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【APヘタリア/hetalia】失礼しますが、RIP♡【手描き】の解説のようなもの

全体公開 74 2284文字
2020-11-05 22:03:53

キャラというより、ガッツリ歴史の話になってるので苦手な方は閲覧をお控えください。

歴史を含んだ解説です。できるだけ簡潔に書くように心掛けます。苦手な方はご注意ください。
個人的に語り足りない所は注訳(※)を入れてます。


動画内容は冷戦の始まりから、区切りのいいデタント※1 までです。
メロディーごとのブロックで箇条書きで書きます。
動画内で史実解釈が入るのはBメロから


★そもそも冷戦の始まりは、戦勝国の連合が世界を上手くわけ合いっこ出来なかったところから仲間割れしていきます。☃️<アワワ

Bメロ
・イギリスの前首相チャーチルさんがヨーロッパの東西両陣営の緊張状態を「鉄のカーテン」と比喩しました。
それに対してアジアに張られた東西対立の境界線を「竹のカーテン」と比喩されます。


・元々ピリピリしていた連合国でしたが、東側の中華人民共和国が誕生してから更に対立が悪化🐼❗️


Cメロ
・アメリカを中心としたチームNATOを作ると、それに対抗してソ連を中心としたWTOが誕生
(NATOの本部はベルギーに、WTOの本部はポーランドに)


・ベルリンの分割。冷戦を語る上で外せません。有名なベルリンの壁が作られたのは意外と後の方。

・朝鮮の分割。※2 冷戦を語る上で外せません。長くなるので詳しくは注訳で。

・サンフランシスコ講和条約。※3 これにより日本は西側陣営に。


サビ
・米ソが核開発と宇宙開発技術を競って牽制しあいます。冷戦の特徴はリーダー同士が殴り合いではなく睨み合いなところ

・ベトナムは独立を目指し西側と長期に渡り戦います。

・社会主義国家だったポーランドとハンガリーで反ソ運動が起こりました。


・1961年にベルリンの壁が作られます。

・キューバ危機※4 このまま戦争を起こすと地球滅亡もあり得るため、とても強い睨み合いが起きました。

・キューバ危機の一触即発を乗り越え両国に緊張緩和の動きに。緊急事態に電話で直接対談できるようにしました☎️(後々蘇様がデタントをぶち壊す)


※1
米ソデタント(緊張緩和)とは
冷戦体制下の1960年代末から1970年代末にいたるアメリカ合衆国とソビエト連邦の政治対話が行われるようになった期間を指す。(wikiより引用)

※2
朝鮮戦争について
ベルリンが分割された後、本来は次に日本の分割の予定でした。(「日本分割統治計画」で検索!)そしてやっと日本の支配から解放された朝鮮は、自分たちの国号を朝鮮人民共和国にする予定だったそうです。しかし結局日本は分割されることなく、代わりに朝鮮が分割され、現在に至ります。
圧力という大人の事情で発売が叶わなかった「イムジン河」という歌の歌詞には「誰が祖国を二つに 分けてしまったの」というフレーズがあります。昨日まで同じ国民だった人達がある日突然敵国の人間となると考えると、恐ろしいですね。
正直朝鮮戦争に関してはまだまだ語り足りないのですが、あまりヘタリアと絡められないのでこれはまた次の機会に

※3
サンフランシスコ講和条約に不参加&調印しなかった国たち
冷戦に代表される対立のもう一つが中華民国と中華人民共和国の対立である。この条約は世界各国を集めて調印を行ったが、この2国は揉めるといけないので会議にはお呼ばれしませんでした。ちなみに、招待したけど不参加だったのは、インドさん、ビルマさん、ユーゴスラビアさん。参加したけど調印しなかったのは、ソ連さん、ポーランドさん、チェコスロバキアさん。
→結局中国さんとソ連さんとの国交回復はならず、いまでも北方領土とか竹島で揉めたりしてます。

※4
キューバ危機の一触即発
アメリカはトルコに、ソ連はキューバに、お互い近距離から敵を狙えるようミサイル基地を準備していました。核戦争に踏み込めば最悪地球が吹っ飛んでしまうかもしれないので、出来れば戦争はしたくないというのがお互いの本音でひたすらの睨み合いが行われていました。
が、ソ連は武器を乗せた船をキューバに向かわせていたので本当の本当に開戦の一歩手前。ソ連のフルシチョフ(偉い人)さんも奥さんに「モスクワから離れろ」と電話するほど死を覚悟の臨戦状態でした。
このキューバ危機の睨み合いは13時間続いたらしいです。


補足などありましたらコメント欄で教えて下さると嬉しいです。
ここまで読んでくださりありがとうございました♡


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