@koma_jinro
吾輩は妖である。名前は【ここに文字を入力してください】。
なぜ生まれたのかはとんと見当がつかぬ、気が付いたらデータの塊として主の陰の中でゆらゆらしていたことは記憶している。
そう、主である。妖として生を受けたからには人の一人も驚かすべきなのであろうが、当時の吾輩にその様な料簡はなくどことなく懐かし気な匂いにつられて主の足を陰に沈めようとしていたら逆に陰を掴まれ、地上に引っ張り出された。
精霊としての契約もその時結ばれたものである。こうして吾輩は妖としての僅かな生に別れを告げ、精霊となった。名前は【ここに名前を入力してください】。
これが実に二年ほど前の話。名前は未だにない。
主との契約を果たしてからの二年、色々あった。
色々あったとは言うが、人の世の事には疎く、偶に主に引っ張り出される他はただ陰でちゃぷちゃぷしていたらいつの間にか二年も過ぎていたというのが実情である。
最近では主も陰の扱いに慣れたもので、吾輩を引っ張り出さずとも陰を捏ねまわし、活躍しているようで何よりである。
時折爆発やら斬撃やらチカチカする魔法やらを陰に捨てるのは安眠の邪魔なのでやめてほしい。
大抵一晩仕事で夜行を動かして掃除をする羽目になる、そんな時は迷惑料として主の弁当から肉を失敬すると、呆れたような顔をしてもう一切れを放り込んでくる。
しようがないのでまた陰を使うのを許すのである、肉に吊られたわけではない。
さて、そんな主は最近難しい顔をしていることが多い。
少し前も何やら色々考えこんだ後、部屋のあちこちに隠した書物を処分したり、アクセサリーショップで小一時間棚を睨みつけて店員に引かれてたりしていたが、そう言うのともまた違う。
何やらしかめっ面のしかめ具合が3割増しになった、ウニの様な髪の下にそんなしかめっ面が乗っているので岩場に張り付いたウニ感も増している。
仕事への気合も増している。その代わり部屋に戻ると電池の切れたように動かなくなるか何やらぶつぶつ呟きながら装備の手入れを延々としているかである。
何に夢中になっているのかは知らぬが、根を詰め過ぎれば身体に悪い、主の身体に何かあれば精霊の吾輩にも影響がある、ということで。
折を見て吾輩が一肌脱ぐことになるのである。
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――――装備を磨きながら、魔導書を睨む。
『星屑姫』の離脱、バグ・グレイスへの帰還から幾日か、任務や日々の仕事のないときは部屋にこもり、準備を整えている。
装備を買い替え、馴染むように手入れをし、うろ覚えの魔法の理論や新しい祝詞、呪いの言葉、そうしたものを頭にたたき入れる。
北極点に存在するという『魔王城』、レコードレイドの最終決戦の場。
そこにたどり着き、立ちはだかるであろうあいつに会うためには、ありとあらゆるものが、至らない。
一時期は自分の部屋など無く、勉強するにも難儀するほど賑やかだったこの教会も、まるで人はいないし、最後に残った同居人も一人は帰ってこない始末。
がらんとした教会の様に寂しさを抱くこともないではないが、今は静寂がありがたい。
魔導書を睨み、呪文を只管呟き頭に入れる、その作業を続けて幾時が過ぎたのかも分からなくなってきたころ、腹と足の合間にずっしりとした重みを感じた。
「…ん?」
何やこれ、と手を翳せばふかふかとした毛並みが掌を包み込む。
「何や、お前か。」気がつけば幾分とかすれた声が、喉から出る。
腹の間を覗き込めば、白い毛玉の中にある、真ん丸の目と視線が合う。
地面から生え、膝に乗りかかっていた毛玉はさも当然、とばかりに飛び上り、脚の間に座り込み、でかい図体で視界が真白に染まる。
「うおっ!?邪魔すんなて、何も見えんて。」
抗議するように声を上げれば、髪をもしゃもしゃと齧られた上に顔をべろべろと舐められる。
「ぶぇっ!?やりおったな!てか今背中から口生えてなかったかお前!?」
お返しだ、と腹をわしゃわしゃと撫でまわせば、膝の上で暴れ、抑え込きれずに床に転がり、上に下にと互いに暴れまわる。
しばし暴れまわった後、床に寝ころび天井を見上げる。視界の隅ですました顔して舌たらしても遅いでお前。
「なんやねん、どいつもこいつも……なあ。」
「我儘放題で、人の事振り回して、こっちが追っかけりゃ、届かんところに行ってまう。」
手を伸ばし、陰で出来た毛並みに触れる。
「受け止める、何てかっこつけていうたはええが。受け止めるとこまで行けなきゃかっこ悪いて。」
「受け止められるんか、自分に。」
「掴めるんか、あいつの事を。」
「…………何て、しょーもないことでぐだぐだしとったら怒られるな。」
ヨシ、と頬を張り、気合いを入れなおして立ち上がる。
机に座り直し、魔導書を睨む頃は毛玉の気配はなく、影法師がちゃぷちゃぷ揺れていた。
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吾輩は精霊である。名前は【ここに文字を入力してください】。
主が何に悩み、何を為そうとしているかは皆目見当がつかぬ、つくのは明日、主の様子を心配した保護者に説教部屋に叩き込まれるであろうということだけだ。
だが、まあ。主が真っ直ぐ進むべき道を歩いているのであれば、その道を照らすのが吾輩の役目。
空に亡き、陰の陽として。星を追うものを照らし導こう、それが吾輩の契約である。
きたるべきその時まで、暫し陰ながら見守ろう、主よ。
[空亡]
百鬼夜行の終わりに出現するとされる大妖怪、黒雲と陰の中にある巨大な球体として描かれる。
しかし、その実態は百鬼夜行絵巻の末尾に現れる太陽を妖怪と解釈して生まれた、実体のない伝承。
[星を追うもの]
【プロテクション】をSL5からSL6へ。
契約精霊からの贈り物。