Text-Revolutions EXTRA2内ユーザー企画の「試読巡り」https://rally.siestaweb.net/ex2/ 対象の試し読みページです。
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あらすじ
高校二年生の暮葉は、一晩帰っていない兄を探していた。同じく兄を探す強面の追っ手から暮葉を助けてくれたのは同じクラスの問題児・翼だった。彼は、兄の追っ手には《竜》使いと呼ばれる超能力者がいて、彼の敵でもあると言う。問題ばかりをもつ暮葉と翼の兄と姉たちは、ある名家の因縁によって繋がっていた。きょうだいに振り回される二人は、この因縁に巻き込まれていく。妹と弟の兄をめぐる解放の物語。
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第一話
誰かを追いかけている。
胸がすうすうする。会いたい。戻りたい。でもあなたは誰だっけ? しろくぼやけた視界にひとつが人影があるのに、どんどん先に行かれてしまう。待って。待って。手を思いっきり伸ばして、届いた。私の手よりもひとまわり小さい手のひら。しっとりしてあたたかい。人影が振り返る。びっくりした顔は、
「あ、秋穂(あきほ)?」
細い黒髪のツインテール。小さな顔の切れ長の眼がまんまるに、小さな口はすぼめられている。
どう、真後ろをトラックが通り過ぎていった。パッパー、どこかのクラクション、人の話し声が聞こえる。
「暮(くれ)葉(は)、やっと起きた?」
「え、私、立ったまま寝てた?」
「立ったまま寝てた」
親友の来(くる)海(み)秋穂は呆れた目で私を見る。東(ひがし)野(の)暮葉を。
朝は強いほうなのに、納得いかない。まだ夢の中にいるみたいだ。秋穂に手を引かれて校門をくぐっても全く実感が湧かなかった。
「慣れない徹夜なんかするから。お兄さんが帰ってこなかったんでしょ」
「あ! そう! そうだった! そうなの!」
びびっと、一気に全部が繋がった。そんな感じ。足の裏が地面についていて、立っている。お兄ちゃんが帰ってきてない。そうだった、それであんな夢を見て、こんなにふらふらしていたんだ。
「はいはい。今朝だけで五十回は聞いた。どうせふらっと帰ってくるって」
そうだった、秋穂が全然相手にしてくれないんだった。そうじゃなくて! 聞いて欲しくてあれこれ言い方を変えてみるけど秋穂にそっぽを向かれてしまう。
秋穂はあ、と声を上げて、私の手を離す。え、やっと話聞いてくれる気になった? 期待を込めて見るけど、秋穂は私の肩にかけたかばんを引きよせた。くっつけている小さなぬいぐるみをひっつかむ。
「これ、ししむーの限定ショップで新しいの出るんだって。新しくできるビルにショップができるって、バイトの先輩に聞いた」
「え、ホントに?」
困り眉の羊のキャラクターであるししむーはテーマパークができてしまうほど人気だ。秋穂はその遊園地「ししむ園」でバイトをしている。
ししむートークに花を咲かせようとしたとき、視界にあおい色が入った。
「あっ、おはよ!」
頭一個大きい男子が追い抜いていくところだった。
第一ボタンだけを外して、ネクタイも緩め、シャツはズボンにインしているし、ブレザーも着ている。内ポケットにイヤフォンの線が延びていた。リュックサックを片側の肩にかけている。クラスの男子より少しがっしりして見え、なにより一番目立つのは水色がかった髪だった。高一を二回、高二も二回目の問題児だ。瑠(る)璃(り)翼(たすく)。学校に来るのはとても珍しい。
「……おはよう……」
友達というわけじゃない。彼は不思議そうにあいさつを返した。
遠のいていくのをなんとなく目で追っていたら、秋穂に手を引かれた。ずい、携帯電話の待ち受け画面を突きつけられる。二〇〇X年十一月・・・・・・八時四十分。
「ひええええ!」
すっとんきょうな声が出た。思わず駆け出したけど、授業中の教室に駆け込んでしまってものすごい気まずい思いをした。
休み時間もちょくちょく、秋穂に兄のことを相談しようとして、
「お兄ちゃん、ずっと電話してるんだけどつながんなくてさ。どうしよう?」
「お兄さんも大人なんだからさ、そっとしといたら? 暮葉はブラコンすぎだよ」
「そうかなあ」
でもこんなこと初めてだし。とまで食い下がっても秋穂の答えは変わらない。
でもどうしてもはらはらした。いてもたってもいられなくて、昼休みに担任に相談してみた。でも秋穂と同じ反応だった。この調子じゃもっと時間が経たないと警察もだめかなあとか、でもなにかあったんだとしたら、とか嫌な想像ばっかりが広がる。
お昼だし、今度こそ電話に出るかも。
職員室を出てから、電話をかけられそうな場所を探した。
昼休みに電話できるくらい静かな場所はそんなにない。
校舎の端の階段とか? 目指していくと、どんどん人気がなくなる。だけど足音がした。先だ。ひとつ先の角を、あおい頭が曲がっていった。
この先は例の階段しかない。そーっと顔出して覗くと、翼は階段を登っていって、突き当たりのドアを開けていった。
屋上につながっている階段はここだけだ。でも、屋上は立ち入り禁止だったはず。
ここ、鍵開いてるんだ。知らなかった。
屋上に繋がるドアの前の踊り場で携帯からお兄ちゃんに電話をかけた。仕事場と、携帯両方。でもどっちも出ない。仕事場には繋がらなかった。携帯には五回くらいかけ直して、留守電を入れた。
なにかあった? 帰ってきてくれなくて不安だよ。連絡ください。
そのまま階段を降りて戻るのもなんとなく寂しい気がする。まだ昼休みは時間があって、秋穂は昼休みに用事があるってどこかへ行ってしまった。。ほかの友達のところに行ってもいいけど。
ドアをゆっくり押した。
「あ、開いた」
思わず声が出た。ぱっと顔を上げた翼と目が合う。
気まずい。なにも言わずに帰るのも嫌な感じに思われたら嫌だし、話題を探して、とっさに出てきたのが、
「ここ、鍵開いてたんだ?」
だった。出てもいいかな、どうかな。
彼はちょっと目を泳がせた。
「まあ、そんなとこ」
「そんなとこ? まあいいや。ちょっとお邪魔してもいい? 屋上って来たことなくて」
頷くのを待って、ドアの隙間から屋上に出る。
屋上は想像していたよりずっと汚かった。でこぼこしてて、水たまりがいっぱいあって、茶色かったり苔が生えていたりした。生臭いけど、フェンス近くだと風を感じられてさわやかだ。
翼からちょっと距離をとって立ち止まる。フェンスから下を眺めてみる。校庭か、汚い校舎裏。
どうしよう気まずい。なんて話しかけたらいいんだろ。それとも早く帰るべき?
ちらちら横目で盗み見ると、翼は紙の束に線を引いていたみたいだった。イヤフォンが紙束の上でごちゃごちゃに絡まっている。いつも聞いてるやつだ。あれ、カセットテープ?
「お兄さん、なにかあったの? ごめん、聞こえちゃって」
翼は紙束の上にリュックを乗せた。彼は紙パックのジュースをすする。
あれ、聞こえちゃってたんだ。ますます気まずい。
「ああーごめんごめん、たぶん大したことじゃないんだ。ちょっと心配しすぎっていうか。お兄ちゃんが昨日から帰ってきてなくて。なんの連絡もないの初めてだから」
「ふうん。警察は?」
あれ、話を聞いてくれる? 思ってた話の流れと違う。
「まだ。先生とかにも相談してみたんだけど、仕事とかじゃないかって。もうちょっと待ってみたらってさ。そう言われるとなんか、警察でも同じこと言われそうだし」
「お兄さん、仕事なにしてるの?」
「お医者さん。問診専門なんだって」
「患者さんから連絡は? 来てないとか。職場の人からとか」
「うちにはかかってこないようにしてたみたい。全部事務所で受けてたって」
そっか。翼は世間話みたいに話すのに、眼だけは遠くを見ていて真剣だ。彼はちょっとためらってから、
「探してみようか? 知り合いにそういうのできるやつがいて」
そう切り出した。
「いいの?」
こっちも聞くにはおそるおそるになってしまう。今のところ頼れる人がいないから、願ったり叶ったりだ。
「いいよ。見つかるかどうかは保証できないけど」
「ありがとう!」
見つかるとは思っていない。ダブっているとはいっても高校生にできることなんてたかが知れている。でも話を聞いてくれて、助けになってくれようとするだけでじゅうぶんだ。
「東野皐月。二十代半ばくらいで、長身ではないかな。細いほう。眼鏡で、髪がこう、もさっとしてる感じで」
聞かれるままに兄の氏名特徴なんかを答えた。
屋上の端まで行って電話する翼の後ろ姿を眺める。こんなふうにちゃんと話を聞いてくれるなんて。連絡用に番号とメアドを交換した。
「東野さんは地元このへん? どこ中?」
「四中。中学入るときに引っ越してきたんだ。瑠璃くんは?」
「僕はこのへん高校から。四中ってことは、安(あん)城(じよう)。知ってる?」
「聞いたことある。ヤンキーだっけ暴走族だっけ、そんな感じの先輩がいたって。でも被ってたことないんじゃないかな、たぶん入れちがい。知り合い?」
「友達。一年のとき、って一回目のときクラスが同じだったから」
たぶん意外って言うべきだけど言えない。不良つながりだ。
「そうなんだ。仲良いの?」
「バイト先が一緒なんだ。今はあれで大学生やってる」
「へえ。じゃあもうやりたい放題なのかな」
「どうだか。知らないけど。よくシフトかわってくれるし。バイト、東野さんは?」
「ファミレス。最近近くに別のファミレスができたせいでガラガラなんだ。潰れちゃう前に別のとこ見つけとかなきゃいけなくて」
「あっ、あそこ? あの、住宅街の、小学校の近くの。最近サイゼができた」
「あーうん、たぶんそこ。近くにできたのサイゼだし。え、でもそこってできたのかなり前じゃない?」
え、うそだあ。言い合いながらああでもないこうでもないと話した。でも昼休みが終わるまでどっちもファミレスの場所を言い当ても説明もできなかった。
放課後、学校を出てから、翼からメールが来た。
「お兄さんを見つけた知らせを受けたけど、折り返し連絡がつかない。ちゃんとわかったらまた連絡する」
そんなような内容だった。なんだか事務的なメールで、つられて敬語で返事を書いた。
バイトの前に兄の事務所をもう一度覗いてから行こう。
兄の事務所はちょっと薄汚れたあたりにあって、暗くなってからだと近寄りがたい。バイトの後より前にしたかった。いてもたってもいられなかったし。
兄の事務所の入っている雑居ビルの近くまで来たとき、場違いな車が停まっていることに気がついた。黒いワゴン車。人がぞろぞろ雑居ビルを出入りしていて、怖くなって慌てて回れ右した。なんとなく関わりたくない感じだった。
お兄ちゃん、あの人たちに巻き込まれてないといいんだけど。
バイトには行ったけど、手につかなくて早退けさせてもらった。七時過ぎに帰ってみると、玄関の前にいかついお兄さんたちがかたまっていた。それっぽいジャケットに胸元を大きく開けたギラギラ色のシャツ。ゴールドのネックレス。ポマードでがちがちの髪のお兄さんたちが三人。
アパートの階段を登ったら廊下にいるのが見えた。びっくりしてとっさに逃げちゃったけど、追いかけてきたりしないよね? 廊下のあの場所、私の家の前っぽかった。気になるけど確認に戻るのも怖いし、でもうちじゃなかったとしたらこのへんうろうろしてる方がよっぽど怖いし、お兄ちゃんが帰って来てくれないかなーって望み薄のお願いをしていたら携帯が鳴った。こんなときに! メール! しかも迷惑メール!
「おう、そこの嬢ちゃん。ここんちに住んでる兄ちゃんどこに行ったか知らんかね?」
「ええっとお……もっと遅くになってからじゃないと帰ってこないですよ。いつも九時とかなんで」
「やけに詳しいな」
「近所に住んでてえー」
そうかい、言われてお兄さんたちの間を通り過ぎられたけど、廊下の奥に階段ないし、家の鍵はぜったいほかの家のと合わないし、ご近所さんたち今の時間いないし!
「か、鍵忘れちゃったなあーっと」
そのままダッシュ。お兄さんたちの間を通り抜けて、ってそんなわけなくて、がっちり捕まっちゃったのだった。
で、今目の前ではじゅうじゅう肉が焼けている。食べ。声をかけられて焼けたお肉がどんどん皿に置かれていくけどお腹はきりきりしていっぱいいっぱいだった。
こんな高級な焼肉屋さん来たことないし、その道のいかついお兄さんたちが座敷のテーブル埋めてるし、私の両脇もがっちりだし。
「ドリンクお待たせしましたー」
声にはっとした。聞いたことがある声だった。しかも学校で、教室で。クラスメイトよりもちょっと落ち着いた声。
ぱっと顔を上げると、翼だった。天の助け! 助けて!
と思っただけで声は出なかった。
「ほんとにお兄さんがどこに行ったか知らんの?」
ちんぴらのひとりが何度目かわからない質問をしてくる。私はわからないですと答えて、誤魔化しにちょっと笑う。
倒れたグラスを回収したり片付けたり肉の皿を配っていく翼を横目で伺うけど、気が付いた様子はない。気付いてないとは思わないけど、これだけのいかついお兄さんたち相手に声を上げてくれるつもりもなさそうだった。
あ、安城先輩! 安城先輩がいるはず! 会ったことないけど!
一縷の望みをかけて個室に入ってくる店員さんをじっと待つ。
「ヒガシノさんにお電話ですけど」
はっ、と思ったら翼だった。え、電話? 私に? どうしよう、どうしたら?
立ち上がるより前にちんぴらのひとりが立ち上がった。彼が翼についていく。
お兄さんたちがそわそわし始めた。
「あの、と、トイレに」
誰が聞いているのかわからなかったが、立ち上がっても止められなかった。どきどきしながら個室を出る。足が痺れて自分の足じゃないみたいだ。でも、出れた。
出たけど、どうしよう。
店員さんに知らせて、あ、厨房! 厨房どこ? 来るときに見た気がする。左のほう。
どたん! すごい音がした。ぱっと翼が飛び出してくる。手に一升瓶を握っていた。
「裏口に」
しーっ、人差し指を立てるのを見て、黙ってついていく。もしかして助けてくれる?
厨房を通り抜けて裏口の戸を開けると、なんかすごい音がした。翼に引かれて押されて、しゃがまされてフライパンを持たされる。片手で冷蔵庫を探っていた翼は黒いものを握って取り出した。手のひら大で、L字型を横倒しにしている。
うっそ拳銃? テレビの中だけのものでしょ? お兄ちゃんを探してるって言ったときも、知り合いにそういうことができる人がいるって、こういうこと? なに?
なんでもぐるぐるしてきたのに、当の翼は厨房にいる他のバイトとシフトがどうとか話している。顔を見せない会話相手が中指を立てた手を伸ばしてきて振った。
「大丈夫だから。後ろを見ないで走って」
周りの音が大きすぎて聞こえなかった。引きよせられてやっと聞こえた。頷くより前に背中を強く押されて転びそうになった。
「フライパン持って!」
持たされたフライパンを顔の前に立てられる。
「これじゃ前見えない!」
壁に肩が当たるし足になにかが次から次に引っかかって転びそうだし、そのくせずっと背中押してくるし周りじゅうですごい音がしている。
ずっとまっすぐ進んでいたら、左に引っ張られた。いつの間にか大通りだ。
「あ、ありがとう。助けてくれて。メールのこと、どうなった?」
「僕も見つけたって聞いたっきり。連絡してきたやつが電話に出ないんだ」
翼はポケットから出したキャップを被って、代わりに手早くエプロンを丸めポケットに突っ込んだ。急いで電話を掛けているけどまた出なかったみたいだった。
「なんで捕まっちゃったの?」
「バイトから早く帰ったらあの人達がいたの。お兄ちゃん、お金返してないんだって」
「金?」
「なに?」
「いやなんでも。あれはこのへんのやくざだからしばらく隠れていたほうがいい。それか逃げるとか。お兄さんのほかに家族は? 親戚の家とか」
「あー、えっと、わかんない。ずっとお兄ちゃんと二人なんだよね。お兄ちゃんなら知ってるだろうけど」
翼は少し考えてから、
「たぶん金目当てじゃないから、あいつら東野さんを探し続けると思う」
眼を逸らした。
「じゃあ友達の家じゃ迷惑になっちゃうかな。バイト先のファミレスにでも行くよ」
「それじゃ大して変わらない。いくら持ってる?」
「かばん、お店に置いて来ちゃった」
「安城に頼んで回収しとく。とりあえずどっか手配するから今日はそこに」
電話を耳に当てたまま、翼が立ち止まった。
「ありがとう。どうかした?」
彼は一点を見たまま固まっている。辿ってみると、数メートル先で二人組がこっちを見て立っていた。
あおい。あおい髪の二人組。長身と子ども。どちらも女性だ。背の高いほうはポニーテール、もうひとりはうすあおいウェーブのかかった髪が長い少女だった。小学五年生くらいの。
眼が合う。ちかっ、少女の眼がなにかを反射して一瞬微赤く見えた。少女の腕が上がり、人差し指が私をぴったり指す。
「え、私?」
翼がフライパンをもぎ取って二人に投げつけた。あ、フライパン、まだ持ったままだった。今度は右に引っ張られて駆け出す。ぽこおん、後ろから金属が跳ねる音が聞こえた。
「お兄さん、なにやった? 何者?」
「し、しらない!」
息を切らせて答える頃には、あたりはすっかり人気の無い場所だった。翼の顔が「まずい」って言っている。
「ここ、えっと、杉公園かな。バイト先の近く。ほら、あそこにサイゼが見えるでしょ」
「この辺? ああ、うん、わかったような気がする」
絶対にわかってない顔だ。街灯が少ない公園で、この時間にほとんど人は来ないし通らない。あの二人組の姿も見えない。
「まいた?」
「運が良ければ。でもじきに見つかる。・・・・・・ごめん。僕だけじゃ太刀打ちできないんだ。でも誰も電話に出ない」
翼はうろうろ何度も電話をかけている。
「誰もって、誰に電話かけてるの?」
「姉貴と、兄貴たち。家族経営なんだ。あの二人組は僕らの敵なんだけど。お兄さんをやくざに探させてるのもあいつらに違いない」
「なんで?」
「こっちが知りたいって!」
翼は携帯を握って、握りつぶしそうだった。あたりを見回して駆け出す。が、樹の一本が青く光った。ゆらゆらとして、焦げ臭い。
「たーすーくー。ほら、追いかけっこはおしまい」
思わず足が止まっていた。歩道の奥から女と少女が並んで歩いてきて、数メートル先で止まる。
「怖がらなくて大丈夫よ、東野暮葉さん。まずは自己紹介からね。あたしは瑠璃夏(か)子(ず)葉(は)。翼のお姉ちゃん。で、こっちがコスモス(秋桜)ちゃん。見ての通り、あの樹みたいになんでも燃やせちゃう女の子」
夏子葉と名乗った女はにこやかに大ぶりな仕草で少女を紹介した。静かにあおく燃える樹をぴったり指差していたコスモスが腕を下ろす。ワンピースを揺らしてお辞儀した。
「お、お姉さん・・・・・・?」
「あたしたち、お兄さんの仕事の知り合いでね。彼、とっても大事なお仕事を放り出して消えちゃったものだから、みんな困ってるの。だから、お兄さんを探すのに協力してくれないかな?」
夏子葉の声は落ち着いていた。でも、言っていることは言っていることだけじゃない。この人がなにを言っているのかわからない。
「彼女はなにも知らない。もっとほかの手がかりを追ったら?」
「どうしたの? らしくないじゃん?」
「クラスメイトなんだ。頼むよ。この子はなにも知らない。僕が保証する」
「クラスメイト!」
夏子葉が手を叩いて笑う。ぱちぱち、隣でコスモスが手を叩いた。
やっぱり、この人怖い。
「あの人たち、やくざっぽい、あの人たちにうちを探させたり、私とか、瑠璃くんに怪我させようとしたりとかしたのは、夏子葉さんなんですか? それで、ついていかなかったら、」
「そうだよ。そしたら、コスモスちゃんに燃やしてもらう。なんにもできない翼とかをね」
コスモスの指が翼を向く。
ここまで助けてくれたクラスメイトを? そんな、それなら怪我でもなんでも、自分がするほうがずっとましだ。
でも返事をするのを翼に止められた。
「らしくないのは夏子葉のほうじゃ? 会う度に僕をボコボコにするくせに」
そう聞いて、夏子葉は目を泳がせた。コスモスがじっと見上げて指示を待っている。
「はあーもう、やめやめ! あたしだってやりたくてやってんじゃないんだよ。運が良かったね。さっさと帰んな。解散!」
夏子葉は肩を竦めると、コスモスの手を引いてきびすを返した。背中がどんどん小さくなって、足音が遠のいていく。足音が聞こえなくなってたっぷり時間が経ってから翼が大きなため息を吐き出した。私も思わずへたり込む。
「助かった。ねえ、ほんとにお兄さんの居場所知らない?」
「し、知らない。ね、瑠璃くんてほんとに私たちの敵じゃないよね?」
「少なくとも、東野さんの敵じゃない。うちに泊まっていって。今夜はあれじゃないほうの姉がいるから。なぜか電話に出ないけど」
「ほんとに! やったありがとう! もー、ここでバイバイなんて言われたらどうしようかと思った!」
「あ、怪しいとか思わない?」
「なんで? 敵じゃないんでしょ?」
「それはそう言ったけどさあ……。大丈夫? よく騙されたりしない? ほいほい人ん家ついて行ったら危ないって知ってる?」
「お兄ちゃんみたいなこと言うー! 大丈夫大丈夫、そういう人はこういうとき助けてくれたりしないから」
いつのまにか公園の外にも人気はなくて、二人で話す声が道の奥まで響いていった。
翼の家は駅近マンションの高層階だった。オートロックだ。お金持ち。ああは言ったけど、やっぱりどんどん怪しく見えてくる。
開けた玄関は真っ暗で、灯りをつけると靴でぐちゃぐちゃだった。
「おかしいな、いるはずなんだけど」
リビングへ行くまでに、翼は両手がゴミと洗濯物でいっぱいになっていた。リビングもものすごい。ごみと洗濯物の山。
「ごめん、汚くて。姉貴がずぼらでさ。今日はここで寝て。僕は自分の部屋で寝るし。あ、なにか食べる?」
「あ、ありがとう・・・・・・」
翼が指したソファーは脱いだままの上着やズボン、洗濯して畳まれる前のしわくちゃのタオルやシャツが山になっていた。山の薄いところに人が座っていた形跡がある。
気が付いた翼が山を片側に押しやる。空いたスペースに座るしかない。座った。
ソファーの背にも大量の服が層になっていて、合間に毛布が挟まっている。
「ごめん。食べたら片付ける。机の上も」
翼の腹が鳴って、二人で吹き出した。
※※※
東野皐月というらしい。
財布に唯一入っていた免許証は最悪の出来だった。子どものおもちゃでももっとましにできている。
偽造免許証を一通り眺め回して、颯(さつ)は財布を放った。ベッドに沈んでいる男の顔から眼鏡を外す。
どこかで見た顔だと思った。
前髪をかきわけ、顔だけを月明かりで見るとやっぱりそうだ。手のひら全体で頬を包み撫でていると、東野皐月がまぶたをあげる。
「あなた、ほんとうはなんて名前なの?」
眼の中をじっと覗き込むと、男は顔を強張らせた。もぞつく足に、颯はまたがった尻へ体重をかける。
「あかい。朱(あか)伊(い)、皐月」
男は掠れた声でゆっくり言う。喉が唾を飲み込んでいった。
「へえ。それは、すごい偶然」
颯の手は朱伊皐月の頬を撫で、首を掴み力を入れて、するっと抜けた。いくら憎んでも足りない名前の男と、こんな形で出会うことになるなんて。よりによって馬鹿げた遊びをしたせいだなんて。今すぐ締め上げて出会わなかったことにするべきだったが、颯個人が決めていい獲物ではなかった。こいつを締め上げたい人間は他にもたくさんいる。締め上げるばかりが使い道でもなかった。
※※※
インターホンが鳴った。
「え誰? うっそもうこんな時間?」
暮葉につられて時計を見れば、真夜中を過ぎている。こんな時間に家に来る人は限られる。
仲間たちからの連絡はまだない。用があるときだけしか連絡してこないのはいつものことだが、今夜ばかりは留守電くらい聞いていてほしかった。
また、暮葉の兄を探してほしいと頼んでおいた姉のほうは、見つけたと留守番に入れてきたくせにこっちの電話に出ないし連絡も寄越さない上帰ってこない。男とみると誘惑せずにいられない質だから、もしかしてとも思う。クラスメイトの兄だって言ったのだから本当に勘弁してほしかった。
翼はコントローラーを置いてインターホンに出た。
「お姉さん?」
「だといいんだけど。ポーズしといて。安城だ」
はーい。暮葉がボタンを押して、テレビの音が止まる。
食事をすませて、掘り出したゲーム機で暮葉と対戦していた時だった。じゃあ自由に休んでね、と言ってリビングに置いていくわけにもいかず、気まずさをゲームで紛らわしていたのだ。これが意外と白熱している。
オートロックを解除する。暮葉が置き忘れてきた鞄を持ってきてもらうよう頼んでいたのをすっかり忘れていた。
「お前、オレが来ること忘れてただろ。片付けもお前の分の仕事も全部やってやったのに? お楽しみか?」
鞄だけ受け取るつもりが、安城は玄先に居座った。ドアに半身で挟まり、こっちが閉めようとしているドアをこじ開けようとする。
「感謝してる。年末シフト替わるって言ったじゃん。それにこれには深い理由があって」
「ほーん。じゃあちょっと邪魔していくな。オレ腹減っててさあ。まかないすげえもらってきたんだよ。おまえも食うだろ?」
確かに焼けた肉のにおいがする。これが安城に染み付いた焼肉屋の残り香でないなら最高だ。
「隙あり!」
肉に惑わされていたら、安城が玄関に入り込んだ。彼が後ろ手に鍵をかける。
「すぐ帰れよ。徹夜したくない」
「いいじゃん。お前の理性の番人やってやるよ」
バイトの穴を埋めさせたせいだとわかっているだけに追い出しにくい。二人きりより三人のほうが暮葉も安心するかもとか正直助かるとかいう事情もなくはなく、押し切られてしまった。
リビングで鞄を受け取った暮葉は飛び上がって喜んだ。
「あ、安城先輩! 私のかばん! ありがとうございます!」
「どーも。誰の忘れ物かと思ってたら東野だったとは。はい。大変だったみたいだけど、大丈夫?」
「まあ、なんとか。瑠璃くんが助けてくれてほんとよかったです。私、先輩と会ったことありましたっけ?」
「たぶんないけど、後輩によく聞いてたから。かわいい子がいるって。それにしても瑠璃くん、ねえ」
にやにやする安城を無視する。こいつといい姉たちといい、なにかにつけ人をおちょくらないと気が済まないのには本当に迷惑する。相手をしなければこっちの勝ちだ。不戦敗みたいだけど。
「あっそっか、安城先輩と同い年なんですもんね、やっぱ先輩って呼んだほうが」
「いいって! 東野さんは気にしなくていいから! 風呂、風呂でも入ってきたら?」
「あれ、お風呂壊れてるって言ってなかった?」
そうだった。トイレや洗面台の棚に入っていた見せたくないものの置き場に困って、風呂場に突っ込んでしまったのだ。それにものすごい汚い。とてもよそのお嬢さんを入れられる浴室ではなかった。
安城を無視するつもりが暮葉に飛び火しそうになってしまう。時間を稼ごうとしたのに。ちょっとでも時間があれば強引に安城を追い出せる。
あと安城には、暮葉の件で調べるよう頼んでいたことがある。昼休みに話した内容が本当か確かめたかった。暮葉はもしかしたら夏子葉が回りくどく配置した手下で、翼や姉の身柄を狙っているのかもしれない。翼がたまにしか行かない学校で唯一挨拶してくる生徒だ。昼までは疑っていたが、今夜の件で違うように思えてきた。だからただの確認だ。暮葉がただの親切なクラスメイトであることの。
だが当の安城は、
「それよりオレもマリカーやりたい。これ前にオレが持ってきてやったままじゃね?」
「そうだよ」
既に話題に飽きてソファーに座る。我が物顔だ。もうなんの反抗をする気にもならない。
それからしばらく安城はまかないの弁当をかきこみながらゲームで暮葉と盛り上がり、翼はここぞとばかりに見られたらまずゴミをまとめて隠した。風呂場もまあ、妥協できる出来だ。
「瑠璃くんて、何人兄弟なんですか? 先輩知ってます?」
「たくさん。すげえいっぱい兄貴と姉貴がいるんだよな?」
翼が風呂場の掃除から帰ってくると、ゲームは一段落していた。安城に話を振られて頷く。
「うちは、複雑で。年が近い親戚はみんな兄弟扱いなんだ」
「あ、そうなんだ。ごめんね言いにくいこと聞いちゃって。夏子葉って人のことが気になって」
怖かっただろうに、夏子葉の名前を出すだなんて度胸がある。ヤバそうだから聞かない、とも言っていたから、むしろ弱気になってきたのかもしれなかった。
「夏子葉さんに会ったの? すげえ! どこで?」
それとなくかわす返答は安城のはしゃいだ声にかき消された。暮葉がびっくりしている。
「え? あの、杉公園で。追いかけられて」
「追いかけ? あ、そっか、あのやくざ夏子葉さんの差し金だったのか。へえー。夏子葉さんはさ、流風さんと唯一タイマンはれるすげえ人なんだ」
「る? 誰?」
「瑠璃流(る)風(か)。あいつの兄貴。さっきっから帰ってこないっつってる姉さんは流風さんのカノジョだった人」
「え、お兄さんもここに住んでるの? その、すごいっていう」
暮葉がソファー越しに振り返って、キッチンに立つ僕を見る。彼女は困惑した顔だ。なにに?
「あいつは、ここにはいない。どこにいるんだかも知らない」
「なんだよ、怒んなよ。おまえほんと流風さんのこと嫌いだよな。あんなにかっけえ兄貴なのに」
最大限抑えたもののむかつきは声に出た。安城のなだめる声に更にむかつく。
「待って。じゃ、じゃあ、瑠璃くんはこの家で、お兄さんのカノジョさんと一緒に住んでるの? お兄さんいないのに?」
暮葉が割って入ってくれて助かった。言ってることの中身は意図がよくわからなかったが、世間一般からしたら確かに奇妙だろう。
「それには、複雑な事情があって」
でも事情を話す必要はない。声のトーンを戻せてほっとした。
「安心しろ東野。颯さんはこいつになんの興味もない。会う度に彼氏が違う」
「ええ……元彼の兄弟と住んでるのに彼氏がいるんだ……」
「事情が複雑で」
どんどん暮葉がひいていく。つらい。だがこれも事情なんか話せるわけもない。
「そんなに悪いやつじゃないっていうか、ちょっと男のせいで男に慣れすぎちゃったっていうか、あれで女子供にはべろべろに優しいやつだから! 片付けできないけど!」
思わず同居の姉のフォローをしているうちに早口になって、ソファーに座る二人が目に見えてどんどん引いていく。そんなつもりじゃ!
「瑠璃くん、それってどうなの?」
この一言が、その場でさらっと流れていったくせに次の日朝からずっと頭から離れない。しかも結局徹夜だった。
どうなのって? それってどういう意味で? そんな人といつまで同居してるのって意味?
一人だからなおさら考えがループする。仲間たちが使っていた部屋の撤収作業だった。朝一で呼び出されてさんざんこき使われた挙句、搬出の車待ちで一人荷物番だ。昨晩あれだけ電話して誰も出なかったくせに、昨晩の件はしっかり把握されていた。この部屋はあのやくざのシマにある。彼らとはこれまで、色々の取引でいい関係を築けていた。シマの焼肉屋の用心棒を派遣するとかで。こっちがシマから出て手を切る方向で穏便に話がついたのだそうだ。
荷物はそんなに多くない。拠点のひとつ、街じゅうに散らばって配置している倉庫のひとつだ。最悪いつでもすぐ始末できるようになっている。
暮葉は安城と一緒に自宅へ、暮葉の兄を見つけたと連絡してきたくせに連絡のつかない同居の義姉とはまだ連絡がつかない。
なぜ夏子葉が関わっているのか、仲間内でも判断はつかなかった。情報を集めつつ様子見だ。
携帯電話が震えた。安城だ。
彼は今暮葉と一緒にいるはずだ。暮葉が家へ荷物を取りに行くのを手伝っているはずだった。夏子葉が絡んでいるから、念のためしばらくうちにいてもらうことにしたのだ。
「私だ。翼ちょっとこっち来て囮になれ」
「場所は?」
連絡のつかなかった同居の義姉だった。わけがわからないが、その分切羽詰まっているのはよくわかった。
場所は潰れたデパートの立体駐車場だった。
「急げよ。ヒマワリが出た」
ますますわけがわからない。義姉は透視能力をもつヒマワリの眼に映らないはずだ。
※※※
アパートの前に人はいなかった。暮葉がほっとしていると、背中を押された。
「安城先輩、大丈夫そうです」
振り返ると、後ろから首を伸ばして見ていた安城が頷く。
ふたりできょろきょろしながらドアまで走る。なかなか鍵が入らない。押し込んだらどっちにも回らなくて、何回も刺したり抜いたり右に左に回してやっと開けられた。
アパートは木造のワンルームだ。玄関のすぐ横に冷蔵庫があって、障子越しの陽光でほの明るい。
「あれ?」
部屋に人気はない。だけど、障子戸が開いている。
「家を出るときは、いつもこれ閉めるんですけど」
「兄ちゃんが一旦帰ってきて閉め忘れたんじゃないの?」
「でも、閉めるようにってお兄ちゃんが言ったのに」
帰ってきていないのは一日だけなのに、一週間くらい帰ってきていないみたいだった。中学の修学旅行から帰ってきたときにかいだのと同じにおいがする。静かで、空気がぴりぴりする。一歩一歩そろそろ歩いた。自分の足音にどきどきする。
障子を超えると、やっぱり違った。ちゃぶ台の上のものの場所が違う。
「でも、お兄ちゃんとは違うような……」
「じゃあ兄ちゃんを探してる誰かが来たのかもな。大事なものが無くなってないか確認して、荷造りしよう」
押入れを開けると、ふとんのへこみとか押入れケースの入り方とかが全部違うように見える。中学の修学旅行の時に買ってもらった旅行かばんを引っ張り出した。
タンスから何日かぶんの着替えをかばんへ詰めていく。修学旅行のときはこんなこともわくわくしていたのに。
「ここで兄ちゃんと二人だけ?」
「まあ。うちが火事で、私が中学のときにお兄ちゃんと引っ越してきたんです」
「火事。大変だったな。これまでも、これからもか。うちも、親父が色々やっちゃってさ。ヤバかったのを流風さんが助けてくれたんだ」
「ヤバかった? 瑠璃くんのお兄さんに?」
「そう。それでオレもお袋もまだ生きていられる。すげえ頼りになってさ、強くて、なんでも知ってて、オレ達を守ってくれてさ。かっこよかったなあ。そん時まだ高校に入ったばっかりだったっていうんだからほんとすげえよ」
安城は眼をきらきらさせて、翼の兄の自慢話を続ける。
タンスの中身がぽっかり空いている。兄の服が入っていた場所。やっぱり来ていたのかもしれない。でもお兄ちゃんっぽくない。兄ならなら書き置きしていく。
でもタンスの一番上の段、はんことか通帳とかを入れている引き出しから無くなっているものはなかった。
「だから今は瑠璃んとこで情報屋として使ってもらってて」
「安城先輩、やっぱりお兄ちゃんじゃないと思うんですけど、でもお兄ちゃんの着替えだけなくなってます」
「オレ達みたいだな」
「あ、確かに。あのそれで、さっき言ってたことって」
「親父のこと?」
「そっちじゃなくて、瑠璃くんのところでって話」
「ああ、そっか。あいつ、東野になんにも話してないんだな。あいつん家はこういうことを仕事にしてる家なんだ。一族みんなあのあおい髪でさ。だから瑠璃。あの界隈じゃ有名だよ」
「やくざみたいな?」
「違う。なんて言ったらいいかな」
安城が言葉を選んで空中に眼を泳がせる。すっかり出来上がった荷物の口を閉じて肩にかけても出てこなかった。
「ていうかごめん、あいつが言ってないのに、オレが言うべきじゃなかったっていうか」
しどろもどろした安城の声に混じって、がちゃがちゃかしょん、鍵の音が聞こえた。
二人で玄関を見るのと同時にドアが開く。
「あ? 安城?」
横柄な声の、すらりとした女の人だった。ものすごい美人だからか、ジーンズにシャツにコートでもきまってる。
「颯(さつ)さん? どうしてここに? 東野、この人が翼の例の姉貴」
「あ! お噂はかねがね! 私、東野暮葉です。ここに住んでて、兄を探してて。昨日は弟さんにお世話になりました」
「ああー、あいつの妹か。悪いな、兄貴は見つけたんだがまた見失った。上がるぞ?」
玄関を指差す颯に頷いてみせる。彼女は部屋をぐるっと見てため息をついた。
「ここにもいないか。私は五十嵐颯。翼の姉。昨日は電話できなくて悪かった。暮葉でいいか?」
「え、あ、はい。ええっと」
女の人なのに男の人より男みたいに話す人だ。とっつきにくい。しかも聞きたいことを忘れた。いっぱいあったはずなのに。
「お兄さんな、昨晩からうちが絡んでる話を聞き出そうとしていたんだが、荷物を持ってこいと言ったくせにその間に逃げやがった」
「じゃあ、お兄ちゃんの着替えとかがなくなってるのは……」
「私だ。鍵を預かった」
颯が振って見せた鍵は確かに兄のものだった。お揃いの鈴のキーホルダーが付いている。
「お兄ちゃんは無事なんですか」
「ああ、ぴんぴんしてる。話を聞き出してけりをつけるから、暮葉はそれまでうちにいるといい。まずは見つけるのが先だが」
颯は座るでもなく、うろうろ歩き回った。カーテンの隙間から外を伺う。そしてそっと後退りした。
「安城。ヒマワリが付いてるのを言い忘れてたのか?」
「え? ヒマワリ?」
「お前……そうか、そうだったな。悪い。そっと外を見ろ。そっとだぞ」
颯が首を振る。安城と暮葉は二人で、颯がしたのと同じように外を見た。
窓からは空き地が見える。長い雑草が枯れて茶色く集まるばかりの端っこに、少女が立っていた。こっちを見上げている。大きな目。あかくらんらんと輝いている。
「あの子がヒマワリだ。透視能力持ちで、探し物をずっと見つめ続ける。暮葉に貼りついていたんだな。道理で夏子葉が手を出してこないわけだ」
「へ、なんで?」
「居場所だけわかっていればどうとでもできるからだ。ヒマワリ一人だけのわけがない。ほかに」
どん! アパートじゅうがぐらぐら揺れた。かすかに焦げ臭い。そっとカーテンの隙間から見ると、コスモスが指をこちらに向けてヒマワリの隣に立っている。
「コスモスちゃんがいます」
「コスモス?」
「なんでも燃やせちゃう女の子です。あの、あおい」
颯が窓をのぞく。舌打ちが聞こえた。
「ツバキじゃないだけましだ。ずら、伏せろ!」
目の前が真っ暗になって、押しつぶされるみたいに重い。ばん! 風船が割れるみたいな音がして、あとはがらがらばらばらがちゃん。
目の前が揺れて、明るくなっていたことがわかる。颯が覆いかぶさっていたようだ。なにか言っているけど聞こえない。そういえば耳が重くて、きーんとするような。
引っ張り上げられる。安城にほとんど抱えられて車に乗せられた。助手席に安城が、運転席に颯が座る。
颯さん、足。怪我してる。
口は動くけど声は出なくて、そのまま車は急発進した。
見覚えのある道を走っていたのに、ちょっと目を離したら知らない景色だった。でもときどき知っている道に出る。
がたがたゆられているうちにざわざわと音が聞こえてきた。
「ヒマワリに、私は見えないんだよ。なんでだかはわからないが。だから見つかったのはまずい。あいつらにはチャンスだ」
「じゃあどうすんです!」
「夏子葉が来る前にけりをつける。ヒマワリでついてたな。ツバキだったら詰んでた」
車が横滑りする。けたたましいクラクションの中をつっきって、後ろから微かに聞こえるぐらいになってまた交差点を無理やり曲がった。
「安城、携帯」
「自分の……は、はい。どうぞ」
「悪いな。さっきの爆発でどっかにやった。……私だ。翼ちょっとこっち来て囮になれ。最南デパートの駐車場。急げよ。ヒマワリが出た。ほら、サンキュー」
颯は安城の携帯で電話をかけるとものの数秒で投げて返した。車は無理な追い越しを繰り返し、後ろからサイレンが鳴き上がった。
「ひい! パトカー!」
「こんなことで泣くなよ安城。どうせすぐ消える。私が振り切る方が先だがな」
助手席の安城が縮み上がるのを颯は笑って肩を叩いた。そのまま流れるようにたばこをくわえて火をつける。煙がうすく開いた窓の外をすっ飛んでいった。
最南デパートは去年潰れた駅直結のデパートだ。大きな立体駐車場があったけど入り方が複雑で、その上駅は各駅停車しか止まらない。だからいつも閑散としていた。閉店になったものの、長いこと取り壊されずにそのままになっている。
駐車場に車の音が響いていた。これが乗っている車の音なのか、追いかけてくる車の音なのかわからない。車が甲高い音を立てて止まると、駐車場はしんと静まり返った。
「よし、手早くいくぞ。暮葉は私と一緒にそこの階段だ。駆け上がれ。私は降りる。安城は車で二階まで降りてからまた上がってこい。どこかで暮葉を回収してそのまま逃げろ」
颯が言うには、ヒマワリたちは車の後を追って駐車場を登って来ているらしい。翼は階段を上っている。ヒマワリは颯が見えないから、ヒマワリたちには颯が暮葉を逃がし、階段を登る翼に任せて自分は安城と車で向かってくるように見えるはずだ。ヒマワリたちは暮葉を追って階段を登るはず。暮葉と翼の間に入ってだ。だから、颯は暮葉と一緒に階段に入り、暮葉は上へ逃げ、上から颯が、下から翼で挟み撃ちにする。ヒマワリたちが気づいたときには暮葉を乗せた車は駐車場を降りているというわけだ。
ばん! 颯が車を降りて閉じるドアの音がどこまでも響いていく。
二人で階段へ向け走り出すと、車が発進した。切り返して降りていく。
階段に入る。外から入る街頭でぼんやりと前が見えた。颯が肩を叩く。ぽんぽん、背中を叩かれて、上へ押しやられた。かんかん、降りていく足音が響く。息を大きく吸って、階段を登り始めた。
車の音が遠い。ずっと階段を上がっていると時間の感覚がなくて、安城先輩はもう車で登り始めてるはずだよねとか、でもまだかなとか、追い越されちゃって待たせちゃってるのかなとか、もしかして真後ろにヒマワリちゃんがいて、上にはコスモスちゃんが待ってるのかなとか、色んな音が遠くになっていくにつれてどきどきして苦しくなって、わーっと階段を駆け上がっては転んでしまう。
そうしていたら、もう上がなかった。屋上だ。そっとドアを開けてみるけど、車はない。先に来ちゃった? そんなわけない。じゃあなんで?
耳を澄ませると、人の声が響いている。でもなにを言っているのか聞こえない。
どん!
頬がびりびりした。駐車場の中の方からだ。階と階の隙間から、ゆらゆらきらきらしろい灯りが見える。
燃えている。車だ。安城先輩!
階段を飛び出して、駐車場を灯りへ向かって走り降りた。傾斜はゆるやかなのに長くて、一度走り出すと止まれない。転んだらそのまま転がっていきそうだ。
どんどん音が近くなる。人の声。女の人の、女の子の。
「ほら、ヒマワリには朱伊暮葉が見えてない!」
「そんなこと」
急にコスモスに指を差されて立ち止まる。止まれた。
燃えていたのは車じゃなくてバイクだった。結構大きいバイクだ。炎上するバイクの手前にコスモスとヒマワリ、向こう側に颯と翼が立っている。颯の後ろに車が見えた。柱にぶつかった形になっているが、開いた窓から安城が見える。無事だ。
で、なに? なにがどうなってるの?
ヒマワリはコスモスが指す先にふらふら視線をさまよわせていた。暮葉が横に移動してみても、ヒマワリの目は動きを追わない。見えていない。
「お父さんの知り合い、です、か?」
誰に聞いたらいいだろう。迷って、暮葉はコスモスに向き直った。
炎上するバイクで影になったコスモスの顔はよく見えない。
「父親? 朱伊の父親なんて知らない。朱伊皐月はおまえの兄でしょう」
コスモスは眉をしかめた。
違う、お兄ちゃんのことを言っているんじゃなくて。
話が通じていないみたいに思えて舌がむずむずする。もっとわかりやすく言えればいいのに、思いつかない。
「そうだけど、でも、朱伊ってお父さんのほうの姓だし、今はお母さんのほうの東野を名乗ってるから」
早口になってしまう。それでもコスモスにもヒマワリにも全然通じた手ごたえがない。兄は二人で暮らしてからずっと、東野って名乗ることにしていたはずだ。そうしなきゃいけないって言っていたのは兄だった。だから、今朱伊って呼ぶ人がいるなら、父の関係の人だ。私は会ってももう覚えていないからわからないけど。
それでもし、兄を追う理由が父にあるなら、兄のせいじゃない。
「朱伊皐月の妹?」
眼をまんまるにした翼の声が震えている。
「え、待っ」
「だから、ヒマワリやわたしがこうして出てきているんです」
コスモスに遮られた。颯とも目が合う。まじまじと見てくる顔は固くてびっくりしているというより怖がっているみたいだ。
「お兄ちゃんのこと、みんな知ってるの?」
ぱちぱち、バイクの炎の音が聞こえる。さっとにこやかに口を開いたのはコスモスだった。
「朱伊皐月は、わたしたちの管理者です。専属医としてわたしたちを」
「私たちの仇で、敵だ」
颯がコスモスを遮る。炎になにか投げこんだらしい。ぼうっ、炎が音を立てる。コスモスが振り返った時には、ヒマワリは颯に押し倒されていた。車のタイヤが甲高い音をたてている。颯は片手でヒマワリの顔面を抑え、もう片方の手で銃口をコスモスに向けた。ヒマワリがなにかうめいている。
翼に肩を押されて気がつく。あんまり全部が突然で、暮葉は突っ立ったままだった。
「あらあら、まあまあ。朱伊皐月は、わたしたちを《竜》使いにしました。わたしたちが、先祖から受け継いだ竜の力をよりよく使える者として」
コスモスは暮葉に向き直った。颯の銃口が火を吹き、コスモスの髪をかすっていく。少女の目があかくらんらんと輝いた。服の裾を燃やしていた炎があおく、バイクの炎をあおく塗り替えていく。
「仇? 敵? なんで? お兄ちゃんがなにを」
「翼!」
颯が翼を急かす。翼に手を引かれるけど、動けない。動きたくない。目の前のコスモスは次に私を燃やすだろう。でもここで逃げたら後悔する。
「朱伊皐月は、より強い《竜》使いを生み出すため、血筋内での交配を計画しました。颯は、それが気に入らなかった。だから世話役どもを焚きつけて、逃げ出して追われて無駄な犠牲を出している」
「お兄ちゃんが……仇……」
間違ってない。兄がそんなことをしたなら、颯と仲間たちには敵で当たり前だ。
「だから朱伊暮葉さん、わたしたちと一緒に帰りましょう。暮葉さんがいればお兄さんもわたしたちのところに帰ってきます。颯と一緒にいれば殺されてしまいますよ」
「そんなことしない!」
とっさに大声を出していた。
「お兄ちゃんを返したりなんかしない。あなたたちなんかに」
兄はひどいことをしている。人の恨みを買うのにじゅうぶんなことを。でもきっと理由がある。やっていたのも、逃げてしまったのも、そういうことをするような人じゃないから絶対に理由がある。やりたくてやったんじゃないはずだ。
だから返さない。お兄ちゃんにもうそんなひどいことをさせたくない。
「でも逃げられないでしょう? 今ここから、わたしからも颯からも。どっちかを選ばなきゃ。その女は惨忍だから、兄の罪であなたを罰する」
コスモスの手が上がった。人差し指がこっちを指して、跳ねる。ききっ! 車の音が真後ろに止まった。思いっきり腕を引かれる。肩が抜けそうなほど。
「きょうだいがなんだろうが関係ない! 別の人間なんだ、きょうだいでも!」
翼の力は強かったが、背にかばわれてから手は離れた。翼の背中越しに見るコスモスは肩から血を流し笑っている。肩をいからせた翼が一歩前に出る。
運転席の安城が早く乗るよう急かしている。今ならどっちからも逃げられる。でも車に乗ったら、颯と翼からは逃げられない。
「ほんとに? ほんとに、あんたたちは、朱伊暮葉は朱伊皐月とは別だって言える?」
「わからない。でも僕はそう言う」
翼の二の腕を掴んで車に乗った。車が飛び出して、慌ててドアを閉める。車はびっくりする速さで折り返して、颯の目の前に止まった。ふらりと立ち上がった颯が運転席の安城を押しやり、運転席におさまる。コスモスも颯と同じようにぼんやり立ったまま、ヒマワリは地面に大の字になったまま、車は走り去った。
「よかったの?」
駐車場から出てしばらくして、安城が車から降ろされた。三人になった車は静かで、どこに向かっているのかもよくわからない。
翼に聞かれてはっとした。
「お兄ちゃんにも理由があるはずだから、だから、協力する。瑠璃くんと、颯さんたちがお兄ちゃんを探すなら。でもそのかわり、お兄ちゃんに会わせてください」
ルームミラー越しに颯が後部座席を見ているのがわかった。だからそっちにも向かって言う。
「いいよ。だが必要ない。お兄さんは私達で見つけて、必ず暮葉に返す」
「ほ、本当に?」
「ああ。兄と妹は別ものだからな」
いいこと言う。そう言う颯の目はルームミラーの中で笑っている。
「それでその、ヒマワリちゃんとかコスモスちゃんは一体?」
ルームミラー越しに颯と翼が目配せしたのがわかった。颯がタバコに火をつけて、窓を少し下げる。
「《竜》使いだ。先祖が竜だって信じてる一族がいるんだが、血を濃くすることで先祖に返ることを目指している」
颯が説明するところによると、そんな一族の中で見られるようになった超能力を竜の兆候として《竜》と呼んでいたのだそうだ。
「じゃあ、《竜》使いっていうのは、その一族の超能力者ってことなんですね」
そうそう。颯が頷く。煙が車内に入ってきた。
「私はその一族の出だ。逃げてきた。だから追われてる。翼の兄弟たちは、私の味方をしてくれているんだ。色々あって、何度か《竜》使いたちとやりあったことがある。毎度酷くやられた」
あ、それで。だからヒマワリのことを知っていたんだ。
颯が指を四本立てる。話しながら一本ずつ折り曲げていく。
「《竜》使いは三人、コスモスを入れて四人か。
さっきのヒマワリ。透視能力がある。
アサガオは人に幻覚を見させることができる。
ツバキは、死なない。首が落ちても」
そしてコスモスはなんでも燃やすことができる。
四人だけ? 四人も、と思うべきだろうか。なんとなく、ヒマワリとコスモスのような、小柄な少女を想像する。
「あと二人も、ヒマワリちゃん達みたいに女の子なんですか?」
「…………そうだ。歳も近い」
答えまでたっぷり間があった。颯はまだ長いタバコを車の灰皿にねじ込む。
「あいつらは血眼になって朱伊皐月を探すだろう。だから、残りの《竜》使いにもいずれ遭うことになる」
いずれはな。颯が軽い調子で付け足したけれど、ずんと胸が重くなった。怖いだなんて言えない。その少女たちは兄によって生み出されて、颯の仲間たち、翼のきょうだいたちと戦っているのだ。
翼も颯も、兄と妹は別のものだと言った。でも本当に、彼らの言葉に甘えてしまっていいのだろうか?
※※※
颯が昨晩の部屋へ帰ると、朱伊皐月は帰ってきていた。
「おかえり、颯」
「お前のせいだぞ!」
昼に荷物を取ってきてやったときはいなかったくせに。颯は皐月の頭を掴もうとして、胸ぐらに変えた。
「え、え、なになに」
「すっとぼけて! お前がこんなことをしなきゃ、私は、私は」
皐月の、目をきょろきょろさせるさまが妹そっくりだ。そういうものが今一番見たくない。
「あの子は私に全然似てなかったのに、見えもしなかったのに」
まだ手に残っている。下敷きにした少女の小さな身体の大きさ、厚さ、動き。うすくて震えていて、暴れてしんとした最期の震えさえ。
「ヒマワリを殺した」
「なに?」
「殺したんだ、お前にくれてやった子どもをな。そうだ、子ども……私があの家にいる間産んだのは三人だけだったろう、あの四人目、コスモスはなんだいったい」
「待っ、殺した? ヒマワリを? どうして?」
「どうして? どうしてだと? コスモスと一緒だったヒマワリに見つかったからだ! 暮葉もいたし、あの場を切り抜けるには……お前が逃げなかったら……」
言いながら、無理があることに気が付いてしまった。ここで朱伊皐月を責めることはできない。《竜》使いになるべくして生まされ、《竜》使いになるため実験体にされた望まぬ子どもを手にかけてしまったのは、いくら母親でも自分のせいだ。
「あの子たちは、遠からず死ぬ。それは颯の手かもしれないし瑠璃の誰かの手かもしれない。それが今日で、やったのが颯だっただけだ」
「だがお前が逃げたりしなければ、あんな状況には」
「いつかはなる」
言い返せない。手から力が抜けた。後ずさろうとして、手を引かれる。みっともなくよろめいて膝をついた。背中をさすられて、肩がほしくなる。すがりつく背中が必要だ。すっぽり抱き包まれていると、この男が敵の象徴だったことが馬鹿らしくなってくる。
「コスモスは、」
「あたしが産んだのよ」
皐月を遮ったのは夏子葉の声だった。後ろから。
「いつからいた?」
振り返って見上げれば、暗がりに夏子葉が手を振って立っている。手には携帯電話を持っていた。
「うーん最初っから? あたし、颯の携帯を見つけて返してあげようと思ってね? つけてたらあらびっくりーって」
携帯が投げてよこされる。だが携帯電話は明後日の方向へ飛んでいって、からからと床の上を転がった。
「コスモスはね、あたしが産んだの。颯の卵子と次の計画の相手の精子でね。代理母ってやつ。でもほかの子たちは、産んでこそいないけど三人ともあたしが育てた」
「母親面か」
「殺してから悲劇ぶって母親面してるよりましでしょ? その男を連れて行く」
夏子葉にすごまれても、皐月は立ち上がらなかった。
「好きにしたらいいけど、俺があそこに戻ってもなにも変わらない。君はまたかわいそうな子どもたちを育て戦わせることになる」
「あんた、あたしを説得しようっての?」
夏子葉の声は鋭く、今にも皐月を刺してしまいそうだ。
「そうだ。事実として、この戦いはそれじゃいつまでも終わらない」
「あんたを見逃したら終わるってこと?」
「どっちが勝つかはわからない。だが終わるなら、君の大事な颯はあの家から解放される。君自身も」
「面白いことを言うのね。さすが、朱伊皐月ってこと? それならしばらく泳いでもらおうかしら」
どうせ居場所は知れている。暮葉にすぐ手出ししなかったのと同じだ。
夏子葉は笑顔を貼り付けていたものの、閉めていったドアはいつまでもきいきいと鳴いていた。
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