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[雨P♀]焼肉食べ放題

全体公開 2 2879文字
2020-10-31 00:28:47

「でもお会計半額って魅力的ですよね」
「そうだな、いつもの倍食ったって会計は変わらない、ってのは魅力的だと思うぜ」
雨彦さんとPさんが焼肉食べ放題になるお話です。

雨恋お題バイキング参加作品

Posted by @toasdm

 割引券、という言葉に心が躍るあたりが小市民だ、と彼女は肩をすくめて笑った。小市民でいいじゃないか、とその彼女の肩を軽く抱き寄せて、雨彦は自分の肩に彼女の頭をお迎えして笑った。
「でもお会計半額って魅力的ですよね」
「そうだな、いつもの倍食ったって会計は変わらない、ってのは魅力的だと思うぜ」
「いつもが人の倍食べてるのに、さらに倍ですか……?」
「四倍食うことになるな」
「太りますよ」
「恰幅のいい俺は嫌いかい?」
 くつくつと、喉奥を鳴らして笑う雨彦を見上げて、彼女は至って真面目な顔をして言う。
「彼女の私はどうでもいいって言ってますが、プロデューサーの私が断然NG出してますね」
「っはは、なら、今のお前さんはOKってことか」
 今はプロデューサーじゃないだろ、と笑う彼女の額にちゅっとキスをして、雨彦はソファに預けた体をゆったりと寛げる。
「衣装直しも手がかかるし、商品価値が落ちるかもしれないな」
「そっち方面に需要がないとは言い切れませんが、ニッチですからね」
「引退後にするか」
 アイドル引退後も好き放題、今の調子で食べていたら確かにそうなってしまいそうだが、健康を害さない程度にしてくださいね、と笑う彼女にとっては、別にどうでもよさそうだ。お前さんは俺の見てくれがどうあっても俺が好きなんだろうな、と目尻を下げる雨彦は、引退後も自分と一緒にいてくれるつもりの彼女からの愛情と期待をたっぷりと受けて、満足げにため息をつく。
「次のオフでいいかい?」
「そうですねぇ……有効期限内だと、明後日かな」
「明後日か……
 有名な、高級焼肉店の会計半額チケットは、雨彦が掃除屋の筋からいただいたものだ。お前さん焼肉好きだったよな、とそれをちらつかせた瞬間にぱぁっと顔が輝いた彼女と雨彦の休みが重なるのは、直近だと明後日だ。今からお腹空けとかないと、と雨彦から離れて腹筋をする彼女を、雨彦はなんとも言えない気持ちで見つめていた。

 おはようとおやすみなさいを二回こなして、オフの日。清々しい朝は彼女のキスで始まった。
「んっ……
「雨彦さん、雨彦さん、焼肉焼肉っ♪」
 目を開ける前から上機嫌なのが見て取れて、雨彦は寝起きの焼肉コールに眉尻を下げる。お前さん朝から食いしん坊だな、と体を起こせば、もうすっかり着替えて身支度を整えた彼女が膝の上に乗っかっている。そんなに待ちきれなかったのかい、と抱き寄せて今度は自分からキスをして、雨彦はニッと笑う。
「だって焼肉ですもん」
「昼からか」
「夜まで待てないので」
 ばしっ、とそこは言い切った彼女のテンションに釣られるようにして、雨彦の気分も上がっていく。そうだな、と彼女を抱えたまま立ち上がり、雨彦はベッドサイドでくるくると、彼女を抱いてその場で回る。
「肉だ肉だ」
「きゃーー♪」
 焼肉ーっ!とその最高潮のテンションをキープしたまま、彼女は雨彦の身支度が終わるまで、焼肉用のスペース空けておかないと、とせっせと運動などしている。そいつに意味はあるのかい、と苦笑しながら聞く雨彦がラフな普段着に着替えて、気分ですよ気分、とすっかり焼肉モードの彼女の手を取って出かけて、店の前まで行ったところで、二人は一枚の張り紙に全てを打ち砕かれた。
…………
「お前さん」
 本日臨時休業、の無慈悲な張り紙一枚で、彼女の顔に虚無が訪れる。ひゅう、と秋風が木の葉を上げて吹き抜けて、より一層の寂寥感を盛り上げていく。
「やだ」
……だが」
「私今日は絶対焼肉って、もう三日くらいずっと焼肉って」
「わかった」
「焼肉以外は受け付けてあげません」
「わかったから」
「焼肉ったら」
 ぶるぶると、やり場のない感情に拳を震わせながら、彼女は雨彦を見上げてキッと睨むようにして言い放つ。

「焼肉ったら焼肉なんですっ!!」

 今まで彼女の意志が強いな、と感じる場面に幾度か遭遇してきたが、ここまで意志が強く、鬼気迫るような気迫の彼女を雨彦は見たことがなかった。多少たじろいで、そうかい、と上手く言えたかどうかもわからないまま、雨彦は頭の中の地図を広げる。
「系列店までは電車で二時間か」
「そんなに待てるかっ!」
「お前さん、キャラがブレてるぜ」
「焼肉の前にキャラもチャラもあるか! 絶対焼肉なのっ!!」
「わかったから、な?」
 今すぐ焼肉!と焼肉モンスターになってしまった彼女の頭をぽんぽんと叩いて、質は落ちるが、と雨彦は駅の近くにあったリーズナブルな食べ放題の焼肉チェーン店へと彼女をご案内する。
「ここで、今日はひとまず、な?」
「うぅ……
 慣れ親しんだ味と言えば聞こえはいいが、今日は彼女は、あの有名な高級焼肉店の肉を迎え入れることに全神経を集中させていたのだ。むすぅ、と不貞腐れているのもまた可愛らしいが、雨彦は最早、こうする以外に彼女の内なる焼肉モンスターをなだめてやる方法が思いつかなかった。
「また次の休みに焼肉半額券を使わせてもらおうぜ」
「でも……
「ほら、食い放題だから、な?」
「う……
 店の外から覗いた店内、各種焼肉バイキングの他にデザートもきれいに並んでいる。ドリンクもあるな、アイスもか、と彼女の興味をそそるように情報を小出しにしながら、雨彦は最後のひと押しとばかりに彼女の耳元で囁いた。

「焼肉もケーキも、今日好きなだけたらふく食った上に、次の休みは今日のリベンジだぜ?」

 わかりました、と声ばかりは不承不承といった様子だったが、その顔はどうみてもお前さん、大喜びしてるよな、とようやくご機嫌が治った彼女と一緒に、雨彦は店へと足を踏み入れる。
「食べ放題飲み放題九十分コース、大人二人で」
 元取ろうぜ、とトングをカチカチと鳴らし、雨彦は意気揚々と、山盛りに盛り付けられたありとあらゆるメニューを次々皿に乗せ、網に乗せ、焼いて平らげて腹に納める。これは焼肉なので満足してやりますよ、と文句を言いながらも雨彦と同じくらいもりもりと食べる彼女と雨彦の休みが重なる次のオフは、一週間後の予定だ。
「一週間分食べてやるんですからね……ん、雨彦さんこれおいしいっ!」
「こいつも美味いぜ、食ってみろよ」
「うわーい!」
 この先一週間分の満足を腹に詰め込んで、ちときついな、と雨彦がベルトを緩めて本気を出してまた追加して、テーブルに皿がどんどん重ねられていく。皿タワーが何回か店員によって片付けられたあたりで、彼女は満足げにデザートコーナーへと飛んでいった。
「よく食うな……
 あの衝撃の臨時休業からきっかり九十分、彼女の皿からデザートをいくつか口にねじ込まれた雨彦の細い体に入った食べ物の量は、ちょうどベルトの穴二個分のようだった。もう牛タン一枚も入りません、と満足そうな彼女は次の休みまで、焼肉用の体に仕上げるんです、と自宅での運動量を増やしていた。

 リベンジ当日、彼女は念入りに店のホームページを調べてから雨彦を起こしたことを、雨彦は知らなかった。


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