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[雨P♀]大安吉日

全体公開 1 2404文字
2020-10-31 13:16:55

……天赦日、って知ってるかい?」
雨彦さんとPさんと結婚と大安吉日のお話です。

Posted by @toasdm

 雨彦さんそういうの気にする人っぽいな、という気持ちと、雨彦さんそういうのにあんまりこだわらない人なのかもしれないな、という気持ちとが、彼女の中でぐるぐると渦を巻いている。やっぱり本人に聞くのがいいのかな、とは思うのだが、話題が話題だからおいそれと、自分の方から聞くのもどうなのか、と彼女はいまいち踏み込めずにいた。
……
 そんな彼女の様子は、雨彦には何か思い悩んでいるようにしか見えなかった。実際思い悩んではいるのだが、彼女はいつも、雨彦に何か相談する前にはこんな顔をしている。雨彦にできることといえば、彼女がその「何か」を言い出すのを根気強く待つだけだ。どうしたんだい、と水を向けても、彼女の中でまとまっていない間は、彼女にもうまく答えられないからだ。コーヒーを飲んで本を読みながら、雨彦は秋の夜をのんびりと、彼女の隣で過ごしていた。
……あの」
「ん?」
 考えがまとまったか、と彼女の呼びかけに顔を上げ、雨彦は読みかけの文庫本をぱたんと閉じて眼鏡を外す。なんだい、と鼻に残った眼鏡の跡をぐりぐりとつまんでから、雨彦は彼女の方を向いた。
……ええ、と……
「どうした……?」
 彼女の言葉の端切れの悪さに、雨彦は訝しむ。遠慮するような間柄じゃないだろ、と考え込む彼女の腰に腕を回して、雨彦は彼女の頬にキスを落として聞いてみる。
「なんでも、ない話、なんですけど」
 うんうんと唸りながら言葉を選ぶ彼女の様子が、普段の様子と少し違って見えて、雨彦はじっと言葉の続きを待つ。ええと、とあの、とを幾度も挟みつつ、彼女はおずおずと雨彦を見上げて、言いにくそうな顔で雨彦に尋ね始めた。
「雨彦さん、って……その……大安吉日、とか、そういうの気にしますか……?」
「ああ、六曜かい?」
 あ、六曜って言うんですか、と言う彼女がさほど気にしていないことは理解できたが、なぜ彼女がそんなことを気にしだしたのかまでは、雨彦はまだ掴みきれてはいない。そうさな、と顎に手を当て考えて、雨彦はぽつりぽつりと話しだした。
「普段の生活で意識することはないが、宝くじを買ったり冠婚葬祭だったり、そういう場面で意識する人は多いんじゃないのか?」
「か、冠婚葬祭……
 お前さん、宝くじでも買うのかい?といつになく真剣かつ言いづらそうな彼女の顔を覗き込んで水を向けてみるが、彼女の真意はイマイチ掴みきれない。冠婚葬祭、の言葉を拾って、雨彦は話を少し広げてみる。
「友引の日は友を引くって縁起を気にして、葬式の日取りをずらしたりするのは今でもよくあるし、六月の大安吉日は結婚式場が予約でいっぱいになるそうだぜ」
「大安吉日」
 その反応はなんなんだろうな、と注意深く彼女を観察して、雨彦はようやく顔を出し始めた彼女の気持ちのしっぽを掴んでゆっくり引きずり出す。
「日曜と重なると、年単位で前から押さえておく必要があるって話だが」
「あ……雨彦さんは、やっぱり、あの」
 ははぁ、と彼女の真意を言いづらさとをやっと理解した雨彦は、しかし理解したのと同時になぜ彼女が、の部分に触れて僅かに動揺した。
……天赦日、って知ってるかい?」
 その一瞬の動揺を隠すように、雨彦は慌てて言葉を紡ぐ。なんですかそれ、ときょとんとしている彼女をよいしょと抱えて膝に乗せ、雨彦は額をコツンと合わせて目を閉じたまま話を続ける。
「天が赦す日って書いて天赦日さ。年に数回しかないんだが、その日は何をしても天のお赦しがある、って言う最良の日でな。何かを始めるには最高の日取りだから、当然結婚式なんかも、そういう縁起のいい日に合わせることも多いぜ」
「あま、り……聞かないですよね」
「メジャーじゃないからな。暦注下段なんて今はほとんど気にする人もいないだろう」
 耳慣れない言葉にぽかんとする彼女を、置いてけぼりにしている自覚はあったが、雨彦は少し、冷静になりたくて話を続けた。
「今年の十一月は天赦日が二日あって、うち一日は日曜日と重なってるから、式を挙げたり入籍したりするなら、その日がおすすめだぜ」
「っ」
 彼女のそういう反応から、雨彦は確信する。お前さん、そういうつもりでいてくれてたんだな、とじわじわ喜びがこみ上げてきて、知らず緩んだ口元を押さえて雨彦は珍しく目を泳がせた。
「その……俺の誕生日の、次の日になっちまうが」
 ドクン、ドクン。心臓が強く脈打って、確信に変わったもしやの思いに、雨彦は短く息を吐き出して、ゆっくり目を開ける。
「そのつもりなら、俺は――

 目の前に、自分と結婚する未来を思い描いている最愛の顔がある。

 少し潤んだ目元と赤い頬、あの、と恥ずかしそうにしている様子、全てが堪らない。ぎゅう、っと思わず力いっぱい抱きしめて、苦しそうにばしばしと背中を叩かれて、雨彦は少しだけ腕の力を緩めた。
「雨、ひ――
「日取りに関しては俺は気にしない、いつでもいい、だが――
 もう一度、今度は優しく力強く彼女を抱きしめて、ばくばくとうるさい心臓を彼女の柔らかな胸に押し付けて、耳元で、囁くように雨彦は言った。

「天が赦してくれる日なら、お前さんももしかしたら、許してくれたりするのかい?」

 なんて頼りない、情けないプロポーズなんだ、と自嘲する。仕方ないさ、お前さんが急に、そんなことを言い出すから心の準備が間に合わなかったんだぜ、と言い訳する。えぅ、と言ったきり固まったままの彼女の顔をいつ見てやればいいんだろうな、と腕の中に彼女を閉じ込めて、雨彦はしばらく彼女をぎゅっと抱きしめる。

 いいですよ、と小さな声がしたのは、雨彦がようやく、彼女に見せられるような顔になった頃だったのだが――
……ありがとよ」
 その一言でまた、元の木阿弥に戻ってしまった雨彦は、そうやって言うだけで精一杯だった。


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