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今日のわたしはアテ馬女役

全体公開 3865文字
2020-10-20 23:00:59

鄧艾夢モブ女視点の鄧艾司馬師です

 ジムの受付バイトを始めて、早一年。わたしは別段、体育会系というわけでもなく。身体を鍛える趣味もない。では何故、ジムなんかでバイトをしようと思いたったのかと言えば、筋肉マッチョの男が好きだという、めちゃくちゃに不純な動機からである。
「よお。今日も可愛いね。お嬢ちゃん」
「あはは。どうも、おじさん」
 しかし、不運なことにここのジムの会員は、そのほとんどがダイエット目的のメタボジジイばかりだったのである。わたしは今日も愛想笑いを浮かべ、単調な職務をこなす日々。なんとも、潤いのない職場であった。
「すみません」
「あー、はいはい」
 憂鬱すぎて、わたしの接客態度はついつい、おざなりになる。仕事といえども、おじさん達に二十四時間笑顔を振り撒くのは、なかなかに疲れるのだ。
……って、鄧艾さんじゃないですかっ!?」
 生返事と共に顔をあげれば、そこには加齢臭のおっさんの汚い面ではなく、爽やかな好青年のドアップが。その人はこのジム会員唯一のイケメンであり、わたしの推し客の鄧艾さんだった。
「えーっ!めちゃくちゃ久しぶりじゃないですか!なかなか来てくれなくて、寂しかったです〜!」
 すかさず、わたしは接客放棄のプライベートモードで弾丸トークを繰り出した。先ほど、適当に愛想笑いを返したおじさんに対するものより、ワントーン高い声で。
「あの、タオルを忘れてしまって。貸して頂きたいのですが」
 しかし、クールな鄧艾さん。わたしと世間話をする気など、毛頭ないかのように華麗にスルー。この人はいつも、用件以外のことはあまり喋らない。そんな寡黙なところもカッコイイ♡と、思うわたしなのであった。
「はい♡タオルレンタルですね。一枚三百円です」
 鄧艾さんが財布から三百円を取り出すや否や、わたしはすかさず手のひらを差し出す。すると、彼は迷わずそこに百円玉を置く。鄧艾さんの無骨な指が触れた。最高。今日は絶対に、手は洗わないで寝る。
「ありがとうございます」
 店員にも丁寧で爽やかで、何より本当に顔がいい。比較的かわいい系の顔立ちなのに、肉体はしっかりと鍛えられていて、わたし好みのマッチョ体型。もう、文句なしの百点ですわ。
 実のところ、青年とかいう歳ではなく、わたしがおじさん呼ばわりする面々と同じような年齢らしいのだが、全くそんな風には見えなかった。ぶっちゃけ顔が良ければ、年齢なんかどうでもよくない?少なくとも、わたしはそう思う。

 今日のバイトの前半戦は無事、トレーニング中の鄧艾さんを眺めることで終わった。無論、盗み見であった。
「鄧艾さんって、なんでたまにしか来てくれないんだろう。あんなイケメンだったら、毎日だって来て欲しいのに〜!」
 休憩中の更衣室、わたしはバイト仲間の同年代女子に愚痴ってみたりなどする。今日の来訪など、ゆうに一月半ぶりだった。多い月でも、二、三回しか来てくれない。身体はあんなに鍛えているのに、不思議と不精なのだ。
「鄧艾さんと仲良いおっさんから聞いた話だけど、彼女と同棲してて、彼女が居ない日にしか来ないんだって」
「えー!?なにそれ?超束縛彼女じゃん!!」
 同棲してても、普通プライベートって別じゃないですか?彼氏がジムに通うのすら許せない彼女って、わたしはどうかと思うんですけど。
「てか、やっぱ彼女いたんだ〜。そうだよね。あんなイケメンじゃあ、そりゃあモテるよね
「それが、そうでもないって。会社の女子からはどっちかって言うと嫌われてるってさ」
「えー。そうなの?」
 彼女持ちだった事実に多少のショックを受けつつも、わたしの鄧艾さん情報の収集に余念はなかった。ぶっちゃけ、まだ余裕で“あわよくば”を狙っていた。
「なんか、言い方が厳しすぎて泣かしちゃうんだって」
「それは、女の子の方に問題があるんじゃないの〜?絶対、ゆとりだよ。ゆとり」
 なんて、わたしは会ったこともない鄧艾さんの会社の女や、その噂の彼女のことを憶測でけなしつつ、延々と同僚に鄧艾さんの良さを語ったりなどした。
 ちなみに、受付で二言三言交わしたくらいの仲でしかなく、わたしはぶっちゃけ鄧艾さんのことを何も知らない。いや、でも、そのうち仲を深める予定なので。ワンチャン、束縛彼女になら勝てるんじゃね?なんて、わたしは己の恋愛力を過信していた。

 いやもう、偶然でしたね。むしろ、運命と呼ぶべきですか?本当に偶然に、オフの日、ジムの近所で、わたしは出会ってしまったのだ。
「あーっ!誰かと思ったら、鄧艾さんじゃないですか!偶然〜!!」
 遠慮など一切なく、道ゆく彼を大声で呼び止めて、わたしは猛烈アピールをお見舞いする。この程度、意中の相手に対する軽いジョブである。
 鄧艾さんは一瞬、明らかに「誰?」という顔をしたので、さり気なくジム受付嬢であることを自己紹介しておく。
……誰だ。この女」
 と、鄧艾さんの隣を歩くやたらと綺麗でスタイルの良い男が、不躾な態度と物言いで彼に訊ねた。鄧艾さんに負けず劣らずのイケメンではあるが、美人系はわたしの好みではなかった。何より、態度が悪いのがムカつく。
「ええと。自分の通っているジムの受付をされている方、です。多分」
 多分じゃなくてそうなんですけど!?鄧艾さんにちゃんと認知されていなかったというショッキングな事実は、しかしテンションの上がった今のわたしには、あっさりとスルーされた。それ以上に、オフの日に出会えた奇跡に舞い上がってしまっていたから。
「てか、今日は彼女さんと一緒じゃないんですか?彼女さんがいない日しかジムに来てくれないって聞いたから、ずっと一緒にいるのかと思っちゃいました!」
 隣の男をガンスルーで、鄧艾さんしか視界に入れず、わたしは一方的に会話を続ける。連れの男があからさまに不機嫌そうな顔をしたのにさえ、気付きもせず。
「ヒマなら、もっとジム来て下さいよ〜!って、今日来てくれててもわたし休みでいないじゃん!ばかっ!」
 鄧艾さんは少し困ったように、わたしと隣の男の顔色を交互に伺っていた。そんな困った顔も、可愛くて素敵だなとわたしは見惚れるばかり。
「束縛彼女さんと四六時中一緒じゃあ、息が詰まっちゃうでしょう?もっと、身体動かしましょうよ♡なんなら……
 そこで、わたしは言葉を途切れさせた。スッと、わたしの身体を遮るみたく、スラリと長い白い手が延びる。予告しよう。次の瞬間、わたしは唖然とする。
「その、束縛彼女とはわたしのことだが。なにか、文句でもあるか?」
 突如として、隣で仏頂面をして立っていた男が、おもむろに鄧艾さんに腕を絡めた。あたかも、情熱的な恋人のように。
え?……え??」
 この人は一体何を言っているのだろう。一瞬、わたしは意味が分からなすぎて混乱したのだが、すぐに悟ってしまったのだ。彼のわたしを見る目つきが明らかに、こちらをライバル、否、それ以下。彼氏に寄り付く悪い虫として認知していることに。それはまごう事なき、女の目だった。百戦錬磨の恋愛女子のわたしには分かる。
「分かったら、デートの邪魔はしないでいただけるかな?小娘」
 すごい。めちゃくちゃ陰険な物言いの上に、美人すぎる笑顔が怖い。わたしはすぐに理解した。圧倒的敗北。いや、だって、絶対この人に敵うと思いますか?無理無理。女の勘がそう告げている。画して、わたしの片思いは壮絶な幕引きをしたのであった。

 数分前から、これみよがしの不機嫌オーラが凄まじい。司馬師さんは明らかに機嫌が悪い。のであるが、自分にはその理由が判らないのであった。
あの、司馬師さん。もう少し、離れて歩いて……
「断る」
 その頑なな返答に、深いため息を吐く。決して人通りの少ない通りではないのだが、ご覧の通り、司馬師さんは腕を組むようにくっついて歩いて離れない。人目も気になるが、何より歩きにくくて危なっかしい。
……青山に寄って帰りますか?」
「何故」
 先ほどから、彼は短く苛立ち気味の返事しかしない。要するに、まともに自分と会話をする気がないのである。かと言って、機嫌を取らずに放置してしまうと、ますます取り返しのつかない状態になってしまうから難しい。
「司馬師さんのお気に入りのケーキでも買って
「そうやって、お前はすぐモノで機嫌を取ろうとするな」
……すみません」
 また、怒られてしまった。けれど、ようやく司馬師さんはこちらに視線を向けてくれた。ということは、それなりに取り入る余地があるということ。
「ジムを変えろ」
「ですが、あそこがマンションから一番近く
「二度、言わせるな。変えろ」
……承知しました」
 訂正。取り入る余地など、微塵もありはしなかった。イエス以外の返答は受け付けないと、その膨れ面には有り有りと書かれていた。
 致し方ないと、自分は了承の言葉を吐く。新しいジムを探すのは面倒ではあるが、司馬師さんの機嫌をこれ以上損ねるのとどちらがより徒労であるかと言えば、圧倒的に後者なのだから。
「では、ゆくぞ」
「行くとは、どちらへ?」
「青山」
 なんだかんだ文句を言いつつも、結局ケーキは買いに行くらしい。相変わらず、司馬師さんは恋人のようにピタリとくっついたまま離れないのであるが、その件に言及すれば、直りかけた機嫌を再び損ねてしまうかもしれない。そう思って、自分は素直に、彼と歩幅を合わせて歩いた。


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