と積まれた翡翠色と紫紺色は、それぞれ今最盛期を迎えている白ぶどうと黒ぶどうだ。店頭できれいに包装されて並んでいるものは一房四桁はくだらないような「ぶどうの女王」が、房から落ちたものや色味の悪いものはご家庭用としてご近所に配られる。石を投げれば生産農家にぶつかるような彼女の地元は、それで季節を知るのだと聞かされて、荘一郎はその山を見る。
「皮ごと食べられて種もなくて、これだけジューシーならたしかに、そのままでもええと思いますけど」
「飽きちゃうんですよ」
「贅沢やね」
 くすりと笑って立ち上がり、荘一郎は腕を捲くった。ええですよ、と振り返り、荘一郎はその、彼女の贅沢を休日に叶えてやることにした。
「何かな、何かな」
 タルト?ズコット?とわくわくの視線を背中に受けて、荘一郎はキッチンに立つ。口の中にはあの芳醇な、ぶどうの風味がまだ残っている。せやね、と材料を揃えた荘一郎の背中は、休日の青年からあっという間にパティシエの背中に変わった。
「あれ……ケーキ?」
 卵を泡立てている荘一郎の後ろから、彼女は意外そうな声をあげる。ケーキならズコットだ、と嬉しそうにする彼女の期待を裏切りたくはないものの、多少天の邪鬼なところのある荘一郎はどうやろね、と匂わせるだけだ。
「ほらケーキじゃないですか! ズコットだ!」
「どうやろね」
 型に流し込む動作も生地も、彼女はもうずっと見てきている。スポンジケーキだ、とキラキラの瞳に子供を宿した彼女に、ジェノワーズです、と答えて、荘一郎はオーブンに生地を任せてぶどうを洗う。
「ジェノワーズってスポンジケーキじゃないですか」
「ええ、ビスキュイもそうですよ」
「何が違うんですか……おいしければどっちでも同じじゃないですか……
 彼女からすればどちらも、甘くてふわふわでおいしい食べ物だが、荘一郎からしてみるとどうやらそれは少し違うらしい。
「作り方と材料が違います。ビスキュイは卵と砂糖と小麦粉だけのシンプルな材料で、黄身と白身を分けて泡立てて作るのでふわっと軽いです。ジェノワーズは材料にバターや牛乳をプラスして、黄身と白身を分けずに泡立てるのでしっとりしてます」
「プロっぽい……
「プロなんやけど」
 苦笑しながらも淡々と、荘一郎は手元のぶどうを切っていく。彼女からはパティシエの背中で隠れて見えない荘一郎の手元には、スライスされたぶどうの薔薇が咲き始めている。あたりに漂う香ばしさと、生クリームをホイップするシャカシャカという小気味良い音。彼女の期待は、まるでオーブンの中のスポンジケーキのようにもこもこと膨らんでいった。
「え……ズコットじゃ、ない?」
「せやね」
 てっきり口の中に、たっぷりとクリームを含んだあのドーム状のケーキが飛び込んでくると思っていた彼女の期待は、パフェグラスを取り出した荘一郎の動作ひとつであっさりと裏切られる。焼き上がって冷まされて、しっとりとシロップを打たれたスポンジケーキをスライスしながら、荘一郎は楽しそうに言う。
「あなたの欲しい物をそのまま作るのもつまらないでしょう」
 うわ、絶対にやにやしてるぞこれ、と声と言葉に含まれた見慣れた意地悪そうな笑いに、彼女は裏切られた期待がいい意味だという確信のようなものを得る。手元のパーツをパフェグラスの中にビルドして、荘一郎はそれをコトリと彼女の目の前に置いた。
「おまたせしました、二色のぶどうのパルフェです」
「うわ……うわぁ、花、だぁ……!」
 秋色に咲くぶどうの薔薇に、飾り切りのぶどうが並ぶ。見た目が既にずるいじゃないですか、と思わず写真を撮った彼女にスプーンを手渡すと、荘一郎は向かいに腰掛けた。
「これ知ってる、おいしい地層」
 スポンジケーキとクリームとぶどうの層にスプーンを入れて、それを頬張る彼女の予想を裏切れたことに満足しながら、荘一郎も地層を崩しに取り掛かる。んー、と一オクターブ高い歓喜を漏らした彼女が、ふ、と我に返って荘一郎をじっと見る。
「なんです?」
 おかわりならないですよ、と言えば、そうじゃないんですって、と彼女はスプーンの動きはそのままに、もぐもぐしながら荘一郎に尋ねた。
「パフェとパルフェってどう違うんですか?」
……
 食べるか質問するかどっちかにできんのやろか、と小さく漏らして、荘一郎は夢中になりすぎた彼女の頬からクリームを拭ってちゅっと吸う。

「どっちでもええわ、おいしければどっちでも同じやろ」

 さっきはビスキュイとジェノワーズは違うって言ったじゃないですか、と文句を言う彼女にしっかり味わってほしいからというのと、彼女の欲しがるものをそのまま与えるのもつまらないのとが、その雑な対応の理由なのだが、彼女の方はどうにも納得がいかない。
「荘一郎さん雑」
「雑な人間はぶどうで薔薇作らへんよ」
 英語がフランス語かの違いだけですよ、とあまりにも雑に言うものだから、彼女はしばらく、荘一郎が面倒臭がって説明しないものだとばかり思っていた。

 結局、それが本当に言語の違いだけだということに彼女が納得したのは、秋で満たされていたパフェグラスが二つ、空っぽになった頃だった。


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