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あの時「カンオケ」は必要だったのか ~棺桶を中心に考察する12巻“奪還宣言”とその周辺

全体公開 50 148 4351文字
2020-09-27 21:29:30

学生が書いた提出レポート風のやつ

Posted by @t_dia_r

 このレポートは『吸血鬼すぐ死ぬ』221死において判明した吸血鬼文化における棺桶の重要性と、その事実を反映した際に浮き上がる12巻145死のやりとりの不自然さに注目することで、『吸血鬼すぐ死ぬ』145死におけるロナルドとドラウスの相互不理解及び作者の意図について考察していくものである。

 まず、考察をすすめるにあたって前提となる「吸血鬼文化における棺桶の重要性」について説明したい。これは『吸血鬼すぐ死ぬ』221死においてドラルクにより言及された吸血鬼特有の文化に基づく慣例のことである。
 内容を以下に引用する。

「棺桶の場所を聞くということは ”あなたの命を私に預けてください” つまり求婚の意味になる」
――『週刊少年チャンピオン』2020年41号323頁より引用

 このドラルクの説明により、吸血鬼にとって棺桶及び棺桶を置く場所がただの寝具と寝室という以上に重要な、とくに婚姻や生命にまつわる意味を持つということがわかる。また同時にこの時点まで退治人であるロナルドはその慣例を知らなかったということも提示される。

 この前提のもと『吸血鬼すぐ死ぬ』12巻145死に立ち返りたい。私は冒頭で145死の「不自然さ」に言及したが、その不自然さとは大きく分けて以下の2点である。
  1)ロナルドの台詞の不自然さ
  2)ドラウスの反応の不自然さ
 私がここで問題としてとりあげたいのは145死でドラルクが母親に連れ去られた際、ロナルドが口にした台詞の不自然さとそれに対するドラウスの反応の不自然さである。
 ドラルクが母親に連れ去られたと判明したとき、ロナルドが発した台詞を以下に引用する。

「だが俺はあのタコ野郎を連れ戻すぞ! あいつはqs4もカンオケも実況用PCもここに置きっぱなしだ!!」
――秋田書店出版『吸血鬼すぐ死ぬ』12巻138頁より引用

 以下これを称して“奪還宣言”と呼ぶことをご容赦願いたい。この奪還宣言には不自然な点がいくつかあるのだが、特に顕著なのがジョンの不在である。
 ジョンはドラルクの使い魔であり主人であるドラルクと寿命を共有する唯一無二の存在である。当然ロナルドはふたりの密接な関係を知っており、まさに彼の腕の中でジョンは主人の身を案じて泣いている。
 一方でロナルドが主張したいことはドラルク奪還の根拠であり正当性である。それを示したいのならば非常に簡単でかつ強力な主張がひとつ考えられる。ロナルドは「あいつがジョンを置いていくはずがない」と言えばいいのだ。シンプルである。それだけで読者にはドラルクの連れ出しが本人の意思ではないことが伝わるだろう。しかし彼はそうは言わない。作者によってジョンへの言及を封じられているのである。この件については後述する。

 ジョンに言及しないという不自然な行動をとったロナルドは、代わりにドラルクが置いていった彼の私物を列挙するという回りくどい方法によって奪還の意志を示す。彼がここであげたのはqs4、カンオケ、PCの三点である。首をかしげたくはならないだろうか。確かに大事な物かもしれないが作中で強力なエピソードを持ったアイテムだとは言い難い。それならばなぜこの三点が選ばれたのだろうか。その疑問をもって列挙された三点に注目した時、ひとつ明らかに異質な表記に気がつくだろう。そう、「カンオケ」である。
 ロナルドはこれまで作中で棺桶に言及したことはあるが、それは漢字で表記されてきた。カタカナで表記する癖があったわけではない。しかし奪還宣言において「棺桶」はわざわざ「カンオケ」と不必要に文字数の多いカタカナで表記されているのである。ここに作者の意図を感じずにいられるだろうか。
 一般論になってしまうが日本人が単語をカタカナで表記するのはどういう場合だろう。外来語である、発音しにくい単語である、擬態語や擬音語である、棒読みを視覚的に表現したものである……様々な理由が考えられるだろう。その中で私はひとつの仮説を提示したい。「意味がわからないまま発音している」可能性である。
 ロナルドは「棺桶」の意味がわかっておらず、そのため表記が「カンオケ」とされている、と仮定したらどうだろう。ロナルドは退治人である。吸血鬼と同居もしている。棺桶に対する人並みの知識は持っているのだ。さらに言えば直前の138死ではドラルクの棺桶に侵入しており、その個性的な機能まで把握している。そのロナルドにとってすらわからない棺桶の意味とはなんだろう。それは221死でドラルクが言及することになる「求婚」の意味ではないだろうか。

 少し脇に逸れるが棺桶における求婚設定についても少し補足させていただきたい。棺桶に婚姻や生命にまつわる意味があることはすでに述べたとおりであるが、この設定は作中で明らかにされる221死よりかなり以前から作者の中にはあったものだと推測される。
 傍証として作者のTwitterより以下のツイートを引用する。

ゴルゴナ:ありがとう、人間の子よ。美しいだなんて光栄だわ。あなたもきっと美しい血潮の輝きを持っている方なのでしょうね。ふふふ。そうね、貴方が私の抱擁を受けに来てくれるなら、棺桶の在処を教えてもいいわ。
――2016年7月13日午後11:00の作者ツイートより引用

 ゴルゴナが棺桶の在処を誘い文句として使用していることから、この時点ですでに棺桶の置き場所にはただの寝室として以上の意味が設定されていたのだろうと推測できる。これは145死の発表(2018年8月9日)より二年ほど前の発言である。

 上記の内容から145死の時点でロナルドの発する「カンオケ」から求婚の意味が脱落していることを作者は知っていたと考えられる。しかしそうなるとこれは何のための表記なのだろうか。読者と感覚を共有するためではない。なぜならば読者はロナルド同様、棺桶における求婚の意味をまだ知らないからだ。ロナルドが「棺桶」と言うとき、それは読者の思い描く棺桶に近いはずである。読者にとってロナルドの言う「棺桶」は意味が欠けていないのである。
 では、意味の欠けた「カンオケ」の表記が必要になるのはどういう場面だろう。それは「棺桶」の意味を正しく把握している人物と対比される場合ではないだろうか。あの場にいて伝統的な棺桶の意味をきちんと把握している人物がひとりいる。ドラウスである。

 ここでふたつめの「不自然さ」であるドラウスの反応について触れておきたい。ドラウスはロナルドの“奪還宣言”を聞いたとき、即座に「よく言った」「大切なのはあの子の意思!!」とロナルドを全面的に肯定する。抱擁し号泣しながらである。そのあまりの勢いに奪還を宣言したロナルドですら「お、おう」と少し腰がひけている始末である。なぜドラウスはそこまでロナルドの奪還宣言に感動したのだろうか。それは、彼が「棺桶」の意味を、求婚の意味を含めて正しく理解していたからではないだろうか。
 ロナルドは自分の発した「カンオケ」という単語に求婚の意味が欠けていることを知らない。彼にとってそれはまだ寝具でしかないのだ。そしてそれは読者も同様である。その一方でドラウスは「ロナルドは棺桶における求婚の意味を知らない」ことを知らないのだ。ここにふたりの相互不理解が成立してしまう。
 ドラウスがロナルドと比較して不自然に見えるほど大袈裟に感動しているのはこのためだと推測できる。ドラルクの棺桶はここに置いてある、というロナルドの言葉は、ドラウスにとってはドラルクの彼に対する求婚の意思、もしくは命を預ける意思を受け取ったものとして解釈されているのではないだろうか。

 さて、ここでもうひとつ小さな疑問が浮上する。先に私はロナルドは「作者によってジョンへの言及を封じられている」と書いた。これの意味するところは単純である。ロナルドがジョンに言及してしまうと「カンオケ」の出番がなくなってしまうのだ。
 奪還宣言において「カンオケ」という単語は巧妙に読者の視線から隠されている。221死が公開された今となっては棺桶は非常に重い意味を持つ言葉であることが明らかになった。しかし145死ではそれをqs4やPCと並列することで、あたかもただの私物のひとつであるかのように偽装しているのだ。もし仮に、ロナルドが「あいつがジョンとカンオケを置いていくはずがない」と言っていたとしたらどうだろう。「カンオケ」がなぜここでジョンのような重要人物と並べてまで言及されなければいけないのか、読者は不思議に思うのではないだろうか。中には棺桶がジョンと比較されるほどに重要なアイテムであると気づく読者が出るかもしれない。読者に疑問を抱かせることなく「カンオケ」という言葉を使うには、逆説的であるが、ロナルドがジョンに言及してはいけないのだ。

 221死においてロナルドと読者はようやく棺桶における求婚の意味を把握する。しかしその頃にはロナルドは145死で自分が何を言ったかは覚えていないだろう。ロナルドの奪還宣言を聞いていないドラルクも、まさか同居人がそのような発言をしていたとは思わないだろう。ロナルドの奪還宣言を覚えているだろうドラウスは、しかしその前後で態度にこれといった変化はない。もしかすると奪還宣言に「カンオケ」が含まれていても、含まれていなくても、彼らの関係にはなんの変化もなかったのかもしれない。
 ただ、果たして作者はなんの意図もなくこれだけのレトリックを用いたのだろうか、という疑問は残る。ロナルドにジョンの存在を無視させてまで、なぜドラルクの棺桶はロナルドのもとにあると宣言させなければならなかったのだろうか。現時点(2020年9月)ではその解答となりそうなエピソードは開示されていない。

 すでに棺桶の意味は明かされている。ロナルドとドラルクは過去の発言に気づいていない。ドラウスは誤解のうえでふたりの関係を肯定している。この誤解のうえに成り立った関係がなんらかのカタストロフィを引き起こすのか、はたまた作者の気まぐれで終わるのか、いずれ我々読者が見届けられる日がくる、かもしれない。


以上
哲汰ヒトトシ

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*一部改訂(2020.10.01) 伝わりやすいよう補足:
旧)ロナルドは「あいつがジョンを置いていくはずがない」と言えばいいのだ。シンプルである。しかし~
改)ロナルドは「あいつがジョンを置いていくはずがない」と言えばいいのだ。シンプルである。[それだけで読者にはドラルクの連れ出しが本人の意思ではないことが伝わるだろう。] しかし~


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